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【映画かよ。レビュー】ep28「ドグマ95」byトリッチ

映画かよ。は、是非見ていただきたい過去作品もたくさんあります!

今日はシーズン2より、ep28「ドグマ95」のご紹介です!
以前トリッチさんが、自分のインスタだけにアップしたレビューなので、今回オフィシャルブログに掲載してみましたー

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ep28「ドグマ95」by トリッチ

第28話「ドグマ95」が、めっちゃくちゃ好きです。

「打線組んだ。」にも入れたし、好きなエピソードベスト3に入るかもしれん。
ドタバタ楽しい映画ヲタライフを描く『映画かよ。』のシリーズの中では、ちょっと異色の話で、創作の苦しみの中で出会った、ちょっとしたおとぎ話的な雰囲気があって、めっちゃくちゃいい話なのです。

わたくしはよく「おとぎ話感ある」っていいますが、これは揶揄してるのではなく、まったくの逆で、「めっちゃくちゃ好みです」って言いたいのです。

わたくしはよく「おとぎ話感ある」っていいますが、これは揶揄してるのではなく、まったくの逆で、「めっちゃくちゃ好みです」って言いたいのです。

わたくしの言うところの「おとぎ話」とは、日常の中にふと口を開けた、エアポケットのようなゾーンで、日常とはちょっとかけ離れた、胸を打つ体験をして、ちょっと夢みたいだなと思いつつもまた日常とか現実に戻っていく、みたいな、そんな話。

そして、おとぎ話は、宿命的に「そう遠くない未来に手放す」ものであったり、手放したくなくても「するりと両手をすり抜けて去っていく」ものだったりします。

この、少し苦味のある、切ないようなさみしさも込みで、わたくしはおとぎ話をとても愛しています。

映画の『アバター』みたいに、永遠におとぎ話の世界で生きる決心をする話や、『リトルマーメイド』みたいに、おとぎ話の存在だったアリエルが、脚を持ち、人間界に来てくれて、人間としてこれからは一緒に住んでくれる、みたいな話も、まぁ好きっちゃ好きですが、わたくしは、「ふと出会う(もしくは迷い込む)」「得難き体験をする」「けれど宿命的に別れもしくは喪失が待っている」って感じのおとぎ話が好きです。

で、映画かよ。のドグマ95ですが。

ラースフォントリアーらが1995年に始めた映画運動「ドグマ95」を発展させた「ドグマ99」という規律に従って、映画製作をしている人たちがいるらしい、という、ほとんど都市伝説みたいな話があって、ミノルと楢川さんが、偶然彼らと遭遇してしまう。あっと思って追うんだけど、すぐ見失ってしまった。そんなような話を聞いた塩原が、彼らに会いたいと思っていたら、会うことができて、そこで食い下がって自分も参加させてもらうんですね。

塩原は、結婚などで人生のステージに変化がありつつも、映画を撮り続けているんだけども、スランプに陥って苦しんだりもしている。

で、ドグマ99のみんなと撮るうちに、めくるめく体験をする訳です。

ネタバレはやめとこうと思うんだけど、さみしさの残るラストがもう本当に好き。
塩原は、ああ言うことによって、ドグマの子たちが、彼らがやりたいようにやっている創作の世界から引っ張り出されてしまうことから、守ったんじゃないかなと思っている。
で、お名残惜しいけどじぶんは去った、と。

でも、「もぬけの殻だった」という塩原の(多分)ウソは、本当以上に彼ららしい幕切れで、とてもよかった。

ある日とつぜん「もぬけの殻」になった集合場所。そうして二度と会えないし、彼らの優れた作品も、もう二度と拝むことはできなかった、ってなるのが、彼らにはとてもよく似合うと思った。

彼らと行動を共にした思い出は、絶対にこれからの塩原の創作活動に、あたらしい趣を加えてくれるだろうし、同じ渋谷にいるのに、時空がちがうというか、別次元の渋谷の路地を這い回りながら映画を撮ってたみたいな気がして、塩原はずーっと覚えているだろうなと思った!

ああいう子たちがほんとに居て、あ、居た!と思って追いかけたらすぐ消えて、でも確かに、ちょっと時空のずれた渋谷の街で、あの子たちが映画撮ってるといいなーと思いました。

ドグマの子たちももちろん人間なのに、なんか不思議な存在の雰囲気があって、それでちょっと切ない出会いと別れの話で、まさにトリッチが好む「おとぎ話感ある」エピソードで、めちゃくちゃ大好きです。

実は「映画かよ。のドグマ95好き!」って人、語ろうじゃありませんか。来て!w


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