ありがとうユルゲン・クロップーコミュニケーションのプロー


クロップ退任。その功績と罪過を検証する

2015年10月8日にリヴァプールの監督に就任したユルゲン・クロップが23‐24シーズンを最後に退任する事になった。彼は戦術面の才能も編成面の才能も超一流とは言い難く、チームを勝たせる監督ではなかった※

良いパスワークは昨季まで殆ど見られず(今季は稀に偶発的に発生するが)、PLやCLのチームを指揮する監督で彼より戦術が劣る監督は殆ど見ない。だが彼は間違いなく世界最高の監督の1人だ。グアルディオラは2016-17シーズンのプレミアリーグ(以下PL)のように戦力がないと結果を出せない理想主義な監督だった。2016-17シーズンのPLで自軍を最大に活用し優勝したコンテはジエゴ・コスタやフロントと喧嘩し退団する事になった。フリックもビッグクラブの重圧に3年目を迎えられず長期政権を築けなかった

戦術的に優れた監督にも弱点があるように、クロップの弱点は戦術だったというだけの話である。またクロップはリヴァプールだけでなくドルトムントも再建した実績がある古豪再建のスペシャリストである

もちろん彼は戦術面や編成面に大きな課題を抱えるように全能でなかった。リヴァプールは戦術でも編成でも才能が足りないクロップに全権を握らせたため、2023年にチームは崩壊寸前の危機的な状況に追い込まれてしまった

この大失敗を経てクロップは自分が今のリヴァプールにとって相応しい監督ではないと気付き、退任を決めた。彼の正しい判断に私は賛辞を贈りたい。彼は戦術で足を引っ張ってチームを優勝させる監督ではなかった。だが彼はコミュニケーションの達人で素晴らしい人間だった

クロップが監督に就任してリヴァプールがいかに立ち直ったのか、クロップがその後にチームをどう壊してしまったのか。クロップ政権史を振り返って彼の功績と罪過を検証したい。かつてのリヴァプールやドルトムントの様に過去の栄光に縋る、元気ない日本社会にクロップの手法は参考になる部分がある。リヴァプールFCがいかに再建されたか、その手法を真似れば組織再建にも役立つ事だろう。貴方がトップならば…

※リヴァプールには世界最高水準の選手が多数在籍するが獲得したタイトルは僅かにPL1回CL1回UEFAスーパー杯1回FA杯1回EFL杯2回CWC1回。シティの戦力をリヴァプールが僅かに上回り始めた21-22シーズン以降に限定するとFA杯1回EFL杯2回に対してグアルディオラはPL2回CL1回UEFAスーパー杯1回CWC1回FA杯1回を制している。今季もグアルディオラがPLとFA杯でリードをしているように優れた選手を率いる強いチームの監督としてグアルディオラがクロップよりも遥かに優れている事は論ずるまでもない

だがリヴァプール再建任務はグアルディオラでは難しかったと私は考える。厄介なファンを抑える能力と弱いスカッドで我慢する力がグアルディオラには足りなかったと考えるからである。補強と若手の成長で戦力の整備が進む2018年の夏までリヴァプールは世界のトップクラブからかけ離れたクラブ。マンチェスターシティ、レアルマドリーと並ぶ戦力が世界3強クラブにまで成長を遂げたからこそ、監督がクロップである意味がなくなっただけの話。クロップは世界最高の古豪クラブ再建監督である

2015−16シーズン-ブバチ時代1

2015-16シーズン目標
PL 4位以上orEL優勝 カラバオorFA杯 目標なし
2015-16シーズン結果
PL 8位× EL準優勝× カラバオ 準優勝× FA杯 4回戦敗退×

ロジャースとクロップ時代の比較。以後は対戦相手の変動が少ないPLのみ対前年比を書く
クロップ後52試合23勝17分12敗 クロップ前11試合3勝6分2敗(うち1PK勝利)

2015-16シーズンの目標はヨーロッパの舞台と並行してCLの出場権を獲得。
しかし8試合消化して3勝3分2敗の10位でELでも格下相手に引き分けを連発。クラブはロジャースを解任し後任にクロップを招聘した

初年度はPL10位でバトンを受けとり8位でシーズンを終わった。ELも準優勝でCL出場権を逃して目標未達。ただフィルミーノとコウチーニョとララナの3人を除けば、目標達成が苦しいスカッドでは仕方ない結果。上記3人に加えミルナー、明らかに衰えたスタリッジ、稀に良いパスを通すヘンダーソンがトップ集団に入る戦力でヨーロッパリーグとプレミアリーグ両立は不可能だ

クロップはコウチーニョとフィルミーノとララナをリヴァプールの軸にするプランで来たと思われる。攻撃面では時間を与えれば天才的なプレーをするコウチーニョをどう活かすか模索が続き、3種類のシステムを試した

