2024/3/23のガム
どうも。ソラです。
あっという間に3月も終盤になってますね
僕はこのシーズンが1番苦手なんです
なぜかというと、、
肌荒れが体を蝕むから
特に手荒れがかゆいかゆいかゆい
寝てると猛烈な痒さで目覚め、気をつけてないとパックリ割れちゃうもんで
YouTubeの広告みたいに5秒見たらスキップしたいです
さてさて、ドジャースとパドレスのソウルシリーズが終わり、日本人選手の対決に沸いた!
かと思いきや、大谷選手の通訳の水原一平さんの違法賭博疑惑が俎上に乗せられ、後味の悪い展開に、、、
アメリカではスポーツ賭博は州によって合法か違法か定められているみたいで、アメリカらしいっちゃアメリカらしい
賭博自体が社会全体としていい悪いを論じるのはさておき、日本においても賭博に対する世間の印象は良くなっていると考えている
日本においてもスポーツくじやギャンブルのアプリが広告で現れることが一因である
つまり、ギャンブルに対する敷居がエンタメの同程度の敷居となり、一昔前の新聞やラジオを使って競馬の予想をする人達とは違ったターゲットを獲得している
僕はいわゆるギャンブルのビジネスに賛成の立場である
こんなことを言うと、依存症になってしまう人はどうなるんだとか、世間体の悪いものを推すなんてどうかしてるとか、批判的な意見もあるだろう
賛成の立場を取る理由は2つある
一つ目は、ビジネスとしてちゃんと成り立つから。顧客がペイした金額に対して、諸々の費用を引いて利益が残る分だけ確率を設定すれば、利益が残り、きちんと経営ができる。また、世間の手軽さを考えると、顧客の数は一定数存在するし、将来的に一気に減るとは考えにくい。また価格設定も顧客に委ねられているため、経営のほとんどはプロモーション戦略に集中できるため、ビジネスモデルを刷新せずとも、事業が簡単に拡大しやすいことも考えられる。
2つ目は、依存症の人のケアについては、最終的に個人の責任に帰結するからである。たとえば、お酒に依存してしまう状態になる人は存在するが、嗜む程度にお酒を飲む人もいて、飲酒することの自由とそれに伴う責任は明白である。依存症になった責任を企業に訴えたところで、個人の責任ですよねと門前払いを喰らうだけである。つまり、依存症になることは例外にならないため、認識が甘かったと説明せざるを得ないと言うことである。
思いっきり、論じてしまいまして、恥ずかしくなってきました。僕はギャンブルに毛頭興味がなく、総じて負けることがわかっているのでやらないと決めているため、蚊帳の外の意見だと思っていただければと存じます
僕から言いたいことは、ほどほどにした方がいいよという、つまらないガムになります。もう少し面白い話ができるように、やんなくちゃね
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