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書評

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読書記録、しっかりした書評からメモ程度まで形式は統一していません。ネタバレ多。
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#文章

分断の時代に聳え立つ―九段理江『東京都同情塔』

概要 第170回芥川賞受賞作。ザハ・ハディドの圧倒的に美しい、東京五輪の競技場が、アンビルド(un-build)ではなく、出来上がってしまったifの世界にこの物語は始まる。そこでは新宿御苑に新たな塔が立つ。その塔は犯罪者を「同情されるべき人々」として厚遇する、斬新な価値観に基づく建築だった。「バベルの塔の再現」という字句から始まる『東京都同情塔』は、その塔を見据え、実際に設計・建築する女性建築家を主な語り手としている。バベルという涜神によって言語がばらばらになる、その現象と

[書評]J.D.サリンジャー「大工よ、屋根の梁を高く上げよ」

 グラース家の長兄、麒麟児のシーモアが自殺するナイン・ストーリーズの冒頭から、時間軸的には前後するが、『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』というその名も美しき作品は、結婚式をボイコットする長兄を、次男のバディが切々と語りつくす作品だ。時にバスルームで開くシーモアの日記からは、その溢れんばかりの知性の香気が感じ取れもする。次男のバディはあっさりとシーモアを視ようとして、実はかなり熱心に、追慕が頭をもたげるところが、とても愛らしく、そのような筆致で描けるサリンジャーという書き手を素晴

#35 書評・『サロメ』Oscar Wilde

 耽美は時に退廃的に語られる。美しさに溺れ、愛に窒息する、「性」がそのまま「生」のエナジーであることもある。本作『サロメ』に限っては、そういった耽美派の呼吸が息づいているように思える。そしてそのような作品に取り巻く非現実の幻惑は、著者のWilde自身が偶像として抱えていた夢幻と重なり合う。 「魔力」の刃 恋の「魔力」という言葉がある。恋愛における説明できない衝動、エネルギーを超越的な「魔」の力がそこには確かにある。ユダヤの王女サロメは、宴にて王エロドからの視線に耐えかねて禁

#27 書評・"Miriam" by Truman Capote

 ぼくは、明るい物語を読むことができない。詳しく言えば、読んでいても面白いと感じても感動したりすることが少ない。暗いアンダートーンを含み、人間の非合理性や狂気、疎外や妄執を扱ったような作品に、よりリアリティを感じる。それは自分の内面が共感したがっているのかもしれない。たとえば家族での幸福や恋愛を扱ったような求心的ともいえる物語より、ディストピアやある種の狂気を扱ったような題材から遠心的に描かれる物語の方が、ぼくという主体が接近しやすいのだ。内向的な語り手のほうが、読みやすいと