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スケキヨと私【2000字のホラー】

「スケキヨが真悠子のことジッと見つめてる」
「授業中も休み時間もそうだったよね」
「真悠子が変に優しくするから、勘違いしちゃったんじゃないの?」
「優しくって…私はただ、水島くんに絆創膏あげただけだよ」
「それよ。スケキヨみたいな女子に免疫ないやつ、そんなんされたらあっという間に落ちるって」
「そうだろうか?」
「真悠子は罪な女」

 里奈もアカリも、心配してくれてるのか、それとも面白がっているだけなのか。

 スケキヨ、もとい水島圭助は、文化祭の出し物でお化け屋敷をやったとき、『犬神家の一族』に登場する佐清のマスクを被って、お客のほとんどを戦慄させた。
 青白いライトに浮かび上がる彼の姿は、恐怖を通り越して鬼気迫るものがあったという。
 というのも、首が横に折れた状態で、出来ない逆立ちをやり、あの有名なポーズを必死に再現しようとしていたから。

「水島、おまえはただ、ライトの下でぬるっと立っていてくれれば、それだけで十分怖いんだ。先は長いんだから、疲れることするな」

 文化祭委員の田口くんが涙出るくらい散々彼のことを笑って、そう言った。
 それを聞いて、私はちょっと嫌な気持になった。
 田口くんはクラスの男子のなかでも目立つ存在で、水島くんをよくからかっていた。

 水島くんは、クラスの誰とも打ち解けなかったが、かといってこういうイベントをサボったりなどはせず、むしろ彼なりに全力で参加していた。
 少なくとも私にはそう映った。ほとんど口をきいたことはなかったが、そんな彼を好ましくさえ思った。

 文化祭が終わり、片付けをしているとき、水島くんの手の甲が擦りむいていることに気づいた。

「手、ケガしてるよ?」
「えっ、あっ…だ、だーじょぶっ」

 突然話しかけたからか、普段誰ともしゃべらない水島くんは、真っ赤になって言葉を噛んだ。声を掛けたこと
を申し訳なく思ってしまう。でも、ほっとけない。

「血、出てるよ」

 私がカバンからポーチを取り出し絆創膏を探している間、彼は一生懸命ケガの説明をしていた。
 スケキヨマスクをした状態で逆立ちして待ち構えていると、彼に驚いたお客さんが絶叫しつつ彼の手を踏んでいったらしい。

「名誉の負傷です」

 そこだけハッキリと言えた水島くんが、なんだかとても健気で、誇らしげで、それに、こんなに彼の声を聴けたのも初めてのことだったから、私はうれしくて笑いながら絆創膏を渡した。

「アハハ、ほんとだね。名誉の負傷だ」

 そんな出来事から一ヶ月。
 学校以外でも彼の視線を感じるようになった。

 帰る方向は駅で分かれるはずの水島くん。どうしてキミも下りのホームにいるのかな?
 振り向いて話しかけようとすると、サッと柱の陰に隠れてしまう。でも、彼が一緒の電車に乗ることはなかったから、安易にストーカー扱いするのは違うかなって。

 このことは里奈にもアカリにも話していない。変に騒がれて、水島くんが学校に来なくなったりしたら悲しいし。
 私は学校で何度か彼に、帰り道、私のあとをつける理由は何なのか聞こうと試みた。

「ねえ、水島く…」

 しかし、目が合うとすぐ逃げられてしまう。なのに、あの視線が自分の背中に横顔に、ときには階段の上から下から…常に私をロックオンしているのを感じる。
 怖くないよ。先生にも警察にも相談なんてしないよ。だから、教えて。どうして私をつけるのか。


 今日も下りのホーム最前列にいる私の後ろへ並ぶ水島くん。
 今日こそはハッキリさせないと。私だって、理由もなくこんなことされるなら、あなたでも怒るよ?

ドンッ

「あっ…!」

 振り返ろうとした瞬間、両肩に衝撃が走った。水島くん…ではなく、え?手を突き出していたのは…。
 

「田口くん?」

 無表情の田口くんが、線路に落ちた私を見下ろしていた。

「おまえ、邪魔。スケキヨは俺のだから」

 パァーンと電車の警笛とともにヘッドランプが迫ってくる。ダメだ!もう、ダメ…。

「スケキヨー!」

 グワンと宙を舞う私の体。ガタンガタンとスカートをかすってゆく車両。
 
「…水島くん?」
「よかった…間に合って」

 ホームと車両の僅かな隙間で、こめかみに血管を浮き上がらせ、水島くんはいつかのスケキヨのポーズになりながら、私の体を両脚に挟み、ホームへと持ち上げてくれていた。

 首が横に折れている。
 すごい!すごいよ水島くん!こんな不安定な場所でスケキヨの逆立ちポーズを繰り出しながら!

 いつの間にか田口くんの姿は消えていた。
 駅員さんに助け出された水島くんは、折れた首を器用にコキコキと真っ直ぐ元どおりに戻し、ぎこちなく微笑んだ。

「ありがとう。命の恩人だよ、水島くん!」
「はは…、これ、ずっと渡したくて、勇気出なくて」
「え、絆創膏…?わざわざそれを返すために?」
「うん」

「あっ、待って。手の甲…また擦りむいてるよ」
「あ、あれ?」
「はい。貼ってあげる」
「あ…戻ってきちゃったな。絆創膏」
「名誉の負傷だね」

 さあて…問題は………。
「田口。どうしてくれよう」
っちまう?」

 そう言って、私たちふたりは顔を見合せ笑った。


~終わり~


 

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