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君は随分と臆病なんだね


「君は随分と臆病なんだね」


え?


「だから、君は随分と臆病なんだね」


臆病という言葉は真っ暗な田舎を走る電車には強すぎてどうにも不釣り合いな言葉だった。


言い返す言葉もなく窓に映った自分越しに外を見た。


外を見たかったのか、視線のやり場に困ったのか、それとも窓に映った消えてしまいそうに薄い自分を見たかったのか、それはわからない。


臆病という言葉は電車に乗れずその場に残って背を向けたまま 私達を見送った。










物事は私の想定よりだいぶ早く進んでいた。2週間のLINEと3回の食事。その次がこれ。


「星見に行こうよ!」だって。今どきそんな誘い方をする人はいないだろう、小説でもなかなか見ない。


てっきりソラマチとかでプラネタリウムでも見るのかと思ったら場所は長野。話はトントン拍子に進んでいく。


君はいつも話が速くて私はついていくのが精一杯。でも強引な感じはせずただサラサラと流れるように速い。そんな感じ。


泊まりとなると緊張するけどそんな雰囲気は出さず”よくあることさ”といった顔で話を合わせて準備をすすめる。君相手には怯んだら負け、そんな気がする。


スキー以外で長野は初めて。君もそう言っていたけれど慣れた手付きで持ち物、宿泊場所、移動手段…全て整えていく。いつもの会話と同じ。流れに合わせて淀みを生まないように私も精一杯ついていく。


田舎に住んでいたこともあるから星を見た事はあるけれど星を観るのは初めて。私にとって星はなんとなくある巨視的な対象だった。君はいつもそう、私の手の届かない隙間を突いてくる。だから君の作る流れに身を任せたくなるのだろう。


君もテスト期間だったはずなのにいつの間に準備を進めといてくれたのだろう。私が必死に積分していた間に準備は終わっていた。


君が作ったしおりを読んで、君に言われた荷物を持って、君に言われた時間に、君に言われた場所へ。




その日はびっくりするくらい晴れていて雲ひとつなく、初めて観る星はきれいで感動した。


「昨日てるてる坊主10個作ったからね!」


笑っちゃうくらいの可愛さアピールが似合うのはどちらかといえば君の持って生まれたものによるというよりも二人のケミストリーによるところが大きいのだろう。







帰り道、無人駅から田舎の単線に乗り込んだ。車内も人が全くおらず車掌さんがいることすら疑えて、このままこの電車でさっき見た星までいくんじゃないかなんて一人で想像していた。


電車に乗ってからの君は珍しく物静かだった。静かではなく物静か。君にはそっちのほうがよく似合う。


君がトーキョーではなかなか見かけないボックスシートに興奮して「後ろ向きだと酔っちゃうからこっちに座るね笑」なんて私の酔い事情なんて全く気にせずはしゃぎながら座ったのはどれだけ前のことだっただろうか。


私は基本的には大勢の飲み会などには行かないし、静かなのが好きだ。大学生用語で言うところのいわゆる陰キャというものなのかもしれないがそう思われることを気にしたことはない。


ただ、能力として人と会話をすることは大事だということは理解しているから人と話す方法は知っている。目にしたものについて話せばいい。それだけ。「ねぇ、見て、あの鳥すごい大きい」「なんかあの車珍しくない?」こんなかんじだ。よく初対面の人とは天気の話をしろなんて言われるけど、それと同じようなことだと思う。


君と二人だから話しかけなくったって全く問題はないのだけど、あまりにも音がないという状況が寂しくなったから話しかけることにした。


いつものように周りを見て瞬時に決める。「ねぇ、見て、月きれい」そう言おうとして踏みとどまる。これは、どうだろう。でも、本当にきれいな満月だった。どうせこれも君が満月の日に合わせたのでしょう。本当に君は狡猾で笑っちゃうくらいに先回りをする。でも、これは、どうだろう。流石に私だってその意味は知っている。




「月、きれいですね」




一瞬世界から音が消えた。


まず確かめたのはそれが自分の口から滑り落ちた言葉なんじゃないかってこと。どうやら違うらしい。ということは君の口か。


君の顔を見る。どうやら確かに君の口から出た言葉のようだ。いたずらが見つかった子供のような顔をしている君と目が合う。


出会ってからの期間、LINEの内容、今日話したこと、私の気持ち、君の気持ち、それらの情報が一瞬で頭の中を駆け巡った。


これは、何かしらかの返事をするものか、それとも私と同じように見たものを口にしただけなのか。


君の少しの上目遣いと突き出した唇が私を惑わせる。二人が無造作に窓のヘリに投げ出している腕もなんだか近い。指を伸ばせば…


とにかく何か音と呼べるものを出そうと私が息を吸った瞬間に、思っていたのとは別の音がした。




「君は随分と臆病なんだね」




え?




「だから、君は随分と臆病なんだね」




臆病という言葉は真っ暗な田舎を走る電車には強すぎてどうにも不釣り合いな言葉だった。


君の前では考えすぎて目に映ったものすら喋れない私を嗤ったのか、それとも自分の気持すら喋れない私を少し遠ざけたのか。


どちらにせよ最後にして私は君の作った流れを淀ませた。


流れに乗れなかった私に帰る場所などあるのかわからなかったが電車は素知らぬ顔で走り続けていた。


その淀みを作った臆病という言葉は電車に乗れずその場に残って背を向けたまま私達を見送った。





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