白い毛を持つナナのお話

ナナという、白い毛を持つ生き物がいました。

ナナはひとりぼっちで臆病で、同じ白い毛をした誰かと過ごしたいと思っていました。

あるときナナは、「白い毛を持つ生き物の街」に引っ越しました。

白い毛を持つ街の長はナナにこう言いました。
「ようこそナナさん、白い毛を持つ生き物の街へ。ここの人たちはみんな白い毛ですから、黒い毛や茶色の毛にいじめられることはもうありません。きっと楽しく過ごせるでしょう。」

ナナはそこでたくさんの白い毛の生き物を見ました。
大きい生き物、小さい生き物、毛の長い生き物、毛の短い生き物
おのおの、毛の白さも全く異なりました。

しかし、その街では「もっとも毛が白い生き物」がえらいと言われていたので、クリームのような毛をしたナナは嘲笑われてしまいました。

ナナという、クリーム色に似た毛を持つ、角が生えた生き物がいました。

ナナはひとりぼっちで臆病で、同じく角が生えた生き物と過ごしたいと思っていました。
ナナをいじめる、美しい白い毛の生き物たちには角が無かったからです。

しばらくしてナナは、「角を持つ生き物の街」に引っ越しました。

大きな角を持つ、街の長はナナにこう言いました。
「ようこそナナさん、角を持つ生き物の街へ。ここの人たちはみんな角があるので、角がじゃまだと思われたり、角を傷つけられることもありません。きっと楽しく過ごせるでしょう。」

ナナはそこでたくさんの角を持つ生き物を見ました。
1本の角、2本の角、それより多くの角、太い角、細い角。
おのおの、角の巻き方も全く異なりました。

しかし、その街では「もっとも角が大きな生き物」がえらいと言われていたので、細く巻いた角が生えているナナは見下されてしまいました。

ナナという、クリーム色に似た毛と、細く巻いた角を持ち、4つの目を持つ生き物がいました。

ナナはひとりぼっちで臆病で、同じく目が3つよりたくさんある生き物と過ごしたいと思っていました。ナナをいじめる、大きな角の生き物は目が2つしか無かったからです。

ナナは「目がたくさんある生き物の街」を見つけ、引っ越しました。

額の目にすべてを見抜く力を持った街の長は、ナナにこう言いました。
「これまで大変でしたね、ナナさん。ここでは見た目でなくあなたの持つ力が重要なのです。きっと楽しく過ごせるでしょう。」

ナナはそこで目にさまざまな力を持つ生き物たちを見ました。
未来を見る額の目、遠くを見る両手の目、どの方向も見渡す体中の目。
おのおの、自分の力を使って街が良くなるよう心配りをしていました。

しかし、その街では「もっとも街に貢献した生き物」がえらいと言われていたので、光るだけの目を持ち歌って過ごすことが好きなナナは次第に軽蔑されていきました。

ナナという、クリーム色に似た毛を生やし、細く巻いた角と、夜に光る4つの目を持っている、歌うことが好きな生き物がいました。

ナナは一体次はどこに行ったらいいのだろうと悩んでいたところ、「歌うことが好きな生物の街」がやってきました。

ひときわ大きな声をした街の長は、ナナにこう言いました。
「見た目だとか、出来ることだとか、そんなくだらないことに拘るなんて!こっちに来いよ、好きなことをして過ごすんだ。きっと楽しく過ごせるぜ!」

ナナはそこで自分の思いを歌にする生き物たちを見ました。
大好きな相手についての歌、初雪を祝う歌、食事に感謝する歌、悲しむ歌。
おのおの、好きなように表現していました。

しかし、その街ではいかに素早く思いを歌にできるかが重要だったので、自分の心を覗いて考え込むナナは「間が悪い」と言われ、他の住民と疎遠になってしまいました。

ナナという、クリーム色のような毛と細く巻いた角と夜になると金色に光る4つの目を持ち、歌うことが好きで、ひとりぼっちの生き物がいました。

ナナは、何回も引っ越しました。
考え込むことが好きな生き物の街、長い毛の生き物の街、耳がとがっている生き物の街、蹄を持つ生き物の街、爪が緑の生き物の街、そばかすがある生き物の街、瞳孔が横向きの生き物の街、冷たい水が好きな生き物の街、白くて丸い石が好きな生き物の街、燃える火を見ることが好きな生き物の街、文字が書ける生き物の街、固い木の実が嫌いな生き物の街、一人で寝ることが大嫌いな生き物の街。

さいごの街で、角がじゃまだと言われ一人で寝ないといけなくなって、ナナは急いで他の街を探しました。

しかし、その時にはもう周りに引っ越せる街が無いことに気付きました。

ナナは悲しくなりました。

ナナはただ誰かと一緒に居たかっただけなのです。
いいえ、正確には、
毛が白いこと、その白さがクリーム色程度なことで嘲笑せず、貧弱な角だからと見下さず、光るだけの目に失望せず、音楽が思いつくまで待っていてくれて、考え込んでばかりでなく会話もでき、毛を切ることに反対せず、耳の長さが足りないことを恥じないでよく、蹄の手入れを一日中してぴかぴかにしなくても気にしない、爪がどんな色でも気にせず、そばかすが鼻の周りにしかなくても描くよう言ってこず、瞳孔が暗闇で縦に開くことで仲間から省かないで、冷やした井戸水以外を飲んでも叱ってこず、拾った石の白さと丸さをいちいち競争せずに済み、「火の明るさだけが欲しいのに、目が明るい」と文句を言わず、書いた文字の美しさを批評してばかりでなく、固い木の実が好きな生き物を槍で追い払わず、角があっても一緒に草のふとんで寝てくれる、
そんな誰かと一緒に居たかっただけなのです。

