母は機械に 私は獣に

私の母は昔から同じことをよく言う。しかも自分は言ったことは忘れてしまっているのだ。誰だって昔話したことを忘れてまたしてしまうことは往々にしてあるだろうが、母はそれが多い。

中でも多いのが、「宇宙には空気がない」という話だ。我が家は家族全員オタクなのでアニメをよく見る。特にロボットアニメでは宇宙空間でロボットが爆発する描写も珍しくないのだが、母はそんなシーンを見ると決まってこう言った。

「宇宙空間には空気がないから、あんな風に爆発しないんだよ」

理屈はもちろん分かる。燃焼に必要な三要素の一つである酸素が宇宙空間にはないためだ。宇宙で爆発が起きるのは、もちろんフィクションだからである。

しかしこの話を何度も何度もするのである。耳にタコができるほどとは言うが、こればっかりはタコが潰れて出血してしまうかと思った。
数年前、似たようなことを母が言ったときに説教したことがある。ジョージ・ルーカスは「宇宙空間では爆発なんて起きませんよね?」という問いに「俺の宇宙では起きるんだよ」と返した。有名な逸話だが、今調べたら創作っぽかった。ちくしょう。ともかくこの話をして、「エンタメに現実の物理法則を持ち込むのは無粋だ」と説教した。その場では、母も分かってくれたと思う。

そして最近、ウルトラマンが宇宙空間で戦っているシーンを見ていたら、母がまたも言ったのだ。

「宇宙には空気がないからあんな風に爆発しないんだよね」

瞬間、私は大声を出した。ここで出さなかったら負けると思ったからだ。「そういう話をしたいわけじゃない!」と母の極めて現実的な意見を圧殺した。
そのあとの母は、ばつが悪そうな顔をしてはいたが番組が終わる頃にはけろっとしていた。ような気がする。

母はなぜ宇宙空間の爆発シーンを見ると同じことを言うのだろうか。まるでプログラムのように機械的に話す母に対して、私は獣のように論理を捨てて殴りかかるしかない。そのうち本当にボケたらずっとその話しかしないかも。そうなったら、こちらも本当の獣になるしかない。服を捨て、社会を捨て、そこには機械と獣しかいない。

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