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櫻坂46「自業自得」MVの(たぶん)最速解説

櫻坂46の9枚目シングル「自業自得」MVが解禁されました。先に配信音源を解禁して後追いでMV解禁という、近年では珍しいパターンです。

サイバーパンクなサウンドと、複雑かつ劇的なメロディー展開が特徴の攻めた楽曲で、個人的には非常に好み。しっかり楽曲の流れを頭に入れたうえでMVを視聴しました。
初見の率直な感想は…
「これだけ??」


池田一真監督&櫻坂らしさと、らしくなさを求めて

おそらく見た人の多くが感じたであろうシンプルさと既視感、また終始落ち着いたダンス。公開後に投稿された池田一真監督のコメントでは
「信念をまっすぐに伝える姿をシンプルに描いています。感情の起伏、力強さの中に隠れた繊細な部分。様々なメンバーの表現を見つけてみてください」
とあります。


池田監督と言えば坂道グループのMV監督常連であり、櫻坂でも「流れ弾」「摩擦係数」「隙間風よ」など評価の高い作品が多いです。私も以前集中的に取り上げていました。

監督の言葉を(予算や時間の制約といった要因ではなく)好意的に解釈すれば、今回はあえてシンプルに作っている。そして様々なメンバーの表現を、パッと見ただけでわかるような形ではなくそこかしこに散りばめている、というところでしょうか。
過去の池田作品、さらには池田監督以外の櫻坂の作品とも比較し、共通点と相違点を見出しながら、今回のMVに仕込まれたメッセージを掘り下げてみましょう!

キューブリック万歳

池田監督の作品からまず感じるのが様々な映画のオマージュ。とりわけスタンリー・キューブリック監督の映画を思わせる構図は顕著です。最も分かりやすいのが欅坂時代の「Student Dance」で、もろに「時計じかけのオレンジ」と似た衣装スタイル。

ほかにも「隙間風よ」で「2001年宇宙の旅」を思わせるモノリスが登場したり、WHITE SCORPIONの「眼差しスナイパー」のセットの配色も「2001年宇宙の旅」の宇宙船に似ていたり…などなど。
そして池田監督と並んでキューブリックを愛しているのが加藤ヒデジン監督。「Start over!」「承認欲求」で見せるシンメトリー構図がキューブリックらしいです。
そして今回の「自業自得」ですが、黒服を着た人々や椅子が中心に置かれたステージ、さらには遠景に配置されるメンバーから、すぐにキューブリックの遺作「アイズワイドシャット」の仮面パーティーシーンを思い出しました。またお前か

このパーティーは、本来参加資格がないのに強引に参加した主人公が化けの皮を剝がされる緊張感あふれる場なのですが…それは後ほど。

縦横無尽に照らすライティング

池田監督は多種多様なカメラワークと照明を駆使し、一目で印象に残るカットを生み出してきました。

「摩擦係数」の足元から照らすステージ一体型の照明であったり、

「流れ弾」の強烈な逆光、さらにそれとは正反対の影を強調した順光であったり。
今回最も強く目立つのは全体が一気に赤くなる場面でしょうか。

2:31、同時にメンバーの影が後方の幕に移るという離れ業
1:29、円形ステージの照明を活用したカット

ただ、赤いライティング自体は前作の「油を注せ!」(小山巧監督)でもすでに使われているほか、ライブでも多用されており、それほどの新鮮さはありませんでした。技術が高度なだけに、ちょっともったいなかったかなあと。いっそ山下さんのサイリウムカラーに合わせて、赤と青ぐっちゃぐちゃとかやっても面白かったのかな…などと勝手な妄想。

むしろ、地味にはっとさせられたのは序盤のシーン。ごく普通の白色の照明の当たり方がめちゃくちゃ綺麗で、白い衣装のメンバーだけでなく、暖かみを感じさせるはずの木製のセットも非常に鮮明に、ちょっと人工的な異質ささえ感じさせるクリアな見た目になっています。人物にフォーカスして背景をぼかすこともあれば、背景までくっきりパンフォーカスすることもあり。そしてカメラもほとんど動きません。野外ロケや暗いセットのMVが多かっただけに、この見え方は新鮮でした。多彩な打ち込みサウンドが入り乱れるAメロの雰囲気と手振り主体の機械的なダンスにもバッチリ合っていて、個人的に超お気に入りです。

