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【どうか私を晒さないで】性的姿態撮影罪とは

今回は、この度国会で審議されることになった、性的部位や下着を盗撮する行為を全国一律で取り締まる「性的姿態撮影・提供罪」について考えてみたいと思います。(本稿で対象とするものは2023年第211通常国会で法案が提出されたものです)

性的姿態撮影罪というのは略称で、法案の正式名称は「性的な姿態を撮影する⾏為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律案」と言います。長いですね…。
こちらは法改正ではなく新法ですので、この法律ができる過程を各種資料から追ってみたいと思います。

これまで盗撮という犯罪は、主に都道府県の迷惑防止条例で規制されていましたが、古い条例のため、スマートフォンなどの撮影機材が発達したことによって極めて広範囲な盗撮が行われるようになった現在、この条例で取り締まるのが難しくなったという経緯がありました。
令和2年9月より性犯罪に関する刑事法検討会にて、性的姿態の撮影行為に関する処罰規定の在り方について議論が始まります。

まず,このいわゆる盗撮罪という規定を設ける必要性についてですが,今,事務当局から説明された資料にもありますように,駅,トイレ,学校,会社,塾など様々なところで盗撮が行われています。主に都道府県条例で規制されているのですけれども,そもそも,これらの条例は,現代のように一人1台スマートフォンなどのカメラを持ち歩いていることが想定されていない古い時代に作られたものであって,その後,改正が重ねられてはいるものの,規制対象や刑の重さが異なるため,不都合が生じています。よって,全国一律に規定する法律が必要だと考えています。
軽犯罪法で取り締まることができる場合もありますが,これは,とても刑が軽い。また,建造物侵入罪で処罰されることもありますが,この場合は,盗撮された人が被害者にはならないという問題点があります。

性犯罪に関する刑事法検討会 第6回会議 議事 p29~

また、都道府県条例で取り締まれない代表例として、飛行機内での客室乗務員に対する盗撮があげられています。上空で撮影するため、犯罪地の特定が難しく、どの都道府県の条例を適用するかが定まらないために盗撮犯罪を取り締まれないとのこと。CAさんがとても気の毒です。

またスポーツ界において、トップアスリートから中高生の競技者に至るまで、赤外線カメラで透視をする行為や、体の一部を強調したような盗撮をした画像や動画を卑猥なコメントをつけてネット上で拡散されるといった選手への嫌がらせ行為や、またそれらが勝手に販売される等のさまざまな被害が相次ぎ、スポーツ界からは盗撮行為を刑法で規定すべきとの声が上がるようになりました。そこで2020年11月 JOC(日本オリンピック委員会)の山下泰裕会長やスポーツ団体らの幹部らにより、スポーツ庁の室伏広治長官へ直接の申し入れが行われました。

2021年10月に法務大臣の諮問により、法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会が開かれることになりました。この諮問は三つの件についての検討が示されていますが、その三つ目「第三」が性的姿態の撮影行為の刑事罰化と画像等の消去に関する方法の検討です。

(諮問)第三 相手方の意思に反する性的姿態の撮影行為等に対する適切な処罰を確保し、その画像等を確実に剝奪できるようにするための実体法及び手続法の整備
一 性的姿態の撮影行為及びその画像等の提供行為に係る罪を新設すること。
二 性的姿態の画像等を没収・消去することができる仕組みを導入すること。

法務省 諮問第百十七号 第三

その後、令和4年4月28日の法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会第7回会議にて議事に入りました。会議に提出された資料の説明として次のように記載されています。

性的姿態の撮影行為を処罰する規定イメージの案として、「性器」や「下着」といった対象を「ひそかに」、あるいは、「強制性交等罪の犯罪行為が行われている機会に」といった態様・方法で撮影する行為を処罰対象とする案を記載しています。
その上で、検討課題として、保護法益や処罰根拠についてどのように考えるか、保護法益や処罰根拠を踏まえ、どのような対象をどのような態様・方法で撮影する行為を処罰すべきものとするか、自ら露出していた場合や、撮影の承諾があった場合をどのように考えるか、法定刑をどのようなものとするかといった点を掲げています。
次に、2枚目の枠内を御覧ください。
ここには、性的姿態の画像の提供行為等を処罰する規定イメージの案として、撮影行為により生じた画像又はこれが記録された物を提供する行為、電気通信回線を通じて、物への記録及び記録の提供を伴うことなく、先ほどの「1(1)」の対象の映像を「1(2)」の「ひそかに」といった態様・方法で送信する行為を処罰対象とする案を記載しています。その上で、検討課題として、保護法益や処罰根拠についてどのように考えるか、保護法益や処罰根拠を踏まえ、どのよう な要件が考えられるか、相手方が不特定・多数であることを要件とするか、処罰されるべき行為が適切に捕捉され、かつ、処罰されるべきでない行為が適切に除外されているか、法定刑をどのようなものとするかといった点を掲げています。

