韓国において、労災保険における「専属性」要件の廃止が実現

日本ではコロナ禍により急速に発展したイメージのある出前業ですが、韓国では、食を重視する民族文化やシングル世帯の増加などの影響により古くから盛んで、今では「配達文化」とまで言われる国の特徴の一つとなっています。
この出前業に関しては、飲食系配達員らの「労働者」該当性や、労災の適用可否が、近年日本でも大きな議論となっていますが、韓国では、今年5月、労災適用に関する法制度に大きな変化がありました。

2022年5月29日、飲食系配達ドライバーなどのプラットフォームを介して就労する配達員(以下「配達員」)を含む「特殊形態勤労従事者」(※)の労災保険拡大を内容とする「労災補償保険法一部改正法律案」(以下「改正法案」)が本会議を通過したのです。

同法案は特殊形態勤労従事者の労災保険適用についての「専属性」要件を廃止することを主要な内容とするものです。
「専属性」要件とは、2か所以上の事業場で仕事をする配達員が、うち1か所の事業場で月額給与115万ウォン以上を稼ぐか、又は93時間以上勤務することによって、1か所の事業場に「専属」していると認められることを、労災保険の適用を受ける要件とするものです。

しかし、多くの特殊形態勤労従事者、特に飲食系配達員の大部分は2ヶ所以上の事業場(プラットフォーム)を通じて仕事をしているという状況であるため、うち1か所の業者で専属性基準を満たすのは容易ではありません。実際に、配達中の交通事故により死亡した配達員が労災保険料を支払っていたにもかかわらず労災の認定を受けられないというケースも生じており、廃止を要求する声が高まっていました。

改正法案では、「専属性」要件の廃止の他にも、プラットフォーム運営者に対する資料提供義務付与(プラットフォーム運営者がプラットフォーム従事者労務提供関連資料を一定期間保管)、労災保険給与算定基準のための平均報酬概念の新設、労務提供者の業務上災害認定基準の策定、労務提供者適用除外申請制度の廃止なども内容となっています。また、オンラインプラットフォーム従事者も労災保険法上の保護対象であることが明記されたことも、大きな成果であるとされています。
反面、労働者ではない特殊形態勤労従事者は、労働保険料の50%を自己負担しなければならず、労災保険への加入のハードルが高いという点についても特に問題視されていましたが、同問題に対する対策については、今回の改正法案の内容として含まれませんでした。

今回の改正法案の国会通過は、主に飲食系配達員らで組織された労働組合「ライダーユニオン」の継続的な活動が実を結んだものであると評価されています。
ライダーユニオンは、マクドナルドの配達員であったパク·ジョンフン氏(現組合委員長)が、猛暑手当を要求する始めた1人デモに多くの配達員が賛同したことをきっかけに、組織化が実現しました。2019年5月1日のメーデーに組合の結成を宣言し、約50人余りのライダーたちと共に国会から青瓦台までバイク行進を行ったことは、大きなニュースとなりました。
 ライダーユニオンは、今回の改正法案の国会通過を受け、声明文(全文は後述)を発表し、今回の改正法案の通過は組合員らの団結と闘争の成果であること、今後も労災保険について労働者の権利を拡充していくために闘っていくことを強調しました。

韓国では、ライダーユニオンの他にも、「配達プラットフォーム労働組合」という組合が存在し、ライダーユニオンとも共闘して配達員らの権利の拡充運動を進めています。
最近では、配達手数料の引き下げ問題が取りざたされており、10月18日には、韓国の出前プラットフォーム大手「クパンイーツ」の配達員ら約3000人が大規模ストライキを実行したほか、ライダーユニオンと配達プラットフォーム労組が共同で組織する共同交渉団の主催により、100人余りのクパンイーツ配達員が、ソウル市江南区にあるクパンイーツ本社前から、同市松坡区にあるクパン(親会社)本社まで、バイク行進を行ったということです。

(※) 雇用契約によらず業務委託契約等により労務提供し、手数料等の形で対価を受ける業態に従事する者のことで、韓国労働基準法上の「労働者」には当たらない。飲食系配達ドライバーの他、ファイナンシャルプランナー、ゴルフ場のキャディー、ローンコンサルタント、代行運転手、家庭教師などが含まれる(産業災害補償保険法施行令125条)。

