はじめまして、リクリと申します。 思考することが好きな人です。 物事や言葉の定義、人の感情、行動、思考などを多角的に観測し、問と解を繰り返していく。 その結果を記録として残したい。 この画像、実は"コップ"です。 底の方から見ると六角形の宝石の様。 見方を変えるだけで、全く別なものになります。
「ヤツらはずる賢く、弱者を見つけてはエモノにする。狙われないために必要なのは、強い心と体?いいや、派手で強そうな仮面と人匙程の狂気があれば十分さ。」
「静かで暗い部屋でしか見えないものがある。弱々しいキャンドルの明かりや自分の心、オバケの友達とかね。」
「錠剤は夢の世界への切符。しかし、あまり遠くへ行ってはいけないよ。帰れなくなってしまうからね。」
「気の抜けたコーク、しけたポップコーン、何も映さないテレビ。寝落ちた夢の先は、寂しさ漂う夜ふかしの名残。」
人は、その内にペットを飼っている。世話をするのも、躾をするのも飼い主の仕事。
この世には魔法なんてものはないって?そりゃ嘘だ。みんな隠したがってるだけさ。意味もない言葉を聞いててゲラゲラ笑うことだってある。キラキラした星の輝きを見てなぜ綺麗だと思う。音楽を聴いただけで涙が止まらなくなることもある。逆に生きる活力が生まれることもな。でもそれらは何がしかの理由がついた生理現象だと片付けられる。学者というのは非科学的なものを認めないのが仕事みたいなもんさ。信じる信じないものおまえさん次第。このおれが布団から抜けることができないのも、再び眠りにつきそうになって
あ、生きています。
花言葉。おれは、あれが好きじゃなくてね。随分とお綺麗で愛に満ちた花言葉は、朝露が降りたみたいに世界を輝かせてくれるかもしれない。だが、そうじゃないものもある。意地の悪い人間達が作り出した汚ねぇ花言葉だってある。随分と酷いことすると思わないか?それをなんの罪もない無垢な花に押し付けて、他人に送って、涼しい顔をしやがるんだ!おれみたいに学のないやつなんかは、見てくれが綺麗な花を贈り物にするのさ。その花に、洗い立てのシーツのように真っ白な平和や、飴細工のように繊細で甘い愛を込めたと
僕はいろんな人の悩みを聞き、その悩みを解していろんな視点を提案してきた。物の見方は一つではない。考え方も一つではない。そう唱えながら、その人という唯一無二の鍵穴に刺さる言葉を、鍵束の中から選び、試してゆく。これがハマった瞬間は僕も嬉しい。彼、彼女たちも嬉しいと思ってくれてると思う。 しかしながら、少し物申したい。そのケアはパートナーがすべきではないか?と思う瞬間があるのだ。自分も大変ではあると思うが、普段から享受するだけの側であるなら考えをあらためてもらいたい。パートナーと
BUMP OF CHICKENのプラネタリウム。これは恐らく叶わなかった恋の話なのだろうか。そういうことにしておこう。それを聴きながら先ほどまでの出来事を思い返す。 以前、僕には好きな人がいた。しかしながら、その彼女に僕は届かなかったのだ。そして、ギクシャクしながらもなんとか友人へと戻った。友人のいない僕の唯一の友人である。その彼女との通話が先程の出来事。 数時間にも及ぶ、ただの雑談。いや、恋愛相談か。なぜ僕は、振られた相手の恋愛相談に乗っているのか。実に不思議な話である
知識というものは使ってこそ、"より”輝くと思う。 では使うとはどういう意味か。間違っても専門用語をひけらかして知識マウントを取ることではない。 相手に対して、分かる様に使うのが知識の正しい使い方だと思う。知らない人には分かる様に噛み砕いて使う、知ってる人には話を要約するために専門用語を使うなど。TPOをわきまえて使っていきたい。
更新をサボっていたのでいろいろ書いてみる。 体調はまあまあといったところ。夜眠ることは容易い(眠剤あり)。朝もスッキリ起きれる。しかし、少しすると靄がかかったような眠気に襲われる。朝の寝過ごしはだいたいこいつが原因。体力は落ちたので軽く運動をしている。また、指に肉芽腫ができたため手術を受けた。抜糸はまだ先である。 メンタル面ではカウンセリングを受けている。順調に言語化できており、認知の歪みを正しているところだ。何もなかった日は失敗しなかった日。つまり成功した日という考え方
最近サボってました。まだまだサボりそう。
雲を焼く陽光が漏れて私を焼く。背負ったリュックが背中の汗を感じさせ気分が悪い。しかしながら、自転車で風を切れば爽快感が駆け抜ける。時は午前。まだまだ暑くなる夏の日。試練とも取れる面談を済ますため、落ちた体力を絞ってペダルを回す。まだ残る念な気持ちが唯一の安定剤。緊張は高まるばかり。乾くを潤すものはなく、上がる気温と体温を下げるものもない。コンビニに立ち寄り、土産の菓子とお茶を買った。そのまま帰りたい衝動を抑えて、まだまだ進む。 #エッセイ #ポエム
ただ、ただ、自分に失望している。 その場のノリでしかなかった言葉を信じた自分に失望しているのだ。そんな人間たくさんいたのに。 信じさせる言葉を吐かれて、それを信じた自分に嫌気がさしてるのだ。 その嫌な自分を自覚してしまうから、あの人の前に居るのが嫌になってきた。 信じた自分が馬鹿だった。馬鹿な自分が嫌いだった。