法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会第7回会議 議事録p39~

資料19とは『検討のためのたたき台(第3-1性的姿態の撮影行為及び
その画像の提供行為に係る罪を新設すること)
』というものです。以下に資料の説明をしていこうと思います。まず、下の表1を見てください。「性的姿態の撮影行為」について検討が始まりました。分科会長の中央大学教授井田先生の進行を追ってみます。
まず先陣を切って質問の手を挙げたのは茨城県立医療大学助教・SANE −J(日本版性暴力対応看護師)・一般社団法人Spring幹事の山本委員です。次に質問の手を挙げたのは仙台弁護士会所属の弁護士小島委員です。さらに、日本大学教授木村委員、慶應義塾大学教授佐藤幹事、そして東京大学教授橋爪委員の質問を読んで「あー法律家の人ってこういう頭なのか」と納得がいきました。以下が橋爪委員の質問です。

表1(資料19)

「(1)対象」の「②下着」の意義です。ここでは、下着姿が性的姿態と評価できることが前提となっていると思われますので、当然ではありますが、こういう下着というのは、性的部位をカバーする目的で、被害者が現に身に着けていることが必要であると思われます。つまり、洗濯物としてベランダに干してある下着を撮影しても、本罪を構成しないということを確認しておきたいと思います。
また、私自身、そこら辺は非常に疎いのですけれども、下着と申しましても、最近ではどこまでが下着といえるか、その外延が明確ではないような気がします。ここでも飽くまでも性的な姿態の撮影と評価できる実質があることに意味がありますので、下着という概念につきましても、例えば、通常衣服で覆われているものであって、また、性的な部位をカバーするために用いられているものというような形で、何らかの限定を付すことが必要であるような印象を持ちました。

「確かに!」太字の部分を読んで、体が震えました(大げさか)。「下着」とだけ法律で決まっていたら、大変なことになっていたことでしょう。洗濯物として干してある下着を撮影したら「撮影罪」になるなんて嫌です。しかもこの教授の奥ゆかしい発言に痺れました。「そこら辺は非常に疎いのですけれども」と謙遜。「最近ではどこまでが下着といえるか、その外延が明確ではない」とおっしゃる。「いろんな下着があること、知ってんじゃーん」とつっこんでしまいました。笑 審議会の議事録も読んでみると結構面白いものです。そしてこの部分はしっかり法案文としては次のようになっています。ちなみにこちらは法案の第二条です。

人が身に着けている下着(通常衣服で覆われており、かつ、性的な部位を覆うのに用いられるものに限る。)のうち現に性的な部位を直接若しくは間接に覆っている部分

性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律案要綱
表2(資料19)

上の表2は法案の第三条となっています。こちらを「提供罪」とも言います。両者とも「三年以下の拘禁刑又は三百万円以下の罰金」となっています。この点については条例同等の処罰でも良いとする考え方もありましたが、個人の自由を保護法益とする脅迫罪の法定刑「2年以下の懲役又は300万円以下の罰金」と考えられたため、このような結果になりました。特に、第三条の「提供罪」については盗撮の市場規模が数百億円規模、1サイトで1年間の売り上げが10億円というところもあるようで、300万円以下の罰金では抑止力がないのではないかという意見もありました。

しかし、刑事罰としての新法の制定にあたり刑法の他の罰則との均衡も考慮することとなり、上記で決定となりました。高額の収益を得ている場合は犯罪収益に関する規定(没収)により対応が可能とのことです。

以上のように、今回新しく制定されることになった法律のできるまでを流れで見て来ました。ある事件が起こり政府までその問題が届いた時、動き出すのは官僚達です。多くの問題は利害関係に関するものだと思いますが、それらは規制という方向になるでしょう、規制が必要であれば監督官庁の決定と関連団体への意見聴取、資料集め、審議会、検討会などでの会議の開催とそれらの資料作成に官僚達は躍起になります。そして規制に絡めて自分達への利益誘導ができる仕組みを密かに構築するわけですね。

いっぽう、犯罪等の取り締まりであれば、いかにして刑事法制に組み込むかということになります。一見、法律は全て規制であるかのように考えられがちですが、刑事法制は規制とは若干性格が異なると思います。私たちは規制による経済的自由の奪取には反対ですが、犯罪に関する規定については簡単に反対できないこともあります。特に今回の性的姿態の撮影と提供に関する罪については、児童ポルノ法やリベンジポルノ法などとも少し異なるようです。二つとも議員立法(衆法)ですが、今回の性的姿態に関する法律は閣法となっており、審議会において分科会を設けて立法化が進められています。それだけ国としても(主に)女性に対する重大な罪であると認識していることが窺えます。

さて、犯罪として規定される、この撮影罪について、上記において第二条の条文の一、二の各項について紹介ますので、ここからは三、四項についても見ていきたいと思います。この法律では守られるべきは「個人の持つ性に関する自由の侵害」です。これを第11回の議事録で次のように説明されています。

撮影罪の保護法益が自己の性的な姿態を他の機会に他人に見られない性的な自己決定であるということと併せて、特定少数ではなく不特定多数に見られることが重大である

11回議事録p33

撮影のことで説明すると、「性的な行為や姿態を映像として撮影する自由を求める人もいるし、求めない人もいる」という前提にたち「性的な行為や姿態を映像として撮影する自由、提供する自由」が他人により奪われたか否か論点となるということだと思います。

