リレー企画「あなたが愛した負けヒロイン」⑦

負けヒロイン研究会です。本日はリレー企画第七弾をお送りいたします。
今回はともき(@tmk_423 )さんよりご寄稿頂きました。ありがとうございました!

※以下、『フルーツバスケット』のネタバレが多分に含まれます。ご注意ください。





はじめまして。ともきと申します。

私は悲恋描写が大好きです。
届かぬゆえに純化されていく一途な想い。
渦巻く嫉妬や羨望と言った泥臭い衝動。
それらの織り成す矛盾と欺瞞のコントラスト。
その全てを愛しており、そんな感情を見せてくれる負けヒロインは特に大好きです。

そのため、負けヒロイン研究会さんの活動は興味深く拝見しておりました。
一方で、「負けヒロイン」という概念をテン年代への憧憬と重ねていくスタンスには疑問を覚えており、敢えて流れに逆らうという意味で、こちらの企画に投稿させていただきました。
というのも負けヒロインを「メインキャラクターに失恋する女性キャラクター」と定義するならば、それは男性向けラブコメディに限らずあらゆるジャンルに登場するからです。
そして、ジャンルにより背景や関係性に違う傾向はあれど、悲恋という事象が秘める魅力は本質的には変わらないと思っています。
そんなジャンルレスの「負けヒロイン」の魅力を広めたい。
そこで、今回は少女漫画ジャンルから草摩楽羅を紹介します。
限定された意味での「負けヒロイン」とどこが違うのか、何が同じなのか、考えるきっかけとなれば幸いです。

・草摩楽羅とは

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今回紹介させていただくのは、草摩楽羅です。
草摩楽羅は1998年から2006年まで白泉社「花とゆめ」にて連載されていた名作少女漫画「フルーツバスケット(高屋奈月)」に登場するキャラクターです。

こちらの作品は、二度にわたってアニメ化が行われており、2019年版は原作完結後ということもあって、ストーリーのほぼすべてが網羅されているため非常にとっつきやすいです。
(筆者自身、新アニメ版でこの作品に初めて触れました)
草摩楽羅を演じられているのは旧アニメ版では三石琴乃さん、新アニメ版では釘宮理恵さんです。

フルーツバスケットは、天涯孤独となった主人公・本田透と、"十二支の呪い"を宿した古い名家・草摩家の人々を中心とした物語です。
ホームコメディのようなにぎやかな日常を描きつつも、暗い過去や暗部を抱えた登場人物たちが出会いと別れを通じて成長していく青春群像劇となっています。
サブキャラクターの一人一人、それこそ主人公たちの邪魔をしてくる由希くん親衛隊の隊長までもが丁寧に描写されているのも特徴の一つ。
それゆえに恋の形も失恋の形も多種多様なのが魅力です。


メインヒーローとなるのは十二支の筆頭であるネズミ憑き・草摩由希と、十二支に選ばれなかったネコ憑き・草摩夾。
闇を抱えた二人を透の純真無垢さが救い、やがて想いを寄せられていくのが物語の大筋となります。
そして今回紹介する草摩楽羅はそんな草摩夾のことが大好きなイノシシ憑きの少女です。

透や夾たちと比べると2歳年上で、夾とは幼馴染の関係。
夾のことが大好きで、「夾ちゃん」と呼んでベタベタと甘えています。
普段はおしとやかで恥ずかしがり屋の女性なのですが、イノシシ憑きであることからか、興奮すると性格は一変して猪突猛進に。
嫌がる夾くんをギタギタにすることもしばしば。
そんな可愛らしさと気性の激しさが同居しているのが草摩楽羅の魅力です。

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夾の側もそんな楽羅の苛烈な愛情表現を嫌がってこそいるものの、はっきりとは拒絶しないという状況が続いていました。
しかし、そんな状況もヒロイン・本田透の登場によって少しずつ変化していきます。
そして、運命の時が訪れるのです。

