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『不思議の国』写真家 石黒健治インタビュー(中編)

「淫乱の極みの、政治的不正も含めて、そういうソドム的状態っていうのは、今も変わりないと思っているんです。」

大和田:例えば福島や獅子ヶ森のような無常感のある冷え切った写真と、それに対して人の熱気が濃厚にある、どこか祝祭的な写真。その両方が、この写真集の中には含まれていると思うんですね。

石黒:そう言ってもらうと、僕はものすごくうれしい。というのは、3.11の写真(53ページ)の前と後で写真を並べたときに、前の方に、人がいる写真を多く集めているんです。例えばこの写真(32ページ)は南京の、戦争時代にあった日本人将校用の慰安宿です。ここで慰安婦が相手をしていたんです。それで、場所が丸の内みたいな一等地だから、これを取り壊すことになった。しかし、反対する人たちがいて残すことになった。南京に行ったときに、案内されたんです。こっちに将校用、こっちに一般兵士用というのがあって、差があるというのがまたすごい。これも一種の熱気というか。いい悪いじゃなくて。

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大和田:人間が集まると、人間の猥雑さというものが出てくるじゃないですか。それがすごく感じられる写真と、逆にそれが感じられない写真という風に分けられるように思いました。

石黒:今ちょうど、別の仕事で黙示録のソドムとゴモラを調べていたんです。ロトの妻が後ろを振り返って塩にされたという、有名な話があるじゃないですか。ソドムはソドミズムの語源になるように、風紀は乱れに乱れ、政治は腐敗し、不正がまかり通っていた。富んだ者は傲慢で、貧しい人を助けようともしない。そこで神は、ソドムとゴモラの街を焼き払おうとして、使者を使わした。ロトは使者と「もし、この町に善良な者が10人いても焼き払うのですか、30人では? 50人では?」と交渉したが、結局、善良な者はロトの家族だけだったので、神はロトとその妻と2人の娘に「決して後ろを振り返るな」と言って逃がし、ソドムの街に硫黄と火の雨を降らせたんだよね。ぼくは、淫乱の極みの、政治的不正も含めて、そういうソドム的状態っていうのは、今も変わりないと思っているんです。そういう状況が、実は、嫌いじゃない。わりに好きなんですよ(笑)。

大和田:人間って、そういうものだとは思うんですけれども。

石黒:思うんですよ、今も変わりないじゃんって。それでロトは逃げるんだけど、奥さんは塩の柱になっちゃった。そこでロトは、娘たちと洞窟へ逃げるんです。そして、そこからが凄い。ロトは娘と交合するんです。凄いね。人間をそこまで追い詰めるのか、って。馬鹿なこと言ってますけど、ソドム的世界というのは、今の日本と変わりないというのは実感です。

大和田:それは石黒さんにとっては、どういう理解なんですか? つまり、善悪とは無関係に、人間の世界としては肯定するべきもの…

石黒:肯定じゃないけど、否定しようがない。

大和田:人間ならではの俗な部分というのは、どうしても拭い去ることはできないですよね。『不思議の国』の中にある祝祭的な写真は、お祭りという意味では聖と俗が交わる部分ではありますね。

石黒:そうですね。

大和田:人間は俗だけでは生きていけなくて、どこかで聖、神との接点が必要になる。それはおそらく、生きることと死ぬことの接点でもあるのかなと。そういう写真が、たくさん含まれているような気がしたんです。

石黒:まったくそうだと思います。誰でもそうだし、僕自身もそうだし、聖なるわけはないんだけど、俗だけでもやっていけないという。

大和田:完全に聖の部分をなくすこともできないし、俗の部分をなくすこともできない。

石黒:できないですね。政治もそうだし、次々と不倫を起こしてそれをまたみんな喜んでテレビでやってるしね。ソドムがあきれる(笑)。

大和田:そうした人間の俗な熱気のようなものを感じる写真と、無常感のある、俗な部分がきれいさっぱりなくなってしまったような、それ故の恐ろしさのある写真というものが、この写真集の中では併存している感じがあって。それが、この写真集の面白いところだなと思っているんですけれども。

石黒:そういう風に見てもらえると、僕はほんとうにうれしいんです。

「エロスというのは人間の持っている欲望、本能そのもの、生きている証拠みたいなものなんじゃないか。」


大和田:写真集の後半に行くにしたがって、怖い写真、人間の俗な世界から切り離されてしまったんじゃないかという写真が増えてくる。それは、真ん中にある3.11の写真がスイッチの切り替えというか。

石黒:まさにそれを意識して並べたんです。

大和田:それはなぜですか?

