G.F.Hendelに育てられていた話

私の母は、私が小学校に上がるころまで毎晩子守唄を歌ってくれた。
だいたいレパートリーは2曲で、当時の私は「ぴあちぇーるだもーる」と「らーしゃーきおぴあんが」だと記憶していた。
後者の方が、音があからさまに高くなっているわけではないのに盛り上がっている風に聞こえてすきだった。
途中から私も空耳で覚えて歌っていたなぁ。

中学生に上がって、父の実家で同居しだすと、調律の狂ったアップライトピアノが自由に使えるようになった。
そこで、母が高校の頃使っていたイタリア歌曲集を引っ張り出してきて、主に私と母とで発声練習をしたり歌ってみたりした。
腰を入れて練習したのは、音楽の教科書に載っていたものも含めると「Piacer d’amor」、「Star vicino」、「Caro mio ben」、「帰れソレントへ」、「サンタ・ルチア」、「女心の歌」、「リベラ・メ」あたり。
母がピアノを弾きながら歌って聴かせてくれたのが、「Ombra mai fu」。長く伸ばす音符でひたすらクレシェンドして、ただ、強く大きくではなくてやさしく愛情に溢れるような音で、すごいなぁと思ったのをおぼろげに覚えている。

大学に入って、聖歌隊を見に行って、初めて歌ったのは確か…「O thou the tellest good tiding to Zion」か、「For unto us a child is born」か…
周りに歌いたいから歌っている人に囲まれている環境、
反響した音で包まれる感覚、
4声がかわるがわるメロディを歌い、溢れるばかりの喜びが曲になっているように聞こえた。
まるでミュージカルに出演しているような、そんな気持ちになれた。
「神の御子がお生まれになった!」「何と喜ばしい…」という人間の声、「いと高き所では神に栄光、地には平和が、善意の向かう人々に!」という天使の声、その全ての役を演じる聖歌隊。
この時に初めて、G.F.Hendelの名前を知った。そしてメサイアに一目惚れをして、楽譜も買った。
ヘンデルさんなんて全く知らなかったけど、こんないい曲があるだなんて、世間は広いなぁ、と思っていた。

本当にそう思っていた。

ごく最近、「Ombra mai fu」も「Lascia ch'io pianga」も、ヘンデル先生の作品と知った。


つまり、どうやら私は、生まれてすぐからヘンデル先生に惚れていたようだ。

買うか、アリア集。

ここから先は

0字

この記事は現在販売されていません

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?