見出し画像

# 研究者の流出は何が問題なのか

労働力の流出 ⇒ 経済的損失」は分かる.けれど,記事にもあるように,研究者が海外へ行くことで起こる「頭脳の流出」は,日本にどのような損失があるのだろう?

むしろ,研究資金を海外から支援してもらっているとも言えるし,「出先で作業してきました」と言うのと変わらないようにも思える.地理的な制約や地政学的リスクを考えれば,直接的な労働力の流出は抑えるべきだろうけれど,研究分野における「頭脳の流出」については,いまいち問題点が分かっていなかったので,とりあえず自分なりに意見を整理した.この記事を読んでいただいた方からも,意見や情報,切り口などを提供していただけるとうれしい.

[TOC]

## 頭脳流出・労働力流出の定義

> 頭脳流出(ずのうりゅうしゅつ、英語: brain drain)とは、高度な知識・技術を有した人材が、多数、流出してしまう現象を指す。
> 頭脳流出は、母国で受けた教育や訓練の価値が外に出てしまうことから、通常、経済的な損失とみなされ、その国における高度人材の不足につながる。
> 頭脳流出は移民の一形態で,高度の教育を受けた労働力の国外移住を意味する,主としてジャーナリズムでの用語である。その定義および概念はまだ確立されておらず,学問的実証的研究も少なく,頭脳流出の原因,本国と受入れ国における影響についても,いくつかの個別研究が限られた範囲であるにすぎない。(世界大百科事典 第2版)

少し調べてみると,まず「頭脳流出」という言葉が,労働力の流出とほぼ同義で捉えられていることが分かった.私は頭脳流出を「自国籍を持った研究者が自国外で研究を行うこと」という意味で捉えていた.
 そこでここからは,労働が直接利益を生む「労働力の流出」と,間接的に利益を生む「研究者の流出」という分類で区別して,本記事を書くことにする.(もし,より適当な言葉や分類の仕方があれば,教えてほしい)

## 「頭脳流出」がもたらすもの

> 一般に, 頭脳流出は送り出し国側からみると,高度な知識や技能, 高い生産力が失われることを意味し, また, 高等教育に対する国の投資が回収されないという問題を引き起こす。 しかし, 海外在住者が送り出し国と受け入れ国の間の共同研究やビジネスにおいてブリッジの役割を果たすのであれば, 送り出し国にもメリットがある。 さらに,海外に流出した人材が人的資本を高め帰国するならば, 海外の技術やビジネスノウハウ, 新しいアイデアを送り出し国に移転することができ, また,海外とのネットワークを利用した R&D やビジネスをスタートさせることもできる(OECD(2002))。 このように, いったん流出した頭脳が母国に戻ることは頭脳環流(brain circulation)と呼ばれており(Mahroum (1998)), 中国の百人計画や長江学者奨励計画, EU のマリー・キュリー事業における帰還者のためのグラントなど, 在外研究者の呼び戻しをはかる政策を行っている国や地域もある。
(日本の頭脳 ―流出在米日本人研究者に関する分析から 村上由紀子)

ここしか読んでないけど,研究者の流出が一概に問題であるとは言えないことはまず確認できた.

研究者の流出において危惧されているのは,ライセンスの問題ブランドの低迷知見の空洞化,あたりだと思っている.

ライセンスの問題は,例えば企業の社員として研究する場合,その成果を利用する権利を独占されたり,金銭的・政治的なハードルを設けられる可能性が高い,ということだ.正確には,これは「研究者の流出」ではなく「労働力の流出」の方の問題.各個人が契約を交わす際によく確認するか,業界全体でルール作りをするべき部分ではある.

ブランドの低迷に関しては,研究が行われた大学・研究機関の名前が肩書として広まることの副産物だろう.OSS(オープンソースソフトウェア)界隈のように,「個人の時代」の色が強まっていくのなら,あまり関係なくなる話に思えるのだけど,優秀な人材を呼び込む必要がある場面においては問題となりそうだ.
 優秀な人材を呼び込む必要がある場面にはどんなものがあるのか.NHKの記事にあったような,研究者がどこにいるか,ということは直接的にはあまり問題ではない気がしている.ただ,大学名や研究機関名を背負って成果を発表する機会が減少することで,その大学や研究機関のブランドの低迷を招き,自国の文化や社会的な枠組みの喪失につながること,つまり,教養や基礎教育を支えるシステムの弱体化が懸念されることには同意できる.
 自国で研究できなくなることではなく,価値を生み出す土壌を全般的に喪失する可能性があるという点こそ,研究者流出の大きな問題点として訴えるべき部分ではないだろうか.

知見の空洞化は,ブランドの低迷が価値創出の土壌の喪失につながるリスクと似た切り口だ.研究分野では教育という投資の代価を得られないことが,人材流出の主な問題点として認識されているようだが,研究成果が世界中で共有されるなら,本当に代価を得られないのだろうか?
 OSS界隈なら,Githubなどを介して成果物が共有・改善され,投資・支援の効果を全体で共有できる文化が形成されてきた.同じようなことは研究者の間でもずっとされてきたし,今後もされていくだろう.地理的な制約はICTで解決可能であり,知見を持つ人々が全くいなくなる,という状況にはならない,というのが私の考えだ.
 逆に言えば,ICTを利用した教育・情報共有が難しい環境においては,研究者の流出が,知識・技能を伝える人材の不足,と言うかたちで,経済格差や貧困を拡大させる可能性は高いかもしれない.これはディジタルディバイドの一面であり,研究者の流出とは別の方面からのアプローチが,より重要になると思われる.

## TL;DR

### 【思考の前提】
頭脳流出 ≒ 労働力流出
⇒「労働力の流出」・「研究者の流出」で分けて考える

### 【思考の出発点】
労働力の流出は避けるべきだが,研究者の流出は問題なのか

### 【切り口と主張】
ライセンスの問題:
「労働力流出」の問題.業界人の相互作用で解決すべき

ブランド喪失への懸念:
人材育成などに与える影響を訴えるべき

知見を持つ人材を喪失することへの懸念:
ディジタルディバイドの問題として扱う範囲.

_______


私たちは,研究者流出の問題点や改善策などについて,どう考え,どう行動すべきでしょうか?ぜひ皆さんの考えも教えてください.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?