石黒:原発の事故というのは、あれは「きっかけ」でしょう。何かをきっかけにして変わるということは、例えば個人で言えば癌が見つかったとかね。何かがきっかけになって、変化が起こるんじゃないか、という気はしますね。

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大和田:それは石黒さんの中でも、3.11をきっかけにして、ファインダーを覗きながら見る世界に変化があったということがあるんでしょうか。

石黒:実は、あんまりないんですよね。原発事故のあるなしに関わらず、自分の中では何かそういうことがいつも行き来していたので。原発を機にどうなった、ということではないんです。

大和田:歴史というのは、例えばジョン・レノンが死ぬとか、時代の変わり目としての象徴的なできごとというのがあると思うんですよ。それはジョン・レノンが死んだから世界が変わるわけではなくて、おそらくその世界が変わるひとつの目に見えてわかりやすい例として、ジョン・レノンが殺されるとか、3.11とか9.11というものがあるのであって。それによって本当に世界が変わったかっていうと、その前からすでに少しずつ変わっている、というのが本当のところなのかなあと思うんです。そうすると、3.11に関わらず、世の中の変化というものは常に起こっているわけで、石黒さんの中ではそれを写真として記録しつづけているということになりますね。

石黒:はい、そう思います。3.11なんかが起こると、「しまったあ」という気がしますよね。やってしまった、という。ひどい話ですよね、あそこまでいくことがわかっていながら放っておいたんだから。想像力が少しでもあれば。先日、あるパーティで、アート系の学校に通っている学生が、学校の課題で「死ぬことは怖いですか?」といろいろな人に質問するムービーを作っていて、片端から質問して撮影しているんです。総じて「死ぬということは怖い」って答えている。それで、僕にも質問が来たんです。それで、「死ぬのも怖いけど、生きるのも怖い」という話をしたら、ほーっとか言ってました。でもそうですよねえ。

大和田:そうですね。仏教も、生きることは苦しみである、と言っていますし。

石黒:僕は昔から、体が強くないということもあったかもわからないですけれども、死ぬことが怖いというのとはちょっと違う感じを持っていました。死が身近というか。それでカメラマンとしては、写真を撮るということは被写体の死を撮ることであると言えなくもないわけですね。そういう話をしたんです。

大和田:ロラン・バルトの「明るい部屋」で、バルトが「写真とともに、われわれは平板な死の時代に入ったのである」ということを言っています。写真は今という瞬間を残し続けるのと同時に、被写体は死へと向かっていく。けれども写真としては現在のまま残るというパラドックスが写真の中にはあって。

石黒:そうだと思う。

大和田:写真には、生と死が表裏一体というか、外せない2つのものとして一体化しているのだろうなあと思うんです。石黒さんの写真集ですごく感じたのは、「死」というキーワード、それから「祈り」というキーワード、この2つだったんですね。私は93ページの写真がすごく好きで、これは「死」を暗示している、示しているものだなあ、という気がすごくしたんです。

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石黒:この場所に出会ったとき、これはほんとうに死の予感がする、と思ったなあ。花盛りの花が散った。あのね、これが赤いっていうのがミソだと思うんです。自分でそう思っているんですよ(笑)。これが白い花だったらどうか。そしたら本当に死の世界かもしれない。赤っていうのがミソだなあ、と思っているんですよ。

大和田:これって、完全には死んではいないと思うんですよ。

石黒:だって花が赤いもの(笑)。

大和田:死につつある…

石黒:本当は白い花であるはずが、赤いっていうのが、エロチシズムなんじゃないかと。

大和田:表紙の写真の話でも出てきましたが、石黒さんのそのエロチシズムというのは…

石黒:エロスってキューピッドのことですよね。もともとギリシア神話ではエロスだったわけですからね。だから、男と女を結びつける矢を放つのは、エロスなんですよ。性欲だけじゃない、食欲、怠惰、傲慢…7つの大罪ってあと何だっけ(笑)。つまり、エロスというのは人間の持っている欲望、本能そのもの、生きている証拠みたいなものなんじゃないか。

大和田:その生きる、エロスということの延長線上には、必ず死があるということですか。

石黒:延長線じゃなくて、もう裏表というか。生は死を含んでいるというか。

大和田:祝祭的なもの、お祭りというのは生と死の境目ですし、無常感の写真、人の熱気のない写真というのも、死に近い状態だと思います。1冊通して、常に死ということが示されている。92ページと93ページの見開きで、93ページの椿の写真は死につつある。それに対して92ページの写真は、私はこれ、完全に死んでいるなと思って(笑)。もう死に終わった雰囲気というか。

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石黒:これ、何なんですかね。トイレのようでもあるし。

大和田:丸い穴が開いていて、そこから雑草が生えてきている。

石黒:これは五島列島の、無人の島で撮ったんです。野崎島。有名な教会のある島ですね。そこの廃墟です。1つの村が全部引っ越して、誰もいなくなった島なんですよ。廃墟の中の、置き去られた椅子というか。