―参考リンク
・韓国経済(2022.05.29)「労災保険『特殊形態勤労従事者の専属性要件』廃止…「尹政権第1号労働法」国会本会議で可決」
https://www.hankyung.com/society/article/202205290050i#:~:text='%EC%A0%84%EC%86%8D%EC%84%B1'%EC%9D%B4%EB%9E%80%20%EB%91%90%20%EA%B5%B0%EB%8D%B0,%EC%9E%88%EB%8B%A4%EB%8A%94%20%EA%B8%B0%EC%A4%80%EC%9D%84%20%EC%9D%98%EB%AF%B8%ED%95%9C%EB%8B%A4.

・京郷新聞(2022.07.11)「専属性廃止されたが保険料は払え…『特殊雇用職差別』続く理由」
https://www.khan.co.kr/national/labor/article/202207111720011#:~:text=%EC%A0%84%EC%86%8D%EC%84%B1%20%EC%9A%94%EA%B1%B4%EC%9D%B4%EB%9E%80%20%ED%95%9C,%EB%B0%9B%EC%A7%80%20%EB%AA%BB%ED%95%98%EB%8A%94%20%EA%B2%BD%EC%9A%B0%EA%B0%80%20%EB%A7%8E%EC%95%98%EB%8B%A4.

・Labortoday.co.kr(2022.10.19)「クパンイーツ配達員3000人ストライキ 『削減した基本配達料を再び引き上げるべきだ』… 100人余りオートバイ行進も」
https://www.labortoday.co.kr/news/articleView.html?idxno=211492

・ライダーユニオン声明原文:https://riderunion.org/unionnews/?q=YToxOntzOjEyOiJrZXl3b3JkX3R5cGUiO3M6MzoiYWxsIjt9&bmode=view&idx=11764374&t=board

(声明全文・訳文)
「労働者の団結した力で労災専属性基準を廃止-5月29日労災保険法徴収法本会議通過に付し-」

 5月29日夜、ライダーユニオンが主張した労災専属性基準廃止内容を盛り込んだ労災保険法と徴収法改正案が、国会本会議を通過した。労災法上特例条項だった125条特殊形態勤労従事者を削除し労務提供者に代替することにより、主に一つの事業場で仕事をしなければならないという労災補償の条件も廃止された。 

 通過した法案には、専属性基準廃止だけでなく、休業給与の支給につき現行最低賃金支給から実所得基準に変更、労災適用除外申請制度の完全廃止、労災処理過程でプラットフォーム会社に情報提供義務を賦課するなど、ライダーユニオンが指摘した内容も含まれた。 

 3月、パク·ジェボム組合員の問題提起以後、ライダーユニオンは労災法改正のために闘争した。4月には引継ぎ委との面談と、イム·イザ議員との法案発議の約束を引き出し、引継ぎ委政府省庁との企業懇談会を通じて、専属性要件の廃止について共感を集めた。4月27日にはクーパン(注:韓国の大手飲食出前業者)本社前で大規模集会を開催し、当日イム·ジョンソン議員が法案通過を約束した。 

 5月、国会環境労働委員会と法司委の議論を経て、5月29日夜、国会本会議を通過した。労働者の団結した力で、14年間放置されていた特殊雇用労働者の専属性基準問題が解決されたのだ。 

 解決しなければならない課題もある。 

 個人的に労働力を提供する看病人と家事使用人は、労災保護法から除外されたままである。特定職種だけを保護する従来の特殊雇用労災問題も、解決しなければならない課題だ。現行の、労災保険料の50%ずつ分担に関する問題も、やはり100%使用者負担に変えなければならない。ライダーユニオンは、これと関連した違憲訴訟をすでに進行中だ。 

 ライダーユニオンの組合員たちは、闘争を通じて法案が発議され通過する過程を見守った。 

 我々組合員は、今後も法制度改善のために最善を尽くし、国土委に発議されたライダー法通過のためにも、継続して闘争するだろう。 

 団結すれば変わる。 

2022年5月29日 

ライダーユニオン


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