韓国の裁判所で自生的労組の設立妨害のため設立された使用者側主導労組について、設立無効判決
韓国水原地方法院安養支院は、2021年8月26日、SAMSUNGグループが非労組経営方針の下で組織した「エバーランド労働組合」(以下「エバーランド労組」)の設立無効判決を下しました。
この事件は、韓国で複数労組制の施行を控えた2011年6月頃、SAMSUNGグループ経営陣が、自生的労働組合(※労働者が自主的に設立した労働組合のこと)の設立に備え、組織化妨害・組合瓦解工作として、使用者側を支持する労働者らでエバーランド労組を結成させたことから始まります。
そもそも韓国では、軍事独裁政権時に団体活動を抑圧する様々な法規制が存在していました。その名残の一つとして、一企業一組合が法律で定められており、労働組合法により、既存の組合と組織対象を同じくする新たな組合の設立が禁止されていました。しかし、ILO等の国際組織からの強い求めに応じ、2010年に労働組合及び労働関係調整法(新労組法)が施行されることになり、2011年7月1日から、複数労働制が施行されることになったのです。
実は、複数労組制は、2001年に旧労組法の附則が改正された際、2002年から施行される予定でした。しかし、これに反対した使用者側が、交渉窓口の一本化の法制化を要求したため、議論がまとまらず、2010年まで施行が延びてしまったのでした。
また、新労組法では、長年韓国で行われてきた、組合専従者の給与を使用者が支給する慣行を禁止する条項も新設されました。
本件で問題となったエバーランド労組は、複数労組制の施行一週間前の2011年6月23日、労組設立申告証の交付を受け、その6日後の同月29日に、経営陣との間で賃金団体協約を締結しました。これには、複数労組制と同時に施行された交渉窓口の一本化制度(※注1)を悪用し、自生的労組の交渉力を無力化する狙いがありました。SAMSUNGグループは、同組合が「御用組合」として非難を受けることに備え、同組合幹部に対し、マスコミ対応教育まで行っていたとのことです。
SAMSUNGグループは、複数労組制施行後に結成した自生的労組である、金属労組京畿支部サムスン支会(以下、「サムスン労組」といいます)に対し、設立後1年間、労組委員長などの組合執行部とその家族を尾行するなどの査察を行い、その過程で労組副委員長の飲酒運転を警察に通報し、車両識別番号をこっそりと撮影し警察に「違法車」として情報提供するなど、組合瓦解工作を行いました。このような瓦解工作により、SAMSUNGグループは、サムスン労組結成当日の7月17日、同組合の労組副委員長を突如解雇しました。
SAMSUNGグループは、検察の捜査を受けた2019年4月まで、このような瓦解工作を続けていたといいます。
このような瓦解工作が発覚したことから、サムスン労組は、エバーランド労組の設立無効確認訴訟を提起したのです。
安養支院民事2部は、判決で、「(経営陣によって設立された)エバーランド労組は、使用者の介入を排除し、自ら自主性と独立性を備えた労働組合として活動しているとは認められない」とし①エバーランド労組は非労組方針を維持するために自生的労組の設立を妨害する目的で、使用者側の計画及び主導のもとに設立されたこと、②エバーランド労組第1期役員らの選出について、使用者側が主導したこと、③エバーランド労組が設立直後に締結した賃金団体協約は、自生的労組の団交要求を阻止する目的でなされたこと、④関連する刑事事件において、SAMSUNGグループ役員らが労組法違反罪で有罪判決を受けたこと等の事実を認定し、「エバーランド労組は、使用者の不当労働行為によって設立されたもので、労組法が規定した実質的要件(※注2)を備えず、設立が無効であると見るのが妥当である」と判示しました。
さらに、設立を無効とする瑕疵が治癒されているかとの論点について、①労組執行部として活動したことがなく、労組委員長の業務も知らなかった者が委員長に選出され、使用者側の主導の下、委員長の業務の引継ぎが行われたこと、②使用者側がエバーランド労組幹部と協力し、サムスン労組への対応策を提供してエバーランド労組がサムスン労組より多くの組合員を維持するために管理したこと、③現在も使用者側が選出に関与した役員が続投していること、④エバーランド労組が使用者側に対立する労働組合活動を展開したことがないこと等から、瑕疵は治癒されていないと判断しました。
本件のような、使用者側が設立に関与した労働組合の設立を無効とする判決は、2021年2月25日に韓国大法院にて初めて下され、韓国では2件目とのことです。
大法院判決では、憲法が保障する労働三権や、労働組合法の趣旨に鑑みて、「労働組合は、労働者が自ら『労働条件の維持・改善その他の労働者の経済的・社会的地位向上』のために国家と使用者に対抗して自主的に団結した組織であるから、労働組合は、労働者自身が主体になるべきであり、国家や使用者等からの自主性が確保されなければならない」として、使用者側が設立に深く関与した社内組合につき、設立無効の判断をしました。
(※原典 https://www.scourt.go.kr/sjudge/1614757816299_165016.pdf)
※注1:実際に制定された制度内容は、1つの事業場に複数の労働組合が存在する場合、交渉代表組合を決めて交渉しなければならず、一度交渉が成立して労働協約が締結されれば、労働協約の有効期間である2年間は、交渉代表組合を変更することはできないとするもの。
※注2:韓国労働組合法2条4項
「労働組合」とは、労働者が主体となり自主的に団結し、労働条件の維持・改善その他の労働者の経済的・社会的地位の向上を図るために組織する団体またはその連合団体をいう。ただし、次の各目の1に該当する場合には、労働組合とみなさない。
ア 使用者又は常に使用者の利益を代表して行動する物の参加を許可する場合
イ 経費の主要部分を使用者からの援助で賄う場合
(以下省略)
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