ピース・オブ・イレギュラー
前回はロサンゼルスタイムズについて書きましたが、全ての依頼が記事のようにスムーズに終わるわけではありません。今回は自分にとってイレギュラーだった依頼4件を、忘備録的な意味も込めて書こうと思います。(と言ってますが実際はクライアントあるあるです。天上人の先輩方は後輩の失敗を暖かい目で見てください。)今回も長いです。7500文字あります。
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りんご事件
「ロサンゼルスタイムズに載った私」に書いた記事の後も、有り難くロサンゼルスタイムズからの依頼が続いたのでどんどんこなしていった。そしてとある月曜日に念願だっだFOODセクションのカバー(一面)イラストの依頼メールが届く。
「私の名前はXXXXでロサンゼルスタイムズのデザイナーをしています。あなたが私達のフード・セクションにカバーイラストを提供できることは可能ですか?内容については果物の民営化、新しい品種の作り方の行程、マーケットや販売について。フローチャート風+スポットillos(アメリカ特有のillustrationの略名)を使って流れを説明したいの。完成品は来週の月曜日、スケッチは今週の木曜日まで。予算は500ドル。可能なら詳細を送ります。」
と来たのですぐさま「ぜひお願いします!」と返事をし、詳細、記事、参考画像、テンプレート、契約書3枚と共にADのラフ案が送られて来た。
ふむ。これは結構難しいぞ。今まではどっちかというと、記事の雰囲気や内容の描写などコンセプト重視のイラストを提供してきたが、今回はより論理的な構成のインフォグラフィック的なアプローチを取るように依頼された。そして記事の内容も、果物づくりに影響を与えた歴史的事項がずらりと並んでいて、これを1枚にまとめるの大変そうだなぁ、と頭を抱える。さらにイラスト内にテキストを挿入する必要があったのだが、私が書くのか向こうが書くのかがわからなかったので、その点についての質問と共にスケッチを送った。
(最初のスケッチ。ADが送ってくれたラフ案を元に作成。)
要約:「今の所良い感じだわ!文字の指定はこちらから後ほど送ります。構図に関しては線を増やしたり、「スタート」と「エンド」の項目を足したり、ヘッドラインのスペースを忘れずに、四分割にして見やすくし、もう少し落書き的要素を増やしてみてくれないかしら?質問があればいつでも聞いてね。」
(向こうが送ってきた修正後のスケッチ。)
との事なので、先方の要望を具体化するため、計7回ほど調整を加え(加色したり、配置を変えたり、文字を描いたり)、5日後には完成品を送った。
(完成品)
この後、納品の受領報告がなかなか届かないので、忙しいのかな?と思いつつ2日経った頃の夕方、1通のメールが届く。その内容は「大変申し訳ないのだけど、最初から描き直しをお願いする時間はあるかしら?私の編集者がこのままだとやはり読者が分かり難んじゃないかと悩んでいるの。追加料金は$200ドルでスケッチは明日のお昼まで、3日後の昼までに完成できるかしら?」とのことだった。
ボツだ。土壇場で、か、描き直しキタ〜!!どひぇ〜!
と狼狽している時間はないので、色の変更や新しい構図の方針を確認する。色は前回と同様で、りんごの木や枝にフォーカスにしたイラストが欲しいとのこと。ちなみに私はこの時友人と旦那とサンフランシスコ旅行に来ていて(スケジュール的にはもう終わっているはずだった)、とても焦っていたのを覚えている。仕事道具は念のため持参していた。良かった〜〜!