1つ目は4-3-2-1。コウチーニョの運動量と狭いスペースでのトラップ技術の未熟さ、拙い判断力のカバーを目的に2シャドーに入れる。相棒はララナかフィルミーノを配置し、CFはベンテケ等ストライカーを入れた。序盤はこのシステムが採択されたが、徐々に使われなくなった

2つ目は4-2-3-1。時間やスペースが必要なコウチーニョを左サイドに置いてコウチーニョの視野の長さを活かす事が目的。ロングパスとカットインからのミドルとLBモレノのオーバーラップでカットインのスペースを作る

3つ目は4-3-3。ここでのコウチーニョの配置と役割は4-2-3-1と同じ。サイド守備をIHに任せて彼の守備タスクを減らして得点を取らせるためのシステム

最終的に2015-16シーズンでは可変型4-2-3-1が採択された。中央のミルナーが外に開き、右のララナがカットインして攻撃時4-1-4-1の変形システムだ。だがコウチーニョの後ろをモレノが守るシステムでは当然、失点が増えた。更にモレノが戻れずコウチーニョが守備に奔走する本末転倒な事もあった

クロップがまず取り組んだのは運動量の引き上げ。GKとCBとモレノの低い守備力をごまかす為に運動量を引き上げた。全員で走ってボールを高い位置で取り戻す作戦だ。端的に言えば彼が9年でリヴァプールにもたらした事は運動量を引き上げて前へプレス。就任後から数日で導入できた、これだけだ

中盤のプレス強度を確保するため4バックを採択し、3バックは姿を消した。中盤の底にヘンダーソンまたはルーカスを配置して守備を固め、ミルナーの運動量とチャンの身体能力を活かしたボール奪取力で中盤の制圧を目指した

しかし失点は減らせず失点数は一時リーグ15位にまで悪化した。消化試合となった終盤戦に戦力に劣るチームが失点を重ねた為、最終的にはリーグ8位まで改善した。戦力的に6位以下になる事は妥当だが、流石に失点が多い。原因は選手の才能の欠如とリスクの大きい前プレスサッカーによるものだ

第2GKのボグダンはミスを連発し不安定なミニョレの競争相手にもならず。最終ラインはロヴレンとクラインの右サイドは及第点だが、シュクルテルとサコー、コロ・トゥレのCBは明らかに力不足だった

左バックのモレノはトラップ能力の低い味方にも強いパスを出してロストの起点になり続けた。ミニョレも含め、プレス耐性がない最終ラインはボールロストを繰り返した。OPPDAは10未満と致命的に低かった。ロジャース政権との比較でも数字が落ちたようにクロップは低い位置での攻撃を作れる監督ではない

プレスで奪ったボールを質と組織からキープできずに体力の消耗が激しい。運動量で相手からボールを奪うサッカーなのに、最終ラインでボールを回す能力が低く奪ったボールをすぐに失う。これでは体を休める事ができない

その状態でELを勝ち進んだり、FA杯再試合が続いたり、63試合も戦ったのでガス欠した。終盤はチリベジャなどユース選手がPLに駆り出されミスをして負けた。冬には負荷が増えたCBが全滅してコウルカーをローンで取らざるを得なくなった。彼の前からのプレスでギャンブルするサッカーは大きな負荷がかかるため、負傷問題は今も続いている

ローテも稚拙でチームは大量の故障者を出しながらもEL決勝に進出。ここに勝てばCLの出場権が得られる。補強の予算も増える。来季以降の再建に影響する大一番だ

圧倒的な運動量で前半を圧倒したレッズだったが、スタリッジのスーパーなゴール1点だけ。ロングボールを多用しリヴァプールの選手を走らせた経験豊富なセヴィージャのプラン内だった。モレノの凡プレーで追いつかれると最終的には1ー3の完敗だった

1年目のクロップ体制はこうして無冠、CL権を逃して終了する事になった。得点は増えたが失点も増え、ロジャーズ時代のPL平均取得勝点を下回った。にも関わらずチームには希望の種が生まれていた。個人的なMVPはミルナー

誰の目にも明らかなぐらいに問題は山積していた。
1 最終ラインのボール制御スキルが低くてパスを繋ぐ事すらできない
2 WG(ララナとアイヴ)の得点力不足
3 GKのレベルが低い。ミニョレは本調子でもPL中堅レベル
4 無駄に選手が多いので大赤字のため補強資金がない
5 モレノの守備力がフルバックとしては低すぎる
6 FWにボールを運べるドリブラー型のMFが不在
7 FWにボールを運べるパサー型のMFが不在 
8 スタリッジもベンテケもオリギもイングスも保持して殴るチームの1トップに向いていない

この問題解決にマイケル・エドワーズが奔走する

2016夏の移籍市場

15年の8月からテクニカルダイレクターに昇格したマイケル・エドワーズが責任者となった初めての移籍期間。リヴァプールは前年の課題に着手した。補強ポイントはフィルミーノ、コウチーニョ、ララナを除く全ポジション。ただし優先順位の高い順は以下の通りだった

