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LOCUSTコンテンツガイド (映像3) クリストファー・ノーラン『TENET』 イトウモ

 時間軸シャッフル、崩壊した夫婦生活、世界の終わり、一人の男の憂鬱。『フォロウィング』(1998)でデビュー以来、クリストファー・ノーランはほとんど同じテーマを使いまわしてきた。使いまわすというよりも、ノーラン自身が、どの作品も同じテーマになってしまう作家性としてノーラン自身のブランドを作ってきた。職人気質よりも、エゴの強い監督だったと言っていいだろう。こういう作家は、一つ満足のいくものを撮ってしまうとそれで一気に活力を失ってしまうこともしばしばだが、その満足らしき大作、構想20年と言われた複数階層の夢を飛び回る記憶サスペンス『インセプション』(2010)の成功から10年、新作『TENET』を見るとまだまだノーランの精力は衰えていないようだ。


 転機は2014年の『インターステラー』だったのではないか。一見、環境破壊によって住めなくなった地球を後に旅立つ宇宙SFに見える本作は、時空を超えて父が娘にメッセージを送るノーランのいつもの「時間SF」でもあった。ワームホールの科学考証に理論物理学者キップ・ソーンが携わったニュースが話題を呼ぶなど、本作が決定的に従来のノーラン映画からスケールアップした点は彼の映画作家、脚本家としての「妄想」がプロの科学者という強力な理論の後ろ盾を得て羽ばたいたことにある。『インターステラー』と『TENET』は、夢の中だけではなく本当に時間を遡る。ノーランは二重の意味で若かりし日の「夢を叶えた」ようだ。


 私は、『インターステラー』に感銘を受けて、児童向けの科学本を作りたいと豪語する女性に会ったことがあるが、まさしくそれこそ『インセプション』以降のノーラン映画を駆動する欲望ではないかという気がした。「子ども科学電話相談室」にかかってきそうな素朴なSF妄想を、プロの学者と一緒に検証し、映画という「夢と魔法の工場」のブランドで飾り立てる。『インターステラー』が「ブラックホールの向こうにはなにがあるの?」という質問電話だったとすれば、「TENET」は「後ろ向きに時間が流れたらどうなるの?」といったところだろうか。10年前に、ノーランは「素朴なひらめきと難しい理論考証をかっこよくプレゼンする」映画の職人になった。

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