では次に残りの各項、二条の三の法文は次の通りです。「行為の性質が性的なものではないとの誤信をさせ、若しくは特定の者以外の者が閲覧しないとの誤信をさせ、又はそれらの誤信をしていることに乗じて、人の対象性的姿態等を撮影する行為」。この項については次のように説明されています。

自分の顔は映らない状態であれば自分の性的姿態を撮影することに同意したかもしれないけれども、映るのであれば不同意であった場合には、その性的な姿態の撮影に同意しなかったわけだから、その点を誤信させて性的姿態を撮影したというのは犯罪なのではないか

11回議事録p33

また、二条の四「正当な理由がないのに、十三歳未満の者を対象として、その性的姿態等を撮影し、又は十三歳以上十六歳未満の者を対象として、当該者が生まれた日より五年以上前の日に生まれた者が、その性的姿態等を撮影する行為」を犯罪として定める理由は次のように説明されています。

16歳未満の者については、性的な姿態の撮影行為に応じるかどうかについて有効に自由な意思決定をする能力が備わっているとはいえないと考えられることから、処罰対象となる撮影行為としている

11回議事録p31

大人と子供間には、性的行為に関する自由な意思決定の前提となる対等な関係が存在することはないからです。この法律の撮影罪、提供罪は、「性の自己表現」が、別の人に「公開」「非公開」が決定されてしまうことを問題にしているのです。

今回の法律の制定の流れを追いながら、生物の持っている「性」の区別の意義について考え直さないといけないのではないかと思えてきました。
近年、各自治体において精神的な性別を尊重しようと、女子トイレをジェンダーレストイレにする取り組みが進んでいますが、筆者宅の近隣の公衆トイレもいつの間にか変わっていました。平等精神を重視するあまり、身体的な性の扱いが軽くなっているようにも思えます。LGBT問題においては世界中が混乱し、性の問題がますます複雑化してしまっています。しかし、男性、女性という性の区別は大切な前提ですので、この両性に違いがあるということをまずしっかりと持つことが大切だと思います。

女性の視点に立たなくとも「自己の姿態の公開もしくは非公開の自由」を奪われることは問題だと思いますので、筆者の意見としましては、この法案が制定されることは、人の権利の尊重という考え方においては重要なことであると考えます。この法律により、自己の性表現を公開する決定権は、本来自分が持っているということが明らかになり、逆に新しい自由が保障されることになったことに安堵します。この権利は誰も犯すことができないものなのです。

「撮られたくなければ女性側も気をつけるべき」という話をする人もいますが、それは女性の服装や行動の自由を制限する中東の権威主義国家のような価値観に近いと思います。実際巧妙な盗撮に関して自力で防ぐことは不可能です。家から一歩も外に出ない、誰とも会わない生活をするしかない。日本は自由民主主義国ですので、個人の自由と権利を守るという視点で犯罪を防止することが前提だと思います。

今後の課題としては、法律が施行されても、法文の網の目ををかいくぐるような技術が出来てますます犯罪が巧妙化し、犯罪と法改正のイタチごっこになることだと言えるでしょう。もしかしたら技術開発やイノベーションで克服できる分野かもしれません。
また子どもたちへの教育も大きな課題になると思います。誰でもIT機材を自由に扱える時代だからこそ、私たちがそれを利用する場合には、先ほど主張しました人権尊重意識の有無が問われることになるでしょう。

番外編:浜田参議院議員に質問してほしい!

減税と規制緩和に賛成で、国会でも政府に鋭い質問をしてくださる政治家女子48党の浜田議員に、ぜひとも国会で質問して欲しいな〜と思うことを番外編として掲載します。(^_^)

【質問1】
第二条一のイにおいて「人の性的な部位又は人が身につけている下着のうち現に性的な部位を直接若しくは間接に覆っている部分」と定めている。本法律の当初の制定意義としてはスポーツウェアを着用した女子アスリートや一般的な服装を着た女性であっても本人の意思に関係なく他人が性的な嗜好により撮影する行為自体を罰することが基本であったと思います。本規定のみではそのような撮影行為を罰することが難しいのではないでしょうか。
【質問2】
例えば道を歩いているとき、突然スマホで自分自身が撮影され、その写真が猥褻サイトに掲示されたとします。そのサイトへのアップロードは「提供罪」として罰せられることになると思います。撮影行為は撮影されたものに性的な部位もしくは性的な部位が覆われている部位があれば「撮影罪」とみなされるのでしょうか。又はその部分をのぞいた他の部分が撮影されたとしても性的姿態の表現の自由が侵害されたと感じる女性は多くいると思います。その場合であっても性的姿態の表現の自由が侵害されたと訴えることは可能でしょうか。
【質問3】
第二条三項において「十三歳未満の者を対象として、その性的姿態等を撮影し〜〜」とありますが、これはいわゆる「グルーミング」による性的被害に関連する罪ではなく、単なる年齢要件ということでよろしいでしょうか。

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