①繋げるCB×2~3→マティプ、クラヴァン獲得。ルーカスをコンバート
②スピードと得点力を備えるWG×2→マネ獲得もプリシッチ等の獲得に失敗
③ミニョレを超えるGK→カリウス獲得
④不要戦力の処理→バロテッリやベンテケや若手等の処理に成功
⑤レギュラーの左フルバック→チルウェル獲得失敗。ミルナーをコンバート
⑥ボールを運べる主力候補のMF→ララナをコンバートもケイタほか獲得失敗
⑦縦パスを出せる3列目MF→ダフード・ジエリンスキなどの獲得に失敗
⑧起点になれる中央のFW→フィルミーノを10番からコンバート

最優先の1〜3の動きは早く7月1日にマネ、マティプ、カリウスが合流した。この3人はシーズン中から予算内で取れる選手として綿密にスカウティングしていたと思われる。またCBは7月20日にクラヴァンも格安で獲得した

そして4。理解不能な43人まで膨れたスカッドを適正化する必要があった。戦力にならないユース選手の無駄なプロ契約。そして必要な選手が取れない→力不足でファンが補強を要求→同じ能力の同じポジションの選手を獲得。ロジャース時代のバカげた失敗サイクルの後処理から始める必要があった

こちらの活動も迅速だった。エンリケ、コロ・トゥレ、イェシルとローンのコウルカーの契約を満了。ロシター、テイシェイラ、シンクレアのユース組を7月1日に、カノスを7月13日に、アイヴを7月14日にボーンマスへと放出。どの取引も市場の価値より高値で放出。クラヴァン獲得の目途が立ったのか7月14日はシュクルテルもトルコへ放出を決めた

GKもカリウス獲得で出番が減るウォードを成長のため7月11日ローン放出。戦力外のボグダンは売却価値を出すべく7月20日にローンで放出。第3GKにはマニンガーを代わりに7月22日獲得。しかし、高額での売却を予定していたベンテケ、バロテッリの売却先が一向に決まらず予算問題から補強が停滞

ニューカッスルの降格に伴い、急遽市場に出たワイナルドゥムをクロップが求めて7月22日に獲得を決めた。これは選手層が壊滅していた16-17シーズンだけ考えると良い判断だったが、殆どの予算を使い果たしてしまった

ワイナルダム加入でルーカスとMF5番手を争うアレンが契約残り1年のため25日に放出。26日にケントをローン、27日にLB2番手のスミスも放出した。アレンを放出してもミルナーやルーカスをMFに回せるよう、リヴァプールは2選手を追いかけた。レスターのチルウェルとレヴァークーゼンのターだ。チルウェルはクロップの旧友ワグナーが指揮するハダースフィールドで修行をしていた時の評判から、ターの経緯は不明も獲得を目指したようだ。だが移籍市場は思う通りには進まない

8月4日、獲得を目指したジエリンスキがナポリ入団。ジエリンスキの代役で挑戦したダフードもボルシアが売却を拒否。恐らくユース育成選手の登録枠の影響で獲得が不可能と分かり、追いかけるのを止めた

8月5日にフラナガンとアランをローンで放出。LB補強に退路を切って望むもレスターから徹底抗戦に合いチルウェル獲得も難航。当初予算の2倍以上である£20mを求められ撤退を決めた

8月20日ベンテケの売却に成功。乏しい予算を握りしめプリシッチの交渉に臨むも時すでに遅く失敗。タ―も予算が折り合わずに断念した。労働許可が下りていないアウォニーを8月26日にオランダへローンして迎えた最終日。ウィズダムとマルコヴィッチをローンで、ルイス・アルベルトをラツィオに格安で放出。最後に不良債権のバロテッリをニースとの給与差額を負担して放出に成功。クロップ最初の夏移籍市場は終了した

本職サイドアタッカーの控えが0で、WGとCFの控えにオリギとスタリッジ。MFもCBもLBも取れなかったため、ミルナーがLBのレギュラー兼RBの控え兼MFの保険という無理のある3役。3枠のMFに対してララナ、ヘンダーソン、ワイナルドゥム、チャンの4人にCBとMFの控えを兼務するルーカスで4.5人。CBはサコの姿勢にクロップが激怒したためロヴレン、クラヴァン、マティプの3人とイロリしか居らず、2/3が新戦力。ゴメスが冬にケガから復帰するとイロリは冬に売却されたので実質3人しか居なかった

スピードが落ち、1人で中盤の底を掃除出来なくなったルーカスのCB兼任で中盤の5番手でCBは3.5人体制に。クラインとミルナーのレギュラーに控えがモレノだけのFB。GK2名を含めて18人の戦力、ゴメスやイングスなど長期の離脱から戻る予定の選手、アーノルド等のユース選手でシーズンを戦う事になった

激安店のとんかつ並みにペラペラな薄すぎる衝撃のスカッド
無冠だが2016/17こそクロップが最も評価されるべきシーズン

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