リレー企画「あなたの愛した負けヒロイン」⑧

 お久しぶりです。負けヒロイン研究会です。言成誠(@wm5makoto29 )さんよりリレー企画の方にご寄稿を頂きましたので、投稿させて頂きます。
 今回もまた少し変わり種の負けヒロインになっております。良かったらご一読ください!
※以下、『ロックマンエグゼ6』のネタバレを含みます。ご注意ください。





 はじめまして。言成誠と申します。負けヒロイン研究会の存在を知り、人類文学においてまさに愛の形を研究する機関であると感銘を受けた私は、いてもたってもいられず「私が愛した負けヒロイン」の寄稿を書いているところです。
 さて、私が愛した負けヒロインは、2021年に20周年を迎えたロックマンエグゼシリーズ最終作「ロックマンエグゼ6」のキャラクター「アイリス」です。拙文ではありますが、よろしくお願い申し上げます。なお、本文はロックマンエグゼシリーズの根幹にかかわるネタバレを含んでおります。プレイする予定がある方、ネタバレが苦手な方はご注意いただければと思います。

はじめに

 本寄稿において、私が書き記したい負けヒロインは「ロックマンエグゼシリーズ」の「アイリス」だ。この名前を聞いて悶絶する者も少なからずいるだろう。本来の負けヒロインの定義とは違うのかもしれないが、「報われなかった」「救われなかった」「されど一人を愛した」という意味ではまぎれもなくアイリスも負け「ヒロイン」である。本寄稿は、彼女の生きた証を20年先でも伝えていきたいという思いも込め、拙文を記したものである。

1,ロックマンエグゼとは

 ロックマンエグゼは、ゲームボーイアドバンス(一部ゲームキューブ、ニンテンドーDS)で発売されたゲームソフトの作品群である。2001年3月に初代作品「ロックマンエグゼ」が発売されてから2005年11月にナンバリング完結作品「ロックマンエグゼ6 グレイガ/ファルザー」が発売され、さらにナンバリングが終了してもなお2009年にDSにて「ロックマンエグゼ オペレートシューティングスター」が発売されるなど、当時の小中学生に強く影響を与えた。
 私と同世代の男子諸君であれば、プレイ経験がなくとも名前だけは聞いたことがある方は少なくないだろう。小学生にもわかりやすいあらすじ、ぶつかり合いながら互いを信頼しあうバディ要素、心を躍らせるハイテクな世界観、魅力的なキャラクター、時折ドキッとさせられるシリアスな展開など、魅力的な要素は強いが、本寄稿ではその最終作におけるロックマンエグゼ6に出てくるキャラクター、アイリスについて思いのたけをぶつけたいと思う。

2,「アイリス」とは

 アイリスは、ロックマンエグゼ6(以下エグゼ6)におけるキャラクターであり、エグゼ6作中きってのキーキャラクターである。エグゼ6で主人公である光熱斗が転校した先に現れる謎めいた少女。神出鬼没で、人間でありながらロックマンの超獣化を抑えたりするなど、只者でないことが作中序盤で語られるが、それもそのはず、彼女はエグゼ6そして前作エグゼ5のライバルキャラともいえるネットナビ「カーネル」の妹のような存在で、人間ではないのだ。コピーロイドと呼ばれるロボットの力を借りて現実世界に現れ、その時に熱斗と出会う。その中で、彼女は黒幕であるDr,ワイリーが生み出した軍事用ネットナビ「カーネル」の一部分であり、電子機器・プログラム制御システムと"やさしさ"のデータをカーネルから切り取って生み出された存在だということが終盤で語られる。
 しかし最終盤、主人公である熱斗とロックマンがラスボスである電脳獣を倒した後、電脳獣は最後のあがきとしてロックマンの体を乗っ取ろうとする。アイリスはロックマンから電脳獣を引きはがすため、前述のカーネルと一体化し、電脳獣のシステムを完全に消去する。しかしそれは、カーネル諸共自身の存在を消滅させるものであった。その際、彼女は「光くん・・・わたし・・・ ううん、いいの わたしネットナビだから」と言葉を飲み込み、制御システムを作動。自らの消滅と引き換えに、ロックマンと電脳世界の破壊を防ぐのであった。カーネル、アイリスのデータの復元は絶望的とされており、その後の公式展開においても復活のフラグは立っていない。

