~絆《むすぶ》~                イラスト 穂積小夜さん 小説 奥山結莉乃

「ただいまー!」
「おかえりなさい。今日お父さんの帰りが遅いから……って、いないし」
 私はお母さんの言葉を聞き流して部屋へと向かった。机の上にあるそれを出かけるとき用のトートバックに入れて、携帯でダウンロードした無料のトークアプリを立ち上げる。音とのチャット画面を開くと、待ち合わせした時の会話や漫画の新刊情報で盛り上がった時の会話が目に留まった。
「……この時は、ほんとに楽しかったなぁ。……ぷっ、はは。何このスタンプ……っ」
 さらにトーク履歴をさかのぼっていくと、意味の分からないスタンプが送られてきていて思わず吹き出してしまう。音の、何の脈絡もなく突然送ってくる感じはアカウントを追加したときからずっとだ。
「……戻りたい。あの時みたいに。自然に笑って、心地の良いあの関係に」
 最後のトークはテストの範囲の確認で終わっている。
「…………おと。こんな形でしか謝れない弱い私を許してくれるかな……」
 私は目を閉じて小さく息を吐いた。
 大丈夫。きっと大丈夫。私と音には切っても切れない『絆』があるんだから。
「……よし」
 私は決意してトーク画面に文字を打っていく。
 送信ボタンを押してトートバックを握りしめ、部屋を飛び出す。
「お母さんごめんっ! 行ってきます!」
「え? あ、いってらっしゃ、い……?」
 階段を勢いよく降りて玄関へ向かい、お母さんに聞こえるくらいの大きな声で挨拶をした私は送ったメッセージに書いた『あの場所』へ向かって走り出した。
「はぁ、はぁ……っ」
 雪が積もって進みにくい道を走っていく。
『おと。話したいことがあるんだけど、時間もらえる?』
 マフラーが邪魔になって乱雑に取った。前髪が崩れるとか汗をかいてしまうとか、そんなのを気にしている余裕なんてなくて。
『私、おとが大好きで、大親友だって思ってるから。だから……』
 途中で滑りそうになったけれど、何とか耐えて走り続けた。こういう時、運動が得意でよかったなって思う。
『悩みとか、思ったこととか、全部話そうと思うんだ。これからも仲良くしたいから』
 公園の入り口で膝に手をついて息を整える。マフラーが地面に触れて赤い毛糸に雪が付いた。
『私、初めて音に出会ったあの場所で……あの公園で、待ってるから……!』
 顔を上げて公園を見る。そこには誰もいなくて、足跡すらついてない。それでも私は待つ。
 そう決めたから。
「おと……」
 つい声が漏れる。白い息が空中に現れては消えてゆく。
 すると後ろからぼふ、と雪を踏む音が聞こえ、ゆっくりと後ろを振り返った。
「ゆい……。ごめんね、待った?」
「……っ、待ってないよ」
 視界は涙で歪んでしまって、音の表情が見えない。でも、見なくてもわかる。きっと笑顔だろう。声が、そうだったから。
「あーー!」
「え、ちょっ、ゆいっ!?」
 私は大声で叫びながら雪へと背中から倒れた。
 もう吹き飛んでしまった。さっき聞いたばかりなのに、音の声を聴いて、さっきばいばいしたばっかりなのに、音に会って。あれから話そうとか、どう思っていたかとか、どこかへ飛んで行ってしまった。
「あははっ! おとも一緒に寝転がろうよ!」
「……え~? 冷たくない?」
「そんなの気にしない!」
 私は鞄から糸電話を取り出して自分の口元へあてると、片方を音へと向ける。
「それって……」
「お話、しようよ」
「……うんっ!」
 ぼふんっと私の隣に音が倒れこんでくる。そして私の方を向いて横になったので、私は彼女の方を見ながら改めて口を開いた。
 紙コップから出てる赤い糸が……私たちの絆の糸が切れないようにと、願いを込めて。
「おと、私ね――――」

 

 

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