プロフィール 1

大学卒業後、子供服のメーカーに就職しましたが、あっさり3ヶ月で辞表を書くという世間知らずの迷惑者。

以後、フリーでイラスト、エッセイ、手芸、料理まで、雑誌に載せる『作ること』を仕事にしてきました。何屋さんていうのでしょうか?

名刺の肩書きはいちをイラストレーターでした。

1993年にドイツで出会った日系3世の彼と結婚、息子カイも生まれて、南の島ハワイで幸せに暮らしましたとさ、

、、、、とさ、

とはならず10年後に離婚してしまいます。(あらまぁ〜)

それからシングルマザーのサバイバルライフin U.S.A.!の始まり、始まり〜♪  英検は4級、身振り手振り上級ですが、、、

幼稚園児の息子と猫一匹を引き連れて、アメリカ本土に上陸です。

危なっかしい毎日でしたが仕事にも会う人にも恵まれてサンフランシスコは夢のような街でした。

そんなわけで、これはもう永住するしかないわ!と、今度こそ幸せに暮らしましたとさ、

、、、とさ のはずが!!

2001年のアメリカは夏休み、あのマンハッタンのビルに飛行機が突入、そして崩壊。

えっ!?嘘でしょ? 大切なクライアントのあるところです。

で、ニッポン・ニ・カエロウ・・・ と突然思っちゃた、突然、自分でもビックリ!!!

その年の9月に5年生になったカイと10年ぶりの帰国。(やれやれ)

自立するシングルマザーは強いのだっ! そうして帰国後の2003年、連載誌7冊を抱え仕事も順調。鎌倉に引っ越しアトリエショップをオープンすべく頑張る、がんばる、ガンバリスギタ、わたし、、、

頑張りすぎて倒れていまい(きゃー大変)救急病院のICUにお泊まりです。

さぁ大変!死んじゃうかも?の病気です。

なるほど〜、神さまぁ、「私の人生こういう幕切れだったのね、みなさん、ありがと、サヨウナラ・・・」

と消えゆく意識の中で思ったのも今では笑い話。それから入院、手術、リハビリ、なんやかや色々あったけど元気に完全復帰。

そして、翌年頑張り過ぎずにアトリエショップ ”MIKI'S CHOICE” も無事オープン。

同時に開店までの経緯が書かれた「小野みきさんの手作りおもちゃ箱」(学研刊)も刊行されたので、お客様もたくさんきてくださいました。

雑誌の連載、オリジナルのグッズ作り、テキスタイルデザイン、ワークショップ、展示会、手芸番組の出演、通信教育の先生、そしてお店の運営。

お仕事には本当に、本当に恵まれた日々でした。

楽しかった〜。

忙しかった〜。

そう、忙しすぎて創作時間も無くなってしまって、、、

作りたいものがあるのに作れないのって私にとっては羽のないエルフィン?耳のないうさぎ?みたいなものなんです。

というわけで、そうお察しのとうり、申し訳ございません。翌々年の2006年にお店は閉店、

再びのごめんなさい。

そんなこんなでアラフォー、人生の前編を終えたのでした。 ・・・つづく


追記、思い返すと、若気の至りではすまされない、お恥ずかしいほどのバタバタの歴史ですが、人生後半のプロフィール2は、ゆっくり、のんびり、丁寧に海辺の田舎町で暮らしている様子をお話しします。うふふっ (ホントですってばぁ)


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還暦を迎えた小野みきの回顧録のノートです。 10年前に伊豆半島の最南端、小さな海街に引っ越してきました。色々思い出しながら書いてみなすね。