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のんびりする罪悪感

三寒四温、寒い日がまだまだありますね。
先日は用事が多くあった日でしたが
寒いわ雨降ってるわで急がないことは全部やめてしまいました。

それでずっと暖かい部屋でぐうたらしてたのですが
そんな日って一日の終わりにすごく後悔したり反省したりしてしまいますね。
良くない一日だった。。。
もったいない一日だった。。。と。

そんな公開で一日を締めくくると
それこそ無駄な一日であったと決定づけてしまうことになります。

では、どんな一日の過ごし方をすればマルをつけてあげられてるのかというと
やろうと思ったこと、やらなければならないことを効率よくこなした一日であること、これを理想としているのだと思います。

生産性と前進の実感が欲しいのですよね。
”何をやった”という実感がないと堕落と感じる。
そして罪悪感までうまれる。
ものすごい貧乏性ですよね(笑)
じっとしてると不安に駆られちゃう。

こういう性格の人、わりと多いのではないかと思います。
のんびりすることを堕落とみなす自虐性がある人です。

止まると死んじゃう魚っていますよね?(笑)
あれと同じで、動きを止めると思考も心もストップしちゃう性分ですね。

性分なので仕方ないのですが
それを自覚しないと自虐がつらいですよね。
立ち止まってもいいのだと自分に許可すること、
立ち止まったとき自虐する傾向があるということ、それらを自覚することが大切かと思います。

堕落ではないはずなんです。
そういう方って人一倍せかせかと動き回ってるはずですから
たまに電池が切れたようになってちょうどいいはず。

雨の日にぐうたらしてた私の話に戻りますが、
あの日はたまたま休みで
用事も先送りできるものばかりだったし、
ものすごく寒い日に自宅で過ごせてラッキーだったわけです。
おまけに面白い映画もみられた。
・・・最高ですよね?
それなのに、ダメな時間だったと後悔してしまう。

あー 今日はラッキーだったなー^^
たっぷり充電できたなー^^
と、満足して終えることもできるのに
わざわざ気分を落として後悔と反省で締めくくってしまう。

それこそが無駄であって生産性がないですよね。

ずーっと四六時中ぐうたらしてるなら別だけど、
生き物だから、活動の時間と休息の時間がありますからね。

休のを時間を責めるのはおかしいことなのに
自分の中に休息を罪とする意識があるからそうなっちゃう。

自分の弁護してるわけじゃないですよ(笑)
ストップすると死んじゃう魚タイプの人、わりと多くいらっしゃるのでつぶやいてみました^^

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