あたまのかたちのへんなひと
二階堂奥歯。
初めて見た名前の人はもうお亡くなりになっていて、自殺だったんですって。
あら、若いわねえ。わたしなんか死にたい死にたいって思いながら、もう来年四十だったのよ。
生きるってことは汚く図太くなることだよね。彼女の文章を読んでいると長く生きたこっちが恥ずかしくなっちゃうな。
あなたはどんな風に世界を見たの?
真剣に見たのは二十代前半まで。
わたしはどうかしら、見たことないのかも。思えばのうのうと生きてきたような気がするわ。
おや面白そうな話題ね、わたしも混ぜてよ。
おいこの部屋に何人いるんだ。
わからないわ。まっくらで何も見えないもの。
見えるわよ、目を凝らしてごらん。
・・・なにも見えない。
・・・。
こんな風に悲しい気持ちで死んでいくのってロマンチックよね。
ほんとに他人事だなあ、四十まで生きれるはずだ。
わたしはこっちよ。いまのはわたしが言ったんじゃない。だれ?いま言ったのは。
わたしじゃない。
わたしじゃない。
わたしじゃない。
わたしじゃない。
わたしじゃない。
ちょっと待てよこんなにいたのか。
わたしじゃない。
わたしじゃない。
わたしじゃない。
喋ってなかったやつまで喋るなよ。悪かったよ。謝ります。
おれじゃない。
だれだ?
悪魔。
なにしにきたんだ。
おまえのほうがこの部屋に来たんだろう。ここはおれの部屋ですよ。
帰ります。
待て、おもしろい話をしてやろう。昔、天使に聞いた話だ。
8階建てから飛び降りた女がいた。女は死ねなかった。天使がやってきて救いますと言った。女は頼みごとを考えているうちに死んだ。
なんだよその話。変えよう、悪魔の話はつまらない。
悪魔の話じゃない、天使から聞いた話だ。
その話したのわたしよ。結末が違うわ。わたしが救いますと言ったら「殺して欲しい」って言われたから殺したの。
なんで悪魔の部屋に天使がいるんだ。
天国は退屈なの。
待ってそれわたしの話じゃない?最後は傷を治して恨まれたのよ。
そう、その恨んでる女がわたしよ。アラフォーババアの登場です。
ひ。
あら奇遇。あのあと、生きてみてどうだった?
負けを認めるようで嫌だけど楽しかったわ。ありがとう。
いい話じゃないか。
嘘よ、恨みまくってるわ、辛い人生引きずって、何度あの時死んでたらと思ったか。救いは呪いよ。羽をむしりとってやりたい。
どっちなんだよ、怖いなあ。
今喋ったのはわたしじゃないわ。からかうのはやめてよね。
そっちがニセモノよ。わたしはこの部屋に来た時からずっと黙ってたの。
わけがわからなくなってきた。おい、この部屋に灯りはないのか。
ない。
なんで?いつになったら出られる。
あと3時間。
なげー。
ファミスタやる?
なにも見えないんだろ。
バレたか。
なんでおれはここにいるんだ?
おまえが望んだからだろう。
でもここは退屈だなあ。
わたしは楽しい。ずっとここにいたい。居心地がいいし守られてる。お腹も減らないしお金もいらない。快適よ。
でもなんにも起こらないじゃないか。
悪魔と天使と話してるだけで楽しいわ。
君も天使じゃないのか?
エイミー・ワインハウス。
ほんとに?でも君の歌はあんまり詳しくないんだ、ごめん。
そう。一曲歌ってあげるわ。
辞めて。ジャズは嫌いなの。歌うならクラシックにして。
失礼ね、あんただれ?
ジュディ・シル。
大ファンです。
失礼、わたしも大ファンなの。
こちらこそ悪かったわ。
あら。聴きたかったわね、ジャズの方。
あんただれ?
浅川マキだよ。知るわけないわよあなたが。
だれ?
同郷です。日本の素晴らしい女性シンガーです。
どんなもんかしら、聴かせてもらいたいもんだわ。
年上に口利いてんやろ。なめんなよガキ。
けんかはやめて。
少女もこの中にいるのか?
わたし、少女じゃないわ。森田童子よ。
おいおいおい、悪魔さんよ、おれの好きなものばっかりじゃねえかここは。最高だなあ。
ぜんぶ死人だけどな。
けっこうけっこう!むしろそっちのがプレミア感あるわ。なあ、あの人はいないの?
