林檎を磨くとお金がもらえる

 絵画教室でアルバイトしていた時のことを書く。

 大学在学中はいろんな変わったバイトをしたのだけど(私は変わったバイトじゃないとつまらないから続かない)、絵画教室はその中でも二番目に長く続いたバイトだったな。たしか二年くらいだったかしら。
 そこは美大受験とかではなく、平日夕方からの子供のクラスと、土日と水曜日ならいつでも出入り可能の趣味で絵を描く大人のクラスがあって、私の業務内容は主に大人クラスの雑用と、デジタル画像のいろんな処理と、洋裁をしている先生の奥さんのお手伝い。まあ、広義で雑用だなあ。
 時間が余ると私も絵を描けたのだけど、二年間で描いた絵は一枚だけだった。『ガイノイドの聖母マリア』というテーマで描いたのだけど、描き上がった瞬間に先生にこれ見よがしに同じテーマで私より上手に描かれたのが嫌で。(そしてそれ以来やっぱり絵を描くのが嫌い。)

 まあでもそれ以外は楽しく過ごせた。
 大人クラスは生徒さんも私より年上の方が多くて、社交辞令的な会話が飛び交うなかでみんなが変な絵を描いているのがおかしかったな。
 みんな大人だし美大卒というわけではないからか、独特の穏やかな雰囲気で。

 雑用内容のひとつに、写実的な絵を描く生徒さんにモデルを提供する、というものがあった。
 花と果物が多かったな。花の場合は花瓶に挿したり、籠に入れたり、踏みつけたりして形を変えたり。果物も同じような感じで。(その影響もあって、いまだに果物は食べ物というよりは描く物という認識がある。)
 りんごしか描かないという変わった生徒さんもいて、その生徒さんには「ふつうのりんご」「磨いたりんご」「もはやニスを塗ったりんご」を用意したりもした。
 ひとつのりんごの艶(光)の感じだけをとらえて描くということだったんだけど、あの生徒さんははたしてあれで楽しかったのかしら。いまだに写実やデッサンの楽しさはわからないけど。

 憧れている人との夕食の約束が楽しみすぎて眠れなかったな。可愛くして出掛けたかったのに。
 

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