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心が洗われて、表れる『スローシャッター』

毎週金曜日にnoteにアップされる田所敦嗣さんの文章が楽しみだった。

田所さんが書く、仕事を通じて知り合った世界各地の人たちとの心温まるエピソードを読むと、私が行ったことも聞いたこともない街の人が、まるで隣で暮らしている人みたいに思えた。

田所さんのnoteが一冊の本として、ひろのぶと株式会社から出版されると聞いた時、自分のことのようにうれしく思ったのは私だけではないと思う。
どんな書名で、
どんな表紙で、
どんな本になるんだろう。

これほど発売を待ち望んだ本ははじめてだ。

『スローシャッター』

こんなにぴったりの書名があるだろうか。
凝ったカバーデザインは、素晴らしすぎて「おお!」と声がでた。
何より「田所敦嗣」という作家として生まれてきたとしか思えない名前が、左端にすっと記されているのにぐっときた。


『スローシャッター』は、田所さんが世界各地へ出張した際に出会った人たちとの交流を書いたエッセイだ。

旅行ではなく“仕事での出会い”が、この本の真髄だと思う。

人は仕事を一緒にすると本性がわかる。(自戒をこめて)
旅行でリラックスしている時に出会うのと、仕事でしかもトラブルが起きたような時に出会うのとでは、違う。

恋と愛くらい違う。

利害関係があるなかで心を通わせることは簡単じゃない。
仕事で訪れた異国の地で、これほどまでに人と深くかかわり、信頼を得ることができた田所さんだからこそ書けた20の物語。

どこから読んでも楽しめるが、まずは、順番通り「アプーは小屋から世界へ旅をする」から読んでほしい。
この話で田所さんの文章にノックアウトされたら、
次は、落語のようなサゲ(オチ)がある「究極のロック」と「愛しのメイウェイ」を。
そして、「砂漠とノウム」で、
“恋ではないかもしれないが、恋に近い何かではあった”
とぐだぐだ言い訳しているアツシに、“それは恋だよ”と突っ込みをいれるのだ。
その後に「フェイの仕事」と「160人の家族」を読むと、背筋が伸びる。
いや、順番なんかどうでもいい。
どれから読んでも心をつかまれることに間違いはないから。


田所さんの文章は、冒頭の一行からひきつけられる。
「形の残らない記憶の1つに、食事がある」
「旅とは、決断の連続でもある」
「自分と似た色彩を持つ人に、出会ったことはあるだろうか」


夕陽の描写も好きだ。
「あと数分で沈みそうな夕日が、小さな湾をかろうじて照らしている」
「夕焼けが大都市の灯りに交じる美しさは、最高潮に達していた」
田所さんの見た夕陽が、すぐそこに見える気がする。

田所さんと握手をしたことがある。
大きくてあたたかくて柔らかい手のひらをそっと包み込んでくれる気持ちが落ち着く握手だった。

その人が書く文章と手のひらの感触は似ている。

旅と縁遠い私に、この本は、知らない街の名前や景色、そこに生きる人の暮らしと生き様を教えてくれた。

ベトナムのタクシーはレモングラスの香りがすること。
人間関係で大切なのは、会う回数じゃないこと。

そして「会いたいと思えばきっと会えるよ」ということを。

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