見出し画像

LOCUSTコンテンツガイド(映像5) セリーヌ・シアマ『燃ゆる女の肖像』 イトウモ

 なぜ、エロイーズはマリアンヌのほうを見返さなかったのか。
 18世紀、歴史の闇に埋もれたらしい女流画家マリアンヌは、高貴な令嬢エローイズの肖像画を依頼を受ける。モデルと、雇い主であるその母らが暮らす屋敷へ向かう途中、小舟から波間へ転んだ画材を救うべく、自身も海へと身を投げ出すマリアンヌ。ずぶ濡れで屋敷にたどり着くと、暖炉の火に裸体の輪郭を晒して素肌を温める。着替えの終わった彼女は、女中のソフィからエロイーズの姉が絵のモデルをつとめるのに疲れて、崖から身を投げたことを聞かされる。どうやらここでは海が不吉さを象徴し、その邪気を屋敷の炎が祓うようだ。
 出会うや否や、浜辺へ駆け出すエロイーズを不安そうに追いかけるマリアンヌ。画家である身分を隠して心を通わせつつ、彼女の相貌を観察しては、モデルに隠れてキャンバスに筆を走らせる。完成すると今度はマリアンヌ自ら、エロイーズに向かって自分は画家だと打ち明ける。しかし、完成品を見たモデルは「こんなものが私ですか」と不満をあらわにする。プライドを挫かれた画家は、依頼主である彼女の母に今度は描き直しを申し出る。
 母親が屋敷を離れる5日間。そこでは愛に目覚めた二人の逢引と、女中ソフィの堕胎が母の目を盗んで遂行される。母親の帰宅とともに二人は別れ、絵画教師となったマリアンヌは、市で娘を連れたエロイーズの肖像画を発見した「最初の再会」と、劇場のボックス席に座る彼女を見かけた「最後の再会」を回想するのだった。
 ここで最初の問いへと戻る。ラストシーン。「最後の再会」でボックス席に座るエロイーズを見つめるマリアンヌの主観ショット。カメラが彼女の顔に狙いを定めてズームし、クロースアップになる。「彼女は私の方を見返さなかった」。マリアンヌの声がかぶり、オンのものともオフのものともつかない激しい弦楽の重奏が流れ、相好を崩したかと思うと口を開いて涙を流す彼女の顔を見つめたまま映画は終わる。観客に最後の問いを残して映画は終わる。なぜ、エロイーズはマリアンヌのほうを見返さなかったのか。

ここから先は

2,023字

¥ 300

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?