0:13の山下さんが水を飲むシーン。袖の先まで、グラスの中までこんなにはっきり
0:39、手前のひな壇(?)から奥の電球までどこもぼやけない、見事なパンフォーカスです

ただしそのうえで一言加えるならば、サビまで同じような動きだとちょっと盛り上がりに欠けるよなあ、とも。この曲調で1サビ後半まで山下さん座りっぱなしだと、特にサビのパンチの弱さが目立ってしまうので、何とも惜しいところではあります。

一対多数の描き方

欅坂時代から歌詞やMVの十八番である「異質な僕」や「理屈より感情」といった、センターをその他のメンバーで取り囲む二項対立の図式は今回も健在です…が、従来ほど露骨ではない。ここが良くも悪くも今作の大きな特徴だと思います。
最も分かりやすい例として、「Start over!」ではセンターの藤吉さんがひときわ激しく笑顔で踊り狂い、周りの冷めたメンバーたちを徐々に巻き込んでいく流れでした。「何歳の頃に戻りたいのか?」「Cool」などもほぼ同じ図式です。それに対して、今作では山下さんが序盤の椅子からほとんど位置を変えず、中盤まで最も動きの少ないメンバーになっています。

1:58が象徴的ですが、周りを取り囲まれてその場でしか動かない場面が今回は多いです

異端分子であるセンターをあえて動かさなかったらどう見えるか?そこから異質性をどう見せるか?」という視点、確かに今までなかったアプローチではあります。で、山下さんの異質性をどう際立たせているかというと、ひたすらに「手」なんですよね。彼女だけ手振りのポージングがしばしば異なっています。特に拳銃をリロードするような音に合わせた動きと、ラスサビ前から現れるかぎ状のポーズが象徴的です。

1:23、山下さんの指先まで整ったダンス技術が光ります
3:19、謎のおじさん絶頂ボイス(失礼)に合わせたポーズ。フレミングとか言わない

もう一つ重要と思われるのが、左手につけられた爪。ディジットイヤリング、と呼ばれるそうです。この位置が山下さんだけ中指で、他のメンバーは人差し指という違いがあります。当初、この爪は魔女を表すのか?山下さんだけ異質なのは魔女狩りの暗喩なのか?と思いましたが、Remiさんによると振り付けを見てから爪を作りたくなったとのことで、必ずしも監督のストーリーだったわけではなさそうです。


0:18、ここは森田さんと守屋さんですが他のメンバーも見る限り同じでした

これまでの常とう手段だった、激しい表情やダンスといった見やすい要素ではなく、細かい指先のポイントで異質性をじわりと表現する。山下さんが持つダンス能力の高さあってこその見せ方だと思いますが…やっぱりわかりにくい。なまじ動きが周りと変わらないので、前から知っているセンター経験者の森田さんや藤吉さんの方がセンターより目立ってしまう場面もあります。
かくいう自分も「もう一対多数の構図見飽きてきたから違う見せ方してくれないかなあ」などと思っていた立場でした。しかし実物を見ると分かりやすさの重要性にもまた気づかされ…映像表現って難しい。

変わったのは誰なのか?

櫻坂によくあるMVの流れとして、後半からラスサビにかけてセンターに感化されたメンバーたちが感情をむき出しにし、開放的な雰囲気や笑顔で踊って大団円となります。

同じ池田監督の「流れ弾」でバラの花びらが乱れ散るところとか
「Start over!」で序盤の舞台だったオフィスを破壊するところとか

それに対して、今回動きが変わっているのはセンター以外のメンバーではなく、さらにその外野のひな壇にいる黒服の人々たちです。1番では外側を向いていたのが2番で内側を向き、ラスサビで壇上のメンバーにインクを投げつけるという変化。