どの人。
コバーンさん。
その隅にいるよ。鴨居玲といっしょにマルボロ吸ってる。でもおまえ、なにをしゃべるつもりだ?
たしかに。なにをしゃべるかって言われたら、なにも出てこない。よそう。
ねえ退屈だわ。だれか喋ってよ。
悪い悪い、興奮しちまって。
あなたの話を聞かせて。
おれの話はくだらないさ。
この部屋ではくだらない話の方が盛り上がるのよ。
あべこべなんだな。
どうして死んじゃったの?
もうおもしろいことはないだろうと思って。
動機として浅いわ。そんな理由でよく死ねるわ。
どうして死んじゃったの?
お酒の飲み過ぎで。
アル中では死なないわ。それにそんなに若いのに。
どうして死んじゃったの?
恥ずかしくなってしまって。
自殺の方が恥ずかしいわよ。いまどき風ではないわ。
ちょっと、うるさいですマキさん。
とにかくなにもかもがつまらなくなって、一応ほんの少しくらいは満足いくものが作れたし、もういいかなあと思ったんです。
なんかほんとにくだらないのね。びっくりしちゃった。
だから言っただろう。おれの話はつまらない。悪魔の話を聞かせてよ。
わたしは天使よ。悪魔の部屋に居つく天使。
人を殺したんだろう。悪魔みたいなもんじゃないか。
それはわたしよ。
ああもう誰でもいい!
おれの話聞きたい?天使から聞いた話なんだけどな。
またそれかよ。聞かせてよ。
風が吹く晩に男がやってきた。泊めてくれと言った。風が強いくらい我慢しろと帰した。
雨が降る晩に男がやってきた。泊めてくれと言った。雨が降るくらい我慢しろと帰した。
雪が降る晩に男がやってきた。もうたくさんだと銃を持って。
なんの話だ?
なんでもない話。
それわたしが話したやつだわ。ちょっと違うわよ。
風が吹く晩に男がやってきた。泊めてくれと言った。怪しい人は泊められないと帰した。
雨が降る晩に男がやってきた。泊めてくれと言った。怪しい人は泊められないと帰した。
雪が降る晩に男がやってきた。かわいそうだと泊めてあげた。翌朝主人は殺された。
これはなんの話なんだ?
違う違う、こうよ。
風が吹く晩に男がやってきた。許してくれと言った。彼女は扉を開けなかった。
雨が降る晩に男がやってきた。許してくれと言った。彼女は扉を開けなかった。
雪が降る晩に男がやってきた。殺してくれと言った。彼女は扉を開けて殺したのよ。
切ないラブストーリーになっちゃったわね。
ええ、阿部定みたいね。
ちょっと待って、ぜんぜんわからないよ。
女心ってこうよね。好きな人は自分だけのものにしたいの。
おもしろいな。天使はやっぱりおもしろい。
おもしろいか?
おもしろくないか?
まあ暇つぶしに考えてみるくらいには。
おまえも考えてみろ。ほら、やってみろ。
ええと、
風が吹く晩に男がやってきた。風が止むまでいさせてくれと言った。女はなかへ入れた。
次の日は雨が降った。雨が止むまでいさせてくれと言った。女は頷いた。
次の日はようやく晴れた。雪が降るまでいさせてくれと言った。真夏の晩の話。
おおー、まあ初めてにしちゃあ上出来か。
クサイ、クサくない?
ちょっとクサいわよね。「真夏の晩の話」は蛇足だわ。季節感はいらない。イメージが限定されるもの。「彼女は頷いた」でいいんじゃない?
ねえ?それに雪が降るまでいさせてくれ、なんて、わたしが彼女だったらゲボ吐くわ。それに文章も変えすぎ。ゲーム性がなくなっちゃうじゃない。
そうよ。それになにより、悪魔の部屋でする話じゃないわ。
あははははは。
けっこう厳しいんだな。
厳しい、天使は厳しいぞ。あと30分。
はー!あと30分ですか!なげーよ。はやく外へ出たい。
外は外で苦しいぞ。もう忘れてしまったのか。
まあそれはそうだが、ここは息がつまる。はやく光が見たい。
やっぱり生まれ変わりたがる人は違うわね。文章も喜びに満ちていますもの。
ああはやく、まだか。まだなのか。
あんまり焦ると頭の形が変になっちゃうから気をつけろよ。
ああまだか、まだかなあ。
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