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WRC 2023 Rd.4 Croatia Rally

逆転に次ぐ逆転

ラリークロアチアは、2021年にWRCに昇格した東欧ターマックイベントだ。グリップの変化に富み、コーナー毎にグリップが変化するとも言われ、インカットでかきだされる泥とツイスティな路面は、開催初年度から毎年ドラマチックなバトルを生みだしてきた。

21年はSS17を前に一般車とオジェが接触事故を起こし、これによってヤリスWRCはサイドにダメージを抱えることになった。それだけでなく、事故のショックでオジェの心身は大きな動揺に包まれた。事の行方を見守るトヨタチームのサービスにも緊張が走り、多くのファンが固唾を呑んだ。だが、8度の世界王者はその困難な状況で鬼神の如き激走をやってのけ、なんと最終SSで僚友のエバンスを0.6秒差で下し逆転優勝をして見せた。この瞬間は誰もがセバスチャン・オジェという男の凄まじい集中力に惜しみない賞賛を送った。

22年も展開はドラマチックだった。初日から絶好調だったロバンペラを2日目はタイヤダメージの不運が襲い、2位と1分以上あった差が一気に20秒以下まで詰められる事態に。そして運命のDAY3、SS19で神の悪戯とも言える突然の雨。タイヤチョイスでハードを選んだロバンペラと、ソフトを選んだタナックで明暗が別れタナックが1.4秒逆転。ここまでか……そんな空気の中、ロバンペラは冷静に最終SSでフルアタックを敢行。結果5.7秒差をタナックに叩きつけ再逆転に成功、そのまま優勝とPS1位を手にしてフルポイント優勝を果たした。

サクッと鮮烈なクロアチアにおけるバトルを振り返ったが、それとは別にこのラリーに向けてテストを行っていた最中、不運にも事故でこの世を急逝したクレイグ・ブリーンについても触れておきたい。


ラリーを愛した漢

2023年4月13日、このラリークロアチアに向けてプレイベントテストを行っていたクレイグ・ブリーンが、不慮の事故でこの世を去った。
享年33歳、9度のポディウムを誇り、今年こそは初優勝の悲願を叶えるべくマシンを駆った漢の急逝に多くの関係者・ファンは悲しみに包まれた。

事故の経緯は、所属チーム公式ステートメント発表によると、低速(30km/h程度とのこと)でコースアウトした際に、路傍の木製フェンスにマシンが衝突。その際に、フェンスの部材がマシンサイドの窓を貫通、そのままブリーンに直撃。これにより彼は帰らぬ人となってしまった。
コ・ドライバーのジェームス・フルトンは全くの無傷で、事故当時の写真を見ても殆どマシンが壊れていない。故に、如何にこの事故があまりに不運な結末を辿ったか、思えば思うほど残念でならない。

2016年、ラリーフィンランドで自身初の表彰台を獲得したブリーンは
DS3 WRCの中で顔をクシャクシャにしながら「信じられない」と言葉をこぼし、2012年にラリー中の事故でこの世を去ったギャレス・ロバーツへの想いを語った。

「友がこの場にいないのが悲しいけど、きっと天国から見てくれている」

2016年ラリーフィンランド, フィニッシュ後インタビュー, クレイグ・ブリーン

そう涙ながらに身体を震わせ、人目を憚らず感情を露にした。

また、彼はオールドスクールな過去のラリーカー達も愛し、特にMGメトロ6R4へ愛情を注ぎ、手塩にかけていた。
TGR-WRT代表のヤリ・マティ・ラトバラとは、そうしたクラシックラリーカーについて共通の趣味で繋がっており、ラトバラはこの不慮の事故に際し彼のラリーに対する情熱を想い偲んでいる。

筆者も、ブリーンについては2017年、5位を5度取っているのをみて
「なんかいつも5位にいるなこの人」
なんて思ったものだ。これは悪い意味ではなく、なんかあればすぐポディウムに乗っても変ではないところに居るという意味で、不思議な安定感を感じたことを覚えている。
翌2018年は、第2戦スウェーデンで2位表彰台を獲得するも、シトロエンのシートは喪失。明くる年の開幕戦に彼の姿は無かった。

だが2019年のラリーフィンランド、彼はヒョンデのパートタイムドライバーとして走り出し
2020年には2位を1回、2021年には2位を2回含む3度の表彰台登壇をするなど
ヌービルスペシャルと言われるマシンを、かなり乗りこなしていた印象が強い。

そしてRally1元年の2022年、ヒョンデにおけるパートタイムドライバーの成績が評価され、ブリーンはMスポーツのエースドライバーに抜擢された。
開幕戦モンテカルロを3位、サルディニアでは2位を得た。
しかし、この2022年はツキの無さ、自身のミスなどが重なり成績は低迷。
少しのコースオフでさえ、何かに車が当たり、デイリタイアという場面もあってミルナー監督からの評価はシーズンを追うごとに厳しいものになっていった。

