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ロカスト日記 4月7日(火)

 異常事態に人が置かれる時、まず言葉から失われるのは個人の具体性です。大きな現象は人々を共通の渦の中に飲み込みます。誰もがその渦中にいるがゆえに、誰にでも理解できるような単純で抽象的なイメージと言葉ばかりが流通し、代わりに、具体性を伴った言葉はふさわしくないものとして切り捨てられます。コロナウィルスとも日本政府の対応とも関係のない、誰とでも共有できないものは、個人的な日記や心の奥に消えていく。けれども、僕らがインターネットでのやり取りに求めているものは、共有できないものを共有する試みではないでしょうか。卑近な例かもしれませんが、誰にも言えなかった悩みや趣味を誰かと共有できることこそが、インターネットで人々が物理的距離を超えて繋がる中で起きた最良の喜びではないでしょうか。その体験が、僕にとってはネットにおける最大の”革命”であったと思います。
 今回LOCUSTでは、編集部数名の日々の記録を公開します。もともとLOCUSTは、異なる立場や異なる趣味嗜好を持つ人間が”群れ”となる中でそれぞれが変化していく現象を、活動のエネルギーとしてきました。今回のコロナウィルスの流行に端を発する混乱の中で、大きな”群れ”の場に組み込まれた我々(ロカストのメンバーだけでなく、社会を構成する人々全てを含む「我々」です)は、具体的な生活や思考の違いを共有することで、自分自身を大きく変化させるような”好機”に恵まれたと感じます。具体的な個人の体験の言葉が、非常事態の渦に飲み込まれている時にこそ、より豊かな共有をもたらす。僕らの間に生まれた関係が、僕ら全員を変えていく。LOCUSTはその可能性に賭けるために、それぞれのささやかな日々の記録の”群れ”を、みなさんと共有します。

LOCUST編集部 伏見瞬

4月7日(火)

2020年4月7日(火)、緊急事態宣言。確か、首相による宣言が19時ぐらいからだったが、そのとき私は都バスに乗っていた。池袋からの帰りである。

必要な本があって池袋の本屋に行く。人もまばらだろう、と期待していたら、むしろいつもよりいるではないか。レジの列が長いのだ。ダメだと思う。もちろん私もダメの一員ではあるが、やはりダメだと思う。家にずっといるときのお供に本を買うのだろう。考えることは皆一緒だ。
 
さて、私の目当ての本だが、これがない。これもダメだと思う。こんな時期なのである。本屋は人がいっぱい来るに決まっているのだから、在庫は豊富に揃えなければならない。腹が立ったのでむしゃくしゃして他の本を買うことにした。いつも目には付いていたが、値段が少し高いので買わなかった本だ。

「むしゃくしゃして買った。買えればなんでもよかった。」

というのは通り魔だ。でも、いつも目に付いていた本を買ったのだから、どちらかといえばこれはストーカー殺人である。ストーカー殺人もダメだと思う。

で、そういうことがあってバスに乗っていたのである。さて、バスに揺られる私の手元にある本は一体なんなのか。

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