0:47、全員外側を向いています
2:16、見えにくいですが内側を向いています
3:23、このMVのクライマックスです

この構図が非常に不思議なんですよね。この黒服の人たちに対してメンバーからのコミュニケーションは何もないし、彼ら彼女らがメンバーのパフォーマンスに何かしらのインスピレーションを受けたとしても、なぜインクを投げつけて攻撃するという行動に結びつくのか?投げられているメンバーたちも特にやり返すわけではなく、壇上で踊って静かに終わり。そしてセンター山下さんの扱いも外から全く変わっておらず、同じように汚れています。とにかくメンバー全員が外を向かず、内向きに閉じて終わるという予想外の終わり方です。「静寂の暴力」から激しさを全部抜き取った感じが近いかもしれません。
確かに新しい。でも率直に言えば、山下さんの異質性があらわになったことで周囲に何が起きたのか、どの視点でも見えてこない。振付師のTAKAHIROさんは「理屈と感情が相反し共生する楽曲」と言及されていますが、赤い照明などから理性と感情の共存は読み取れても、それらが何をもたらすのか、やはり見えてきませんでした。同じ池田監督の「摩擦係数」と似ているようで、こっちはどうもはっきりしません。

MVの元ネタであろう「アイズワイドシャット」では、当初何食わぬ顔でパーティーに参加していた主人公が儀式に呼び出され、全員からの視線を浴びた状況で参加資格がないことを暴露される、というショッキングな展開がありました。そういうストーリーが舞台装置の割に薄いんですよね…。さらに言えば恋愛メインの歌詞ともリンクしてこない。楽曲自体は起伏に富んで劇的な展開を見せる分、そして一枚絵として見たときの個々のカットはすごく良い分、全体的に目指す方向が定まらない感じで歯がゆいです。
それでも最後の最後、「感情の起伏、力強さの中に隠れた繊細な部分」を見せつけるカットがあります。歌い終わりの山下さんのアップです。乱れた髪の毛で隠れた目のうち右目は黒目だけ、左目は白目だけのぞかせる絶妙な角度。これ、狙って作ったんだとしたら相当な技術です。雰囲気は「Start over!」の藤吉さんがタイトル画面で片目だけ見せて躍動したカットやラストの鼻血カットに近いですが、あっちはソロカットだったのに対して、こっちはダンス終わりで連続しているので、さらに難易度が高いはず。まさに「理屈と感情が相反し共生する」だよ!ここはビビっときました。やっぱり分かりやすい図式がないとだめでした、私。

4:00、スパッと終わるアウトロも相まって良かったです

まとめ 新しい映像の図式をいかにして作るか

以上、MVを数回見て気づいた点を挙げてきました。こうして見ると、今回のMVは確かに視覚面・技術面での既視感もあるけど、一方で根本的なアプローチはかなり違っていそうだ、という側面があぶり出されてきます。池田監督が「ぱっと見そんなに変わり映えしないだろ?でもその中に隠し味がたくさんあるんだぜ?」なドヤ顔をしているとしたら面白い。
ただ少なくとも初見の感想では、その従来にないアプローチが効果てきめんだったかというと必ずしもそうではなく、見た目の類似性がむしろ目立ってしまった、新しいスパイスも美味さがよく分からなかった、という結果になったように思います。
職場の近くに普通の相場の2倍くらい高い高級なパン屋さんがあり、290円のあんパンを買ったことがあるのですが、いつも知っている5個入りの袋あんパンと味が違いすぎて、妙に抑えられたあんこの甘みや大量のゴマとケシの実の香りを前に、果たしてこれは上等なおいしさなのか、と戸惑ってしまいました。その感覚に近いです。
芸術作品としての奥深さと、広告媒体としての引き込みやすさ、新鮮さをコンスタントに両立するのは難しいなあと改めて感じました。しかし裏を返せば、「今の櫻坂なら分かりやすい動きに当てはめなくても面白みを出せるだろう」という信頼があってこその挑戦だったともいえるかもしれません。
曲のクオリティは十二分に高いので、改めてライブでの見せ方に期待してみます。東京ドーム、博多から配信で見届けねば。

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