(シルエット重視やリアルに寄せたものなど多種類のスケッチ。)
そして「全部素晴らしいわ!その中でも私は4番が一番素敵だと思う。私のスケッチを送ったから構図をこのように変えてくれると嬉しいわ。最終PSDも送ってね、いくつかの林檎をスポットillosで誌面内に使いたいの」との返信が。
(ADのスケッチ。毎回送ってくれるのでものすごく助かっている。)
そして私は指示通りに構図を直した。しかし、線画の指定がなかったので何種類か(これは必要ではないのですが、私は色んな線を描くので確認のため数種類描いて見せてます。)描いて提出。1番でGO!とのこと。
完成品、〆切2日前。納品。スケッチ通りには描いたけど何かが自分の中で引っかかる。何かが足りない。う〜〜ん。なので急いで描き直しをして向こうから返事が来る前に提出。お願い、こっちを選んでくれ〜!と神に祈る。
(再提出物。線と線の間を抜き、全体的に雰囲気の温かみを増やした。)
しかし、返事は「たくさん描いてくれて有難う!でも最初の方がいいわ。下記に請求書の詳細書いとくね。」とのことで、一週間後には元々の完成案が一面を飾った。初めてのカバーイラストが一面を飾ったのに、自分の中では満足してない出来だったので少し残念な結果に…そして最後の最後まで描き直しはあるかもしれないんだ、と身を持って学んだのである。呑気に仕事終わった!と旅行している場合ではなかった。紙に印刷されるまで油断はできない。
大学時代に先生がいつも「やりたくない画は絶対ラフ案には入れるな!絶対だぞ!できるからって好きじゃないものを入れると大抵それが選ばれる。クライアント全員のセンスが良いとは限らないんだ。そしてそのやりたくない絵を世の中に出してみろ、その後似たような依頼が来てずっと地獄が続くぞ」と言っていたのを思い出す(頭ではわかっていたのに〜!!)。
今回の件で言えば、歴史的な記事内容に合うよう、カスレ感のあるペンでハッチングを用いて描いたヴィンテージ風の案が私にとってのやりたい絵だった。しかし、時間がないと焦ってしまい自分の画力を最大限出すことが出来なかった。それに加え原寸大でラフ案を作っていなかったため、実際サイズに描いた時に粗が目立ってしまった。なんというケアレスミス。プロ失格だ。その結果、相手を納得させることが出来ないまま不本意な案が選ばれてしまった。タイムマシンがあるのならば、ラフ案へと戻って全て描き直したい。力不足だった。この後悔は絶対に忘れない。
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高度な塗り絵
めったにない珍案件が届いたのは、クリスマス2日前のことだった。私はその時実家にいて(アメリカではクリスマスは一年の一大イベント!日本のお正月ぐらい大切!)、今年はもう仕事は来ないだろうなぁ、とは思いつつ、念のために仕事道具を持って帰省していた。ところがどっこい、どういうクリスマスケーキを作ろうかと家族と考えていた時、携帯にロサンゼルスタイムズから通知が来た。ここで仕事道具が役立つこととなる。
「ちょっと珍しい案件なんだけど、仕事できるか?」と聞かれ(え〜〜クリスマス直前なのにやだよ〜〜実家でゆっくりモードだし〜)と思いつつ、仕事を断れる立場じゃないので、「はい!できます!」とすぐに返信した。
内容としては、高度な塗り絵だった。当時体調不良だったJason Polan氏が線画は完成したが、色塗りをできる状況ではないので、代わりに色を塗ってくれということだった。予想外すぎる案件だ。色塗りだけで報酬$400ドル?
ロサンゼルスの風景に空を飛んでいる車の線画、そして夕日のレイヤーが別になっているPSDと色の参考画像が数枚が届く。色は寒色と暖色の2種類のバージョンが欲しいとのことだった。線画が昔のアメリカ漫画みたいな雰囲気なので、参考画像をベースにしながら他の色合いを試しながら地道にバリエーションを出す。
(5種類のバージョン、配色が難しかった。ポップなLA感をプッシュ)
送ったこところなんと、「全部良いね!全ファイル送ってくれないか?」と聞かれる。しかしADが送って来た線画(1000px)は高画質じゃなかったので、「お時間のある時に高画質の線画を送ってくれれば、新しい線画を色の上に置き直してファイルを送ります!」と返事をした。
しかしその後「本人に高画質版の線画を送ってくれるよう頼んでいるんだが、どうしても体調が悪くて無理のようだ。なんとかしてくれないか?」
な、なんとかって…
しかしながら、色も塗れないぐらいの状態なんだからしょうがないか…「なんとかします。」と返事をし、線画を原寸大(8000x4000px)に引き伸ばし、レベル補正などで調整して線画を抽出。そして完成している色のレイヤーに線画を乗算。完成品を送ったのは24日の朝だった。と思われたが数時間後には修正点がいくつか送られてきた。(え〜んクリスマスケーキ焼かないといけないのに〜!)と思いつつ、ケーキ作りは旦那と母親に任せて私はせっせかと修正をした。(結局ケーキはブッシュドノエルをリクエスト。)