ナナはとぼとぼと歩いていき、柳の木が一本だけ生えている、小川のほとりにたどり着きました。

大きな荷物をほどき、1つずつ地面に並べていきました。

暖かいにおいのする草のふとん、一番赤くて甘くてやわらかい木の実がなる苗、美しい文字が書ける筆、火打ち石、まん丸で白い石、入れると水が冷えるコップ、たてがみの蛮族に変装するマント、そばかすを刺青するインクとペン、爪や石の色から不思議なインクを作り出す道具、蹄を強くする靴と手入れの用具、耳の形を良く見せるアクセサリー、毛を梳かす上質な櫛、考えたことを書き留めるノート、どんな音も出る笛と太鼓、目の力を強める石、角にまきつけて大きく見せる蔓、毛をきれいに白くするせっけん、それと、テント、ランプ、それぞれの街で買った洋服。

たくさんのものが出てきました。

そうしていると、あたりはもうすっかり暗くなっていました。

柳の木の下にテントを張り、ふとんを敷き、水を汲んで、眠りにつきました。

朝になるとナナは、柳の近くに苗を植えました。その木は冷たい水で良く育つので、川からコップで汲んで水をやるとみるみるうちに育ちました。
毛をきれいにするせっけんと手入れの櫛を一緒に使うと、クリーム色の毛は白金のように輝きふさふさになりました。
耳にかざりを、角に蔓を付けると、とても綺麗になった気持ちがしました。
蹄を手入れしていたので速く、長く走れるようになり、たてがみの蛮族の変装も目が光るおかげでずっと遠くから追い払うことが出来ます。ナナは安全に暮らせるようになりました。
ナナの爪からは「風に乗る」インクが採れるので、それを下の目に、目の力を強める石でできたインクを上の目に塗りました。

ナナは別人になったように思いました。

一人でしたが、じっくり考え込んでは筆でノートに書き留め、歌にしたいことを貯めていました。
夜になれば火打ち石で焚火をして、ぼうっと眺めていました。

そんなことをしてしばらく過ごし、ある時ナナは思いつきました。

「ナナのまち 川のほとりの一本柳にあります 誰でもお待ちしております」

ナナはノートにこう書いて、風に乗せてほうぼうに飛ばしました。

ナナのちらしは遠くまで届いたのでしょうか。
風に乗って遠くまで届いたのでしょうか。
3カ月のあいだ、ナナのまちには誰も訪れませんでした。

4カ月がたって、ナナのまちに一匹の生き物が訪ねてきました。

「こんにちは、ナナさん。私をここに住まわしてください。」

角のない、茶色い毛の小さな生き物でした。

ナナは小さな生き物との生活を楽しみましたが、寒い時期になるとその生き物は引っ越していきました。

吹雪の日には、黒い毛の大きな生き物がやってきました。

でも暑い時期になるとその生き物は引っ越していきました。

そうやって、時には1人で、時には100人で、ナナは暮らしていました。

長い年月がたって、とうとうナナのノートに書くすきまがなくなってしまいました。
木は実をつけなくなり、角はぬけ毛も少なくなりました。
刺青も筆も、もう使い物になりません。笛を吹いたり、太鼓をたたく力も残っていません。蹄も削れて、速く走ることはもうできません。
コップは割ってしまい、火打ち石も困っている生き物に渡したのでもうありません。
白い丸い石は、昔に出会ったすばらしい生き物に渡しました。

ナナはすべて失くしてしまったのでしょうか。

ナナの手元には目の力を強める石と、インクを採る道具、たくさんの言葉が書かれたノートと、緑色の爪が残っていました。

柳はずっとナナのそばに生えていました。

それからまた2つ季節が変わりました。

あるとても晴れた日のこと、ナナはとても心地よく目覚めました。

ナナはノートを読み返し、楽しい歌、悲しい歌、やけになった歌を見つけました。
さまざまな生き物たちが残した、たくさんの歌を見つけました。
白い石をあげたすばらしい生き物にもらった「ありがとう」の言葉を見つけました。

ナナはインクを作る道具を取り出し、爪の緑が無くなるまでたくさんのインクを採りました。

「風に乗る」力のインクは、びんに一杯取れました。

そのインクを指にとり口元にのせました。
その次に柳の枝をとり、それを使って体中にインクで模様をかきました。
目の力を強める石を粉にし、4つすべての目にのせました。
蹄にもインクで描いたところで、いちばん好きな服に着替えました。
その服は、白い石のお礼にもらった、真っ白でレースがたっぷり使われた美しいものでした。

そして柳で冠をつくり、ナナは歌いだしました。

ナナの体は風のように軽やかになっていました。

楽しい歌、悲しい歌、自棄になった歌を歌いました。
さまざまな生き物たちが残した、たくさんの歌を歌いました。
訪ね人一人一人を思い出しながら歌いました。

歌い続けて、気付けばあたりは暗くなっていました。

それでも歌いました。
さみしい歌、怖い歌、暗くて心地よい歌を歌いました。
ナナの目は黄金に輝き、川には星のように映っていました。
そうしてナナは、最後の歌を歌いました。
ひとりぼっちの歌を歌いました。

ナナはナナの街にいました。
大勢の人が来て、去って、時にはひとりぼっちになりました。
すばらしい生き物と出会ったときも、気付けばナナは一人になっていました。
それでもナナはもう寂しくありませんでした。
ナナにはナナの街がありました。
ノートを開けば、たくさんの人とまた会うことができました。
柳があって、川がありました。

ナナはそんな歌を歌いました。

歌が終わるとき、朝日がのぼってきました。

ナナは思いのすべてを風に乗せ、金色の光に消えました。

ナナの歌は遠くまで届いたのでしょうか。
風に乗って遠くまで届いたのでしょうか。

今はその柳だけが残っています。

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