「グラウンドゼロのつもりなんですよ。」

大和田:この写真集全体を通じてなんですが、見開きがすごくいいですね。

石黒:それはね、前田さんが、隣の写真との影響を考えて配置している。

大和田:見開きの組み合わせとなる写真が別のものなると、印象も変わってくるでしょうね。

石黒:前田さんという人は、この当時、日本カメラの編集長だった人ですが、もともと映画をやりたかった人なんです。助監督の試験を受けようとしたら、松竹も東宝も、その年から助監督を取らなくなった。それで行き場を失って、編集になったっていう。映画が好きなんですね。そういう、この映像を見せた後、この映像を見せるという、1ページを見て2ページ、2ページを見て3ページという。そういうことはすごく計算のある人だと思いますよ。

大和田:私は、この写真集の中でキーとなる写真というのがいくつかあるのかなと思っていて。1つはもちろん53ページの3.11の写真なんですけど。これはもう、グラウンドゼロと言うか。

石黒:グラウンドゼロのつもりなんですよ。

大和田:爆心地、だと思うので。ある意味、語るものもないというか。無言でしかない。

石黒:そこへ持っていくまでにこれ(52ページ)を入れたんです。

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大和田:これはエロスですか?

石黒:エロスかな(笑)。3.11の前に、ちょっと迷路みたいなものを入れたんです。色の問題もありますしね、ブルーとか。

大和田:3.11のグラウンドゼロへと至るまでの、50、51、52ページという展開は、なにかこう、世界の様子がよくわからなくなってくる予兆を感じさせる。

石黒:そうですか。

大和田:52ページは、石で作られた乳房のようにも見えます。石というのは、無機的な、死の側に近い世界ですが、乳房は生の側の世界です。そうした2つの相反するものが同居している。そのあと、一気にグラウンドゼロが来るという。その辺りの流れもすごく面白いですね。わたしは50、51ページの2枚の写真がすごく印象的で。ここに至るまでって、テンションが高いというか、ある意味、人間のごった煮状態というか。

石黒:そのつもりなんです。

大和田:猥雑な雰囲気があって、濃密な空気感がしばらく続くじゃないですか。この50、51ページになってくると、そうした空気感がやわらげられて、テンションがゆるやかに下がってくる、そういう印象がありました。

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石黒:いや、まったくその通り、そういう風に組んだつもり。やっぱりシナリオとか映画とか、そういう影響かもわかりませんね。ただ、いわゆる写真集というのは、意外にこんな風に組んでないんだよね。普通の写真集って、題材主義だから。さっき言ったように、1と2を見て3を見て、といったことをあんまり考えていないんじゃないかなあ。

大和田:順番に読んでいくということを考えていない。

石黒:必要ないのかなあ? 余計なことを考えているのかもわからないけど。

大和田:面白いなと思ったのが、石黒さんのホームページに、写真集の中の写真が1枚で載っていて。本で見たときの印象と、ぜんぜん違ったんですよ。写真集にしたときに流れの中で見る写真と、写真を単体で見たときの印象というのは全然違うんだなという。

石黒:僕も意識していますし、そういうものだろうと思ってるんですけどね。単体で素晴らしい写真ももちろんあるし、それが組まれるとどうなるかっていうこともありますけど。今、単体で見せるというよりも、こういう風に並べて見せるっていう方が、僕としては自分の表現にふさわしいというか、かなっているというか…

大和田:石黒さんが表現したいことに合っている、ということですか?

石黒:そうなんです。これは長崎で撮って(54ページ)、自分でも好きな写真です。

大和田:怖いですね。これも後半っぽい雰囲気の写真ですね。

石黒:その対面の写真(55ページ)は宮古島で撮って。この写真は、オリンパスの作例写真、コマーシャルで撮ったんですよ。

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大和田:55ページの写真がですか? まったくコマーシャル感ないですね(笑)。

石黒:新しいカメラができると、カタログに作例写真が載るじゃないですか。それに…

大和田:これが使われたんですか?

石黒:使われたんですよ。

大和田:オリンパスも偉い(笑)。ふつう使わないですよね。でも、この意味のわからなさという点で、私はこの見開き大好きなんですよ。

(インタビュー後編へ続く)

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石黒健治作品集 3 不思議の国 FAIRYLAND

B5横変/102ページ/並製
定価3,200円+税
ISBN978-4-7791-2190-6 C0072
https://www.amazon.co.jp/dp/4779121906

〇プロフィール
石黒健治 kenji ishiguro
1935年福井県生まれ。1959年桑沢デザイン研究所修了。同年、写真協会新人奨励賞受賞。主な写真展に「不幸な若者たち」「ナチュラル」「シアター」「夫婦の肖像」など。写真集は「健さん」「広島HIROSHIMA NOW」「ナチュラル」など。そのほか、ミステリードキュメント「サキエル氏のパスポート」を出版。また、映画「人間蒸発」(今村昌平監督)の撮影担当、「無力の王」(東映セントラル)を監督など、多方面で活躍。

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LITTLE MAN BOOKSは、ふつうの人のために本を作って販売する、小さな出版プロジェクトです。 http://www.littlemanbooks.net

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