「LK、ファイナルは下記の色でいくことにした。そこで修正点をいくつか。ツリーの星を黄色に、オーナメントを赤青黄色に。止まれのサインをもっと赤くして、文字を白に。道路の線の縁をグレーか暗い色に。白いところを薄く色と差し替え。車のミラーをパステルグリーンに変更してくれ。」
(修正後の完成バージョン。)
送信した後に「これで大丈夫ですね?もう修正はないですか?」と聞くと「有難う!素敵なクリスマスを楽しんでくれ!」とのことだったので、この後は料理作りに復帰し、翌日は無事に家族団らんでクリスマスを楽しむことが出来た。
2日後には新聞が世の中に出たので、近くのラルフス(スーパー)に買いに行った。そしてJason氏からもお礼の言葉が届き、私たちの合作がインスタグラムにも載っていた。「リサ、美しい色を有難う。」「楽しい塗り絵を有難う。体調良くなることを願っています。」と短いやりとりをした。
(線画 Jason Polan 色塗り わたし)
それが彼と話した最後の会話になってしまった。
1ヶ月後の1月27日の朝。ニューヨークタイムズを見ていたら見覚えのある名前の訃報が流れてきた。いや。ちょっと待って、彼じゃないかもしれない。ただの同姓同名の人なだけかもしれない。鼓動が早くなる。
「Jason Polan, Fast-Drawing Artist of the Offbeat, Dies at 37」
彼だった。死因は 癌。私の知識不足だったのだが、彼はニューヨークでは「EVERY PERSON IN NEWYORK」と言うプロジェクトで有名なブロガーで、地元民にとても愛されているアーティストの1人だったそうだ。そんな人が37歳の若さで。癌で。最後の最後まで絵を描こうとしていた。
ふと考える。私も死に際までペンを握れるのだろうか。
自分だっていつペンを持つことが出来なくなってもおかしくない。そしてもし、自分が体調不良になって仕事が続行不可能になった場合、他の人に影響が出てしまう。そうなると、私もクライアントの手間を減らすために準備をしておくべきなのか?スムーズに引き継ぎができるよう、予め信頼の置ける友人・同業者に説明をし、引き継ぎリストでも作っておいたほうが良いのだろうか。それとも死を想定しながら仕事をするなんてでも不謹慎だろうか。でも死なんていつ来るか分からないんだ。うーん。自分はどうするべきなんだ。ともやもやモードに入る。
Jason氏は今までニューヨーク中の人々を描いてきたように、今では天国中の人々を描いているのだろうか。ブログの紹介文に「When the project is completed we will all have a get together」と綴られているように、向こうでみんなと集まって楽しい時間を過ごせているだろうか。
私はそうであって欲しいと願っている。
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ぽっちゃり疑惑
最近あった小ネタを2つ。先週の話であるが、私はロサンゼルスタイムズに鳥のイラストを10枚提供した。期限は一週間、予算は500ドルの依頼。資料は向こうが指定して来たリンクをメインに参考写真を集めた。ラフ案、ファイナルも通り、完成版PSDを送った後のこと。
ADから電話がかかって来て「Gold Finchの資料リンクを送ってほしい。」と言った。意外だった。私は著作権侵害でもしたんだろうか?画像はちゃんと向こうが指定して来た著作権フリーの野鳥写真サイトを参考にしたのに?早とちりして冷や汗を書く私。彼に何故かと問うと「編集者が『この鳥は太り過ぎじゃないか?もっと細いだろ』って疑うんだ!実際の写真を見せて黙らせたい。」とのことだった。なんだ、良かった〜
American Gold Finch。日本語でオウゴンヒワというスズメ目アトリ科に分類され、全体的に黄色く黒いおでこと羽を特徴に持つ可愛い鳥である。
(Google検索)
(私のイラスト)
確かにググると細いのからぽっちゃりめのとふた通り出てくる。遠目から見ると確かに私のイラスト上のGold Finchはぽっちゃりめだ。写真のリンクを送り、彼に「Liquifyして細くしますか?私はこのままの方が可愛いと思うんですが。」というと「いやいやしないでくれ!俺もこのままの方が可愛いと思うんだ!ちなみにこの後もあれこれ言われたら面倒くさいから他の鳥の資料リンクも全部送ってくれ。」と言われた。
しかしリンクを集めている間に1つ問題にぶつかった。他の9種類はちゃんと指定されたリンクの画像を参考に描いたのだが1羽だけ、元にした写真がどこから引っ張って来たのかわからなかったのだ(念の為指定されたサイト以外からも参考写真を集めていたため)。
ググって画像検索しても似たような写真は出てくるが、何故か元の写真が出てこない!パソコンの検索履歴を辿り、心当たりは全て探したが結局見つからずじまいだった。なので似た構図のリンクを送った。鳥なので構図もポーズも似ているものが多い。ネットから画像を引っ張ってくる時はちゃんと気をつけて整理してたつもりなのに!不覚。こういうことが起こる可能性もちゃんと頭の中では配慮していたつもりだったのに!所詮「つもり」じゃだめなんだ。言い訳だ。以後肝に銘じ、更に気をつけるように、自分。
