リレー企画「あなたの愛した負けヒロイン」③
早稲田大学負けヒロイン研究会です。
今回はリレー企画「あなたの愛した負けヒロイン」紹介の第三弾をサカウヱ(@sakasakaykhm )さんよりご寄稿頂きましたので、そちらを投稿させていただきます。
デス推しという言葉がある。
「推したアイドルが何故か解散や卒業しがちな人」のことで、芸人のハライチ・岩井さんが言い始めた言葉だ。
あなたにデス推しの気がある場合、ドルオタとモメたときは「(相手の推しを)推すぞ。どうなっても知らんぞ」の一言で黙らせることができる。
自らへの縛りが厳しいが故に破壊力を高めている、その姿は特級呪術師と言っても過言ではない。
この記事を読んでいる皆様は推したキャラが「負け」がちなはずなので、デス推しに倣って「負け推し」と呼ばせていただきたい。
声優のキャスティングを見てどのキャラが負けそうとか言っている人はもう手遅れなので、素直にその癖~Heki~を認めたほうが健康に良い。
負けヒロイン同好会は常にその門戸を皆様のような方々へ向けて開いている。あまりおおっぴらに特定のキャラクターを負け扱いして愛でるような行為は不要な軋轢を生む時もあるので、なるべく同好の志の間でのみ行ったほうが平和に過ごせる。
そのような場が本同好会にはあることをお伝えしたい。
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デス推しとはいえドルオタになったきっかけがあるように、負け推しとなったきっかけもその人には存在する。
私にとって谷川柑菜がそれである。
2012年に放送された『あの夏で待ってる』は、『とらドラ!』、『超電磁砲』、そして『あの花』とヒット作を重ねた長井龍雪監督のオリジナルラブコメで、谷川柑菜はその物語に翻弄された人物である。
ラブコメと言っても演出が時々コミカルなだけであって、物語展開や登場人物たちの恋模様は非常に真摯で、平たく言えば「泣ける」ラブコメである。
作中の関係図は上記のとおりで、矢印が一方通行な部分だらけで大変だ。
谷川柑菜の矢印は主人公の海人へ向いており、また谷川柑菜へは幼馴染の哲朗から矢印が向いている。
ちなみにこの「主人公を好いているが、別の幼馴染に好かれている青い子」という構図は2018年の『ダーリン・イン・ザ・フランキス』に踏襲されている。
『ダリフラ』の監督である錦織敦史は『あの夏』に参加しており、また長井龍雪も『ダリフラ』に単話参加している。
青い子は作品を超えて遺伝するのだ。
――イチゴは、とても演技しがいのあるキャラクターに見えますが。
錦織:イチゴは僕の趣味が詰まったようなキャラクターなので(笑)
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谷川柑菜の顛末については多くを語らない。
その表情を見るだけで、負け推しの方々はすべてを理解できるから。
放送当時、担当声優の石原夏織はまだ20歳に届かない年齢だった。
谷川柑菜と近い年齢で、まだ荒削りだが一生懸命声を張り上げるその演技の真っ直ぐさがなければ谷川柑菜は谷川柑菜たり得なかっただろう。
細田版『時をかける少女』の仲里依紗もそうだが、その年齢でしか出せない演技は間違いなくあって、石原夏織の場合、谷川柑菜がまさにそれにあたる。
制作陣が狙っていたかどうかは定かでないが、この石原夏織の体当たりな演技は谷川柑菜のキャラクター性と非常にマッチしていた。
自分の恋心を隠しきれず、突如現れた宇宙人のライバルに戸惑い、結局半ばやけくそでライバルの背中を押してしまう不器用さ…舌の周りきっていない噛みそうな台詞回しも、まるで谷川柑菜が本当に存在するような錯覚を強く感じさせる。
特別なことはまだ何もない普通の女の子こそ、谷川柑菜なのである。
この「普通な子のまっすぐさ」が、私の心に攻め立てた。
当時就職したてでなんの所縁もない地方に配属され、リーマンショック不況の暗澹たる空気の中に放り込まれ20代の貴重な時間を失っていくだけの生活をしていた。それまでの自由だった学生生活から人間関係すら失い、あまつさえ希望が見えない「社会」に一度死んだ気すらした。
「このまま"終わった"人生を過ごすのだろうか」という絶望にとって、谷川柑菜はあまりに眩しかった。
「もう、こんな自分の想いに素直に生きるチャンスは無いのかもしれない」
谷川柑菜の生き方は、当時の自分にとって残酷すぎた。
その強すぎる光は、弱ったこの心に永遠に消えない影のようなものを焼き付けてしまった。
これが私が「負け推し」として生きていくに至った瞬間の話である。
本作の最終話で、主要キャラたちが共に撮影してきた8mmフィルムの映像が回想的に上映される。
登場人物たちが「あの夏」を振り返るこのシークエンスは、谷川柑菜にとって「確かに存在したあの気持ち」を確認する儀式でもあった。
フィルムを前に声を殺して涙する谷川柑菜をリアタイ視聴した時、谷川柑菜の代わりに声を上げてひとり泣いた。
谷川柑菜は奇跡を起こさない。
そして我々負け推しもまた、そうそう奇跡なんて起こさないまま生きている。
だからこそ、体当たりであの夏を生き抜いた谷川柑菜は、我々のみみっちい生き方にも何かできることがあるのではないかと、今でも言葉なく励ましてくれている。
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『あの夏』の公式サイトでは、イントロダクションとしてこのように紹介されている。
そんなとき、「特別」な女の子が、この街にやってきたんだ。
そして。
男の子の気持ちを、「特別」にしたんだ。
貴月イチカが「特別」であるならば、谷川柑菜は「普通」なのだろう。
谷川柑菜が普通で良かった。
我々と谷川柑菜をつなぐ共通項が、そこにできたのだから。
何もかも忘れられない
何もかも捨てきれない
こんな自分がみじめで
弱くてかわいそうで大きらい
さよなら大好きな人/スピッツ
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