結果的にこの2022年は、ランキングでもトヨタ育成枠の勝田に後塵を拝し、7位に留まった。
そうした低迷故に、1年でMスポーツを放出され、タナックと入れ替わる様に再びヒョンデへと戻ったのが今年、2023年。
まだ記憶に新しい第2戦スウェーデンでの快走は、昨年の低迷を振り払うかのようなパフォーマンスであった。
やはりヌービルスペシャルと相性が良いのだなと感じるほど、彼は生き生きと走っていたし、SSを終えての彼の笑顔は自信に満ち溢れるものだった。

喜怒哀楽がハッキリしていて、盟友ロバーツの死も乗り越え、苦闘のシーズンさえ潜り抜け、さぁ今年こそ。今年こそは悲願の初優勝めがけて調子を上げていたこの矢先。
ブリーンは志半ばで彼はこの世を去ってしまった。

皆に愛された彼と、彼のラリーへの情熱を偲ぶと共に、安らかな眠りを祈って。

クレイグ・ブリーンよ安らかに

1年半の苦しさを超えて

ラリークロアチア、亡きブリーンを偲ぶこのラリーを制したのはエバンス/マーティン組だ。21年のフィンランドを勝って以来、勝てそうで勝てないラリーが続き、2位や3位こそあれどラリージャパンなどでは勝利へ向け猛追する中でパンクに泣くなど、辛く苦しい1年半を過ごしてきた。
僚友のロバンペラや、スポットながら既に今期2勝を挙げるオジェなどが、コンスタントに勝ち星を重ねる中
勝てない苦しさや悔しさを嚙み締め続けた2人は、ようやく長いトンネルを抜ける勝利を挙げたと言える。
また、エバンスにとってもこの勝利はRally1規定における初勝利と共にターマックイベントの初勝利でもある。過去ターマックでは、19年コルシカで優勝一歩手前まで行きながらそれもパンクで失ったり、20年のモンツァも自身のミスで優勝と王座も目前から滑り落ちたし、21年クロアチアについても最終SSでオジェに交わされ2位となった苦い思い出も記憶に新しい。

何度も何度も、ターマックイベントで速さを発揮しながらも不運やミスで勝ちを取りこぼしてきた彼にとって、ようやく挙げたこのターマックでの勝利はエバンスとマーティンにとって大きな意味があるし、今期を戦う上で再び自信を取り戻す素晴らしいリザルトになったと言う他無い。

写真出典:トヨタGR公式

ラリークロアチア 2023 最終結果
1位:エルフィン・エバンス/スコット・マーティン(トヨタ)
2位:オイット・タナック/マルティン・ヤルヴェオヤ(フォード)
3位:エサペッカ・ラッピ/ヤンネ・フェルム(ヒョンデ)
4位:セバスチャン・オジェ/ヴァンサン・ランデ(トヨタ)
5位:カッレ・ロバンペラ/ヨンネ・ハルットゥネン(トヨタ)
6位:勝田 貴元/アーロン・ジョンストン(トヨタ)
7位:ピエール-ルイ・ルーベ/ニコラ・ギルソウル(フォード)
8位:ヨアン・ロッセル/アルノー・デュナン(PHスポーツ) ※WRC2
9位:ニコライ・グリヤジン/コンスタンティン・アレクサンドロフ(TOKスポーツ) ※WRC2
10位:オリバー・ソルベルグ/エリオット・エドモンソン(シュコダ) ※WRC2


各チーム其々の週末

◆トヨタガズーレーシングWRT
早くもシーズン3勝目を計上し、特殊なモンテ、ラフロードのメキシコ、トリッキーなクロアチアを制した。
主将たるロバンペラの勝利こそ無いが、オジェとエバンスがそれぞれ勝ち星を挙げるに至り、選手権ではオジェとエバンスが69点で1位-2位に並び、ロバンペラが68点で3位を固める。
このクロアチアでは、ブリーンの逝去に際し、連帯を示すためワークスノミネートを2台に減らしオジェとロバンペラを対象とした。
しかしながら、DAY1のSS2でいきなりそのオジェとロバンペラがパンクに見舞われ万事休すという状況であったが、結果的にはオジェとロバンペラの驚異的な巻き返しで4位-5位を得た。
それによって、メイクスでは2点ほどリードを広げてクロアチアを後にした。
次戦ポルトガルは、オジェが出場しないため、エバンスとロバンペラに砂かき役の重荷がのしかかる。が、3台目となる勝田が昨年は秒差のポディウム争いをしており、今年はポルトガルでのリベンジに期待がかかる。