3,「光熱斗」と「アイリス」

 アイリスが愛した男、それが光熱斗だ。主人公の一人である光熱斗は、良くも悪くも少年主人公気質だ。勉強が苦手でネットバトル(作中のバトル要素。コンピューターウイルスや互いのネットナビを戦わせる競技)の才能はピカイチ。スリルが大好きでちょっと悪ガキ。そして彼を支えるのが生真面目で説教癖があるもう一人の主人公であるロックマンという構図になっている。光熱斗は直情的な性格故に、心に陰りのあるキャラクターの力になるため心の扉をこじ開ける。エグゼ3では出会った病気の少年、マモルのために走り回り、エグゼ4ではジャンクデータから生まれた悲しきナビ、ジャンクマンに最期まで向き合って最期を見届け、エグゼ6ではとある事情から犯罪に手を染めたキャラクターを最後まで信じ抜いた。このように、"普通の小学生"だからこそできる、エゴイスティックにも似た"困った人を放っておけない"性格が、アイリスの心を動かしたといっても過言ではない。しかし彼は最終的にアイリスの気持ちに気づくことなく、初代から支えてくれていた幼馴染の少女、桜井メイルと結ばれ、数十年後には光来斗という息子を授かることになる。
 アイリスは才葉学園(エグゼ6で熱斗が転校する学校)に現れるが、誰からも認識されていない(正確には転校生ではないためともに授業を受けているわけではない)。そんな中、彼女を見つけた熱斗は、アイリスにとって初めての友達となる。友達だからこそ、頑張る熱斗を応援し、時には自分ができることを成す。諦めずに立ち向かう彼を、少し遠いところから見つめ続ける。そんな熱斗との触れ合いのなかで、彼女は光熱斗への恋慕の感情を抱き、そして最後に自身の言葉を飲み込んでまで、彼が愛する相棒にして兄、ロックマンと彼らが生きるその世界を守るため、自身の死をいとわず行動したのである。言葉を飲み込んだのは、自らがネットナビ故に受け入れてもらえないその気持ちが、きっとその言葉が熱斗に対して深い影を落とすからだと考えると、これを愛と言わずして何と呼ぼうか。
 決して首を突っ込む必要はないのに、成すべきことを成すため駆け抜ける光熱斗とロックマン、望まぬとはいえ自身の宿業から逃げ出し、成すべきことがわからず彷徨うアイリス。この二者はまさに鏡合わせだと私は思う。事実熱斗もアイリスも双子の弟妹にあたり、兄と違って自らに戦う力はない、兄妹(兄弟)が一つになると強い力を起こすなど、境遇は近い。