(完成された記事。依頼されたイラストが縦長の場合、オンライン版のサムネイル用に横長バージョンで作ってよ!とたまに言われることも。そういう時は結構自由に作らせてくれるので↑のように可愛くしたりする自分。)
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メイソン・ジャー
数日後、AD(以下S)から私が以前描いた「サワードウ生地の作り方」記事のラフ案をまた見せてほしいとのメールが届いたのですぐさま送った。
この依頼はすでに終了しており、1番の構図でファイナル版を納品してオンライン記事にも載っている。それなのにまた見たいなんてなんでだろう?と頭を傾げた。(というか過去メールを辿ってくれ…)
数時間後、午後3時頃。
Sから「M(他のAD)が3番のファイナル版を今夜か明日の朝までに欲しいそうだ。できるか?ちなみに3:2Ratioでお願いしたい。予算は少なめだが多少払う。」と来たので「了解しました。3番はこのまま変更するところはなく進めていいんですね?」と返事を送る。すると次からはMから返信が。「リサ、あと1番のスケッチのサワードウ・ジャーを分離させて欲しいんだけどできるかしら?そして『サワードウ・スターター』と描いて欲しいの。少なくて悪いんだけど、予算は50ドルでお願い。」
ぶ、分離??(isolateと書かれていた)
ということは。スポットイラストとして単体用に描くということ?それとも画面内で孤立しているように描くということか?もしくは二つの構図を合わせるってこと?ん?結局どういうことだ??
普段は英語に困らないアメリカ人の私だが、今回ばかりは2人が言葉足らずなのか、はたまた私の理解力が追いついていないのか。どちらか分からないのでとりあえず第三者に見てもらうことに。英語ができる旦那にもメールを見せ、2人で彼らの言葉の意味を解析。
私が出した結論は、彼らが求めているものは2枚。
①3番のファイナル版
②スポットイラスト用のジャー
一方で、旦那は1枚のみ。
①1番のジャーを単品
どちらも納得が行かなかったので、同業者かつ頭脳派友人達が集まるグループチャットにメールを投下し、意見を聞いた。
「予算は50ドルなんだから2枚はあり得なくない?」
「でもスケッチを少し直すだけでいいんだから可能性は否定できない」
「というか説明が雑すぎて分からない」
「単体ジャーを3番に持っていくこということじゃないか?」
「それは間違っていると思う」
など、皆も混乱しているようだった。
なるほど。頭脳組でも意図が読めないか。なので私は安心してクライアントに聞くことにした。私だけならまだしも他の誰も分からないのであれば、向こうの言葉・説明不足のせいだ。しかし「どういうことですか?」と聞くのも二度手間なので、私が「こうですよね?」と思っていることを書いた。
なので「M、了解しました。あと確認なのですが、3番のファイナル版と1番のジャーを単体で、合計2枚を描くんですよね?」と聞いた。
するとMから「そうじゃなくて1番のジャーだけでいいのよ!単体だけ1枚必要なの。色のついた背景に置くだけだから。あとついでに色のついたシンプルな背景もいくつか作ってくれたら嬉しいわ。」と返信が。
き、聞いて良かった〜〜!
いらん仕事をするところだった。なんとまぁ変な依頼なんだ。しかし絵の使い回しなんていいのか?過去にイラストから切り取ったのはバレバレじゃないか?いっそのこと最初から描き直そうか。いやでもそう指定されてない上にギャラは50ドルだけだし…。とりあえず描き足しをし(元のイラストではジャーの下半身が切れてるので)、背景用に数種類のテクスチャを混ぜ、Mに「背景は素材用としていくつか送ったので色を変えるのも良し、切り取って組み合わせるのもそのまま使うのもご自由にどうぞ。」と送った。
(記事が無くて内容の雰囲気が分からなかったので、どんな記事でも使えるよう明るめのピンク、少しアンニュイの水色など数種類の背景を添付。)
すると数日後にはオンライン記事でADがカットアウトして使ったであろう背景と私のサワードウ・ジャーが載っていた。良い感じだ。それにしても今回の件はすぐ相談できる同業者の友人達がいて助かった。これからも仲良くせねば。そして良い加減そろそろロサンゼルスタイム、定期購読しなきゃな。
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以上がロサンゼルス・タイムズ関連の自身の失敗談というか、注意喚起(?)までいかなくても、こういうこともあるからちゃんと全部全力でやりつつ準備はしっかりしようねっていう話です。まとめていたら結構長くなってしまいました。自分への戒め記録です。これからも頑張ります。次こそは短くて読みやすい記事を書こうと思っています。
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