◆MスポーツフォードWRT
このクロアチアで、Mスポーツフォードは実質優勝と同等のメイクスポイントを得た。
優勝したエバンスは、ワークスノミネート対象外だったため2位のタナックに25ptが割り当てられたためだ。タナックはDAY2、エバンスを捕らえるべくペースアップを敢行したが、その日の半ばでサイドブレーキにトラブルを抱えてしまった。
これにより追い上げは断念、その後は3位のラッピとの差をコントロールしつつ2位でラリーを終えた。僚友のルーベはステアリングにトラブルを抱え、最終SSも苦しい走りだったがコースアウトやマシンを壊すことなくフィニッシュ、状況状況に応じた走りで経験値を積み重ねている。

◆ヒョンデ シェル モービス WRT
亡きブリーンの代役は立てず2台でエントリーとなったこのラリー
ブリーンに捧ぐ勝利をとヌービルが奮起、DAY1をリードし、DAY2も順調に進むかと思われたがSS11で、僅かにブレーキが遅れたヌービルはマシンがアウトに膨らみコンクリートに激突。その反動でマシンは立木にも激突し、デイリタイアとなってしまった。
僚友のラッピが最終的には3位にてポディウムを獲得し、亡きブリーンのためにというチームの期待に応えて見せた。
次戦のポルトガルは、出走順が4番目、5番目、7番目となり今季初優勝を狙ってくるだろう。ヌービルとラッピはもちろん、パートタイムドライバーとして非常に安定しているソルドもポルトガルは出番となるので、順当に行くと優勝に最も近いだろうと思われる。


ラリークロアチアのおわりに

【ブリーンの急逝】
先にも触れたが、ブリーンの急逝は本当に突然の事すぎて、SNSでも何かそれに関してコメントする余裕がないほど唖然とした。
どんな言葉を並べても気の利いたものとは思えず、何も言えなかった。
最終SSをエバンスが走り終え、優勝が決まると同時にコ・ドライバーのマーティンが涙をこらえ切れず、手で顔を覆った。
無理もない、そのブリーンの初表彰台の折、隣でノートを読み上げていたのは他でもない"スコット・マーティン"自身だったのだから、亡き元ペアへの感情は非常に揺れるものがあった事だろうと思う。
マーティンの涙を見た事と、こうして日にちが経ってようやくブリーンについて書き連ねることが出来た次第で、本当に驚いたし、何も頭に言葉が出てこなかった。今一度、彼の安らかな眠りを祈らずにはいられない。

ご冥福をお祈り申し上げます。
 

【ピレリタイヤに憤慨】
このクロアチア、SS2でいきなりオジェとロバンペラがパンクで大きく順位を落とした。原因は路面の突起をオジェとロバンペラがレッキの段階で見逃してしまっていたと思われるが
筆者としてはそれにしたってピレリになってから、勝負をパンクで不意にする選手があんまりにも多く感じる。何って時にパンクで水を差されるのだ。いや、パンクそのものは否定しない、それもラリーの一部だし、パンクをしないようにマシンを走らせるのも腕前の一つだ。
だが、常々オジェが言うように「冗談みたいな仕事ぶり」というのは的を得ていて、どう考えてもミシュランでは起きないようなシーンで、タイヤトラブルが起こっているように感じてならない。
流石に今回の件も、ピレリからしたら両名のレッキ不足だろうと反論するだろうが、なんか釈然としない気持ちでいっぱいだ。故に筆者はもう次バイクのタイヤを交換する際はミシュランにすると決めた。
後輪は既にミシュランのロードクラシックなので、前輪も次の交換はロードクラシックにする!してやる!!もうピレリなんて知らない!!!

【カッレロケット未だ不発】
スウェーデン、メキシコ、クロアチアとロバンペラは結局ポディウムに上がれていない。去年のシーズン序盤3連勝と比較するとどうしてもパンチの利いたリザルトではない様に感じる。
だが、結局3戦連続4位でも、パワーステージのポイントではしっかり14点も積み上げておりそのことが68点という数字にも表れている。
なんであれ虎視眈々と稼ぐものはしっかり稼いで計上しており、次戦のポルトガルでは2番手出走だが、初日をなんとか耐え凌ぎ2日目に後方出走を確保できれば逆転が十分期待できる。それだけの速さをロバンペラは昨年数多く披露してきたので、現王者の今シーズン初勝利を筆者は期待している。


次戦は初夏のポルトガル

次戦は5月11日~5月14日にかけて実施されるラリーポルトガル
有名なファフェの大ジャンプをはじめ、WRCの1ページを彩ってきた伝統の1戦だ。
昨年は圧巻の走りでロバンペラが優勝、2位にもエバンスが続いた。3位は勝田が最終SS1つ前まで維持していたが、最終SSでソルドに逆転を許し涙を呑んだ。今年は勝田の出走順とソルドの出走順が同じ後方スタートであるため、勝田のリベンジに期待がかかる。
また、ランキング上位に名前が並ぶエバンス、ロバンペラ、タナックは後方の猛追をどこまで凌げるのか。初夏のポルトガルも激しい戦いが待っている。


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