・不健全な愛情

楽羅は自身に宿ったイノシシ憑きの"十二支の呪い"を疎んでいました。
十二支の呪いを持つ者はその特質から周囲から忌避され、時には家庭崩壊を招くなど決して恵まれた存在はありません。
夾と出会ったのはそんな闇の中にいた幼少期。

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夾は、十二支からも漏れ皆から疎まれる"ネコ憑き"でした。
忌まわしい呪いこそあれど一族からは尊重され大切にされるイノシシ憑きと、一族からも遠ざけられるネコ憑き。
待遇には天と地ほどの差があります。
楽羅はそんな「自分より哀れな夾くん」を見て安心するために近付いたのです。

憐みの感情で近付いただけではありません。
ネコ憑きの力が暴走した"真の姿"を目の当たりにして楽羅は恐怖して逃げ出してしまいます。
そのことにより夾は一層周囲から遠ざけられ、深く傷つけてしまいました。

そして、楽羅は罪悪感に苛まれます。
自分のために年下の少年を利用し、そして見捨てた卑しい自分が大嫌いになりました。
そうして、夾のことを想うようになります。
それは夾への罪滅ぼしであり、汚い自分を誤魔化して、なかったことにしようとする誤魔化しでもありました。
本人曰く、「つじつま合わせの恋」だったのです。

・ヒロイン・本田透

夾は主人公である本田透に徐々に惹かれていきます。
草摩家の抱える事情を知らぬまま、距離を縮めていく夾と透に楽羅は不安を覚えます。
このままでいいのかと夾を問い詰めるシーンもあります。

しかし、主人公である本田透は違いました。
化け物の姿に変貌した夾の姿を見ても怯えることなく受け止め、受け入れたのです。
夾はそんな透の存在に救われます。

楽羅は夾の下に駆けつける透の姿を目撃していました。
真っすぐな優しさで夾を受け止める透を見て、楽羅は自分の本性を否が応でも悟らされることとなります。
呪いに対する恐怖を「上塗り」した自分と、恐怖を乗り越えた夾の手を取った透。
対比によって自分の醜い姿を突きつけられる形となりました。

そして、失恋回へとつながります。


・告白、そして

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楽羅の失恋回は全編が素晴らしいです。

海へ行ったお土産がないという夾に対し「それが恋人に対する仕打ち!?」と問い詰める楽羅。
未来へ進むことを決断した夾は「恋人」という部分に反応し、明確に関係を終わらせようと話を持ち掛けます。

しかし、それを察した楽羅は「聞きたくない」と話を聞くことを拒絶し、最後に一度だけデートすることを提案します。
「一度でいいから、私のことで困ってみせてよ」とすがる楽羅の姿がとても痛々しいです。

楽羅は二人が出会った公園へと夾を案内します。

そして、自分がつじつま合わせの恋をしていたことを告白します。
「夾くんが私のことを好きになってくれれば、汚い自分はなかったことになると、そう思ってた」と懺悔します。
つじつま合わせの恋だったとして、夾に謝罪したのです。

それに対する夾の答えはシンプルなものでした。
「俺はお前を好きになったりはしない。最後まで好きにはならない」
楽羅の恋に明確に終わりを告げられた瞬間でした。

しかし、それだけでは終わらないのがこの作品の凄いところ。
夾は「見下したとかはいいよ。お前が謝ることはないんだよ」と告げますが、それを聞いた楽羅は「私の懺悔を聞いてくれてありがとう」とスッキリしたようにその場を立ち去ろうとします。
これはその先の言葉を言わせないために、一番聞きたくない言葉から逃げようとしているのです。

それでも夾は逃がしてはくれませんでした。
「理由はどうあれ、一緒に遊んでくれたこと。俺は嬉しかった。ありがとう」
と感謝の言葉を伝えます。

楽羅にとって夾への想いはただの「つじつま合わせの恋」ではありませんでした。
罪悪感というベールで覆い隠すことで目の前の失恋から目を背けようとしていたのです。
これは悪い恋だから仕方がないと自分に言い聞かせていたのです。