4,ロックマンエグゼにおける「アイリス」の存在

 前述のとおり、アイリスは元々軍事目的のために作られたプログラムだ。人を殺めるため、物を破壊するために作られた存在だ。自身が研究していたロボット工学が不要と切り離され、友を失ったことで世界への復讐に燃えていたDr,ワイリーはカーネルという軍事プログラムから"電子制御システム"と不要な"やさしさ"のプログラムを切り取り、アイリスとして再構築して利用した。しかし彼女は自身の行動に疑問を持ち脱走、電脳世界と現実世界を彷徨う中で熱斗に出会うことになる。事前に言っておくと、本作品ではネットナビ(AI)を確固たる自我を持った存在だと描いており、ネットナビ同士で好意を寄せることもあれば、作中の昼ドラは「女→男→女のネットナビ」という話であり、ネットナビだからと物として扱っているわけではない。しかし彼女は心など不要だと言ったワイリーが生み出したプログラムであり、更に言えば作中で普及しているネットナビよりもさらに原始的なシステムであり、彼女の片割れでもあるカーネルは作中でも"プログラム然"とした描かれ方をしていた。
 これは私の解釈だが、初期型のプログラムであるアイリスは、0と1でのみ構築された"物"であり、そして"やさしさ"は博愛を意味し、アイリスのやさしさは戦争などで巻き込まれる不特定多数の他者に向けられるものなのである。しかし、熱斗に対しては、信頼、愛慕、遠慮など、複雑な感情を抱き、そして自らではなく愛した者の世界のために身を捧げるという、"やさしさ"の"プログラム"から一番かけ離れた行動をやってのけている。それは彼女が生来持っていた普遍的な"やさしさ"ではなく、彼女自身が選んだ優しさから選んだ結論なのだと考えずにはいられないのである。そしてその彼女自身が選んだ優しさ故に、熱斗たちはアイリスのことをずっと覚えていくのである。プログラムとしてのアイリスではなく、友としてのアイリスとして。
 最終的にアイリスとカーネルが消滅する際、熱斗はワイリーに対し、「本当に心が不要だと考えているなら、分離した時点でアイリスを消去しているはずだ。しかしお前(ワイリー)は消さなかった。それはお前にまだ心が残っているからだ」と言い放つ。

5,誇り高き負けヒロイン「アイリス」

 負けヒロイン、という称号は、自分を選んでもらえなかったことに加え、その思いを伝えられなかった、応えられなかった者にも与えられる。例えば最後まで告白ができなかった者、例えば告白を受け入れてもらえなかった者、例えば恋人になっても別の者に取られる者。しかし彼女たちの想いが主人公より弱いわけではない。アイリスはその気持ちを伝えられずに消滅したが、彼女の想いがメイルや熱斗より劣っているとは全く思わない。むしろ、たった数か月しか出会っていない少女のことを、熱斗たちは思い出し、相棒の、兄の命を救ってくれた恩人としてずっと心に刻まれるのである。隣にいられないことは本意ではないだろうが、彼女はその愛のために、文字通り自分の身を引いた、誇り高き負けヒロインなのである。

6.光熱斗だった君たちへ

 ロックマンエグゼという作品は、光熱斗とロックマンの追体験である。ライトノベルと違い、常に主人公の視点で物事が展開する。いくらラブコメに準じた展開だったとしても、いくらメイルやアイリスが自身の恋心に気づいても、光熱斗の心に届かなければそれは観測できないものだ。事実、アイリスが熱斗を好いているという展開は殆ど語られない。もしかしたらあの時、ああ思っていたのでは?というのもすべて推測に過ぎない。鈍感だと語られる熱斗は我々以上に気づかない。更に、この作品のターゲットは小学生から中学生であり、愛だ恋だなんてのは必要ないぜ!と思う男子である。
 しかし初代から約5年経てば、今まで興味のなかった女子に興味を持ちはじめ、好いて好かれる展開も現実になっていく。愛だ恋だ、が現実的になっていく。そんな少年が、初めて向けられる好意に、少年たちはどう立ち向かうのか?少女の決して叶わない恋心が、初めて他者から向けられた好意だった少年もいたかもしれない。
 光熱斗だった我々が彼女の思いを知ったとき、プレイヤーは既にアイリスの最後を見届ける時だ。アイリスという少女は、熱斗にとっては負けヒロインでも、我々からしてみると初恋の女の子だったのかもしれない。
 最後になるが、幼いころの恋は美化され風化され、そして忘れていく。しかし、あの時に愛した少女も、あの時に恋した少年も、確かにそこにいたのだ。私はアイリスの叶わない恋に心を奪われた。それからもキャラを好きになったり、3次元を好きになることはあったが、アイリスのことは不意に思い出してしまう。そんな一途でまっすぐな彼女を、これからも忘れずに行きたいと思う。我々が光熱斗だったあの頃に、もしかしたらアイリスはいたのかもしれないのだから。

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