夾の感謝の言葉はそんな言い訳を打ち砕きました。
楽羅の行いが夾の救いになっていたこと。もう苦しまなくていいのだということ。
過去の関係にきちんと清算がされたことで、改めて明確な夾の拒絶の言葉が深く突き刺さります。
「つじつま合わせ」という言葉で包み隠していた本当の想いが胸から溢れ出ます。

この時、楽羅の恋は本当の意味で終わりを告げたのです。
ようやく言えた心からの「大好きだよ」という言葉と共に、楽羅は夾の胸で泣き続けたのでした。

残酷な結末であってもきっちりと向き合わせようとする夾もカッコいいですね。

・私だけのものだよ

自宅に帰った楽羅は、泣きはらした姿を見た母に心配されます。
しかし、楽羅はそんな母に感謝の言葉を述べつつも、振り切って自室に籠ります。

そこからの独白が本当に素晴らしいです。

「同情も同調もいらないの。誰かと分かり合うつもりはないの。この気持ち。切ない気持ちも、嬉しい気持ちも、私だけのものだよ。あの頃の夾くんは私だけのものだよ。私みたいじゃなく、ごめんじゃなく、ありがとうって言ってくれた夾くんは……私が泣き止むまでずっと傍にいてくれた夾くんだけは、私だけのものでいて――せめて、この夜が明けるまでは」

嘘偽りによって自分を欺き続けてきた楽羅にとって、ようやく見つけ出した本当の気持ち。
だからこそ、誰にも理解されたくないしする必要もないという自己愛。
自分のことを大切にしてくれたというささやかな嬉しさ。
そんな想い人のことを少しでもいいから独占したいと感じてしまうエゴイズム。
せめてこの夜が明けるまでは、という振り切れない衝動。

失恋に伴う感傷の全てがこの独白に詰まっていると言っても過言ではないでしょう。
「負ける側」のことを、ただ美化するのではなく大切に描いてくれた素晴らしいエピソードでした。

・その後

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その後、夾とは距離を置きつつも、なんだかんだ吹っ切れないといった様子が描かれます。
両想いとなった透と夾の態度が煮え切らない時には、感情をあらわにして叱責したこともありました。

身を引いたからこそ、幸せになってくれないと許さないというのが楽羅らしさだとも思います。
最終回付近で、実家の用事で夾と再会したときに見せる「よ、よう」というぎこちない挨拶がとても愛らしい。
完全に吹っ切れたわけでもなく、未練があるわけでもなく、そんな宙ぶらりんの様子で物語は終わりを告げます。
楽羅が新しい恋を見つけられるのかどうかは、読者の判断にゆだねられると言ったところでしょう。

・終わりに

名作少女漫画「フルーツバスケット」より草摩楽羅を紹介させていただきました。
言動の可愛らしさ、想いの一途さ、そして清濁併さった繊細な感情描写。
いずれも「負けヒロイン」として一級品だったのではないでしょうか。

フルーツバスケットは楽羅だけではなく、魅力的な「負けヒロイン」がたくさんいます。
更には、透に想いを寄せながらも身を引く「当て馬男子」も多数登場するため、負けヒロインとはまた違った味わいの失恋描写も味わえるため、おすすめの作品です。
新アニメ版でも全60話近くあり決して少ない分量ではないですが、楽羅が失恋する2期11話だけでも見て頂けると幸いです。
演出も含めて、負けヒロイン好きならば見て損はない1話だと思われます

今回は少女漫画からの紹介となりましたが、「メインキャラクターに失恋する女性キャラクター」としての負けヒロインは、ジャンルを問わずあらゆる作品に登場します。
そんな広範な負けヒロインの世界の一端でも伝えることができたのならば、幸いです。

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