哀歌は、愛のことね。名曲『神保町哀歌』

例の「90円で買ったネギを奪われる初音ミク」のクリップをたまたま見つけたのをきっかけに、7月からアニメ『邪神ちゃんドロップキック』を観ています。

約1年前。第1期の第1話で脱落した、思い出の『邪神ちゃんドロップキック』。第1期第1話の「何の説明もないまま見知らぬ複数人がすき焼きパーティーをする」という内容に面白さを一切感じられず、すぐに観るのをやめてしまった作品です。同じ「ドロップ」が入る作品だったら『ガヴリールドロップアウト』の方が面白い……当時はそんなお年頃でした。
ただ、今回の初音ミクの一件で「いったい何がどうなったら初音ミクからネギを奪う流れになるんだろう???」とすごく気になったので、日々の家事の合間に1話ずつ観ていたのですが……とても面白い!

大学生・花園ゆりねによって実験的に召喚された悪魔・邪神ちゃんが、魔界に帰るために召喚者のゆりねを殺そうとするも、毎回逆に殺されかける、というバトルアクションファンタジー……ではなく、どちらかといえば日常系の作品。
何が面白いのかって言われると、なんというか……すごく難しいんだけど……セリフ回しとか、各登場人物のキャラクター性とか、落ち着きつつもカラフルな画面の色味とか、作品のテンポとか、時々挿入される手書きの文字とか、あとはセクシュアルな表現の薄さとか? そのあたりの、作品全体を通して端々から感じられるセンスの良さが好きなのかもしれない……という風には、まずは思います。あとは「映像ソフトの売り上げ枚数が2期の制作基準ギリギリだった」とか「3期はクラウドファンディングで作ることになった」というような、「アニメ制作におけるドラマ性」とかも自分の中の評価に加味されているかもしれない。いま文章を書いてみて思ったけど、自分はこの作品のどこに魅力を感じているのか、ちょっと明確にはわからないですね。いろんな要素が交じり合って複合的に魅力が形成されている感じがして、ひとことで言い表すのがとても難しい。でも人間は理屈だけで生きているわけではないので、それに関しては別によいですね。いいです。
それはそれとして、とりあえず……出てくるキャラクターもみんな個性的だし、とても面白いアニメだと思います。いまのところ好きなキャラクターは天使・ぴのとペルセポネ2世です(弱点が自分に似てるから)。

さて。
シリーズ第1期、『邪神ちゃんドロップキック』のテレビ放送における最終第11話。この回が本当に素晴らしかった。
同居人かつ宿敵である花園ゆりねが39度の熱を出したため、邪神ちゃんが看病をする……というのが、第11話の前半パートのあらすじ。安静にしていればすぐに治ることが判明し、あとは布団で眠るゆりねの回復を待つだけ……そんな回復待ちの邪神ちゃんがゆりねの枕もとで唐突に歌い始めた歌こそ、表題の『神保町哀歌』でした。

このシーンを初めて観たとき、面白さと感動と感嘆の感情を同時に覚えたのを覚えています(頭が悪い文章になりました)。明らかにネタ的な文脈で流れているのに、信じられないくらい泣かせるメロディの “いい曲” だったからです。当時、自分は真夜中に第11話を見ていたんですが、この『神保町哀歌』が流れてきたとき、この曲が持つ多面性に混乱して、死ぬほど笑ってしまった思い出があります。たぶん隣の部屋に声が聞こえてたと思う。それくらい、すごく感動した。
もちろん、決して歌だけに感動したわけではなくて。もともと、本エピソードの「宿敵に死んでほしいけど死んでほしくないから看病する邪神ちゃん」という姿にも、とても愛おしいものを感じていました。憎むべき相手だと思っていた同居人にいつの間にか情が移っていて、でも建前上それを表には出せなくて……という葛藤に苦しむ邪神ちゃんの、プライドの高さゆえの照れ隠しな感じがすごくよかった。……そのうえで。同居人が無事であるとわかって安堵感につつまれたあの空間で過去の回想と共にこの『神保町哀歌』が流れることによって、邪神ちゃんとゆりねの日々の積み重ねに、より感情的な厚みが生まれるんですよね。この曲のおかげで、ふたりの日々により温かいもの(鮮血の話じゃないよ)を感じられるようになった気がするのです。そこが、すごくいい。
そしてなにより、楽曲そのものから妥協を一切感じなかったのが非常に良かったですね。もちろん、シチュエーションを考えるとネタ曲として挿入した意図は確実にあったのだろうと思うのですが、それにしてはメロディからも、鈴木愛奈さん(邪神ちゃんの声優さん)の歌唱表現からも、そして歌詞からも妥協を感じなくて(歌詞は一部ちょっと笑っちゃったけど)、とにかく作り手側も純粋に「いい歌を作ろう」としてるように思えたのがよかったです。作詞は脚本の筆安さん。すごいです。

この『神保町哀歌』。前述の第11話で聴いたあと、すぐにBoothでフルサイズ版をダウンロードしました。CDは売ってないのかなぁと思って調べたところ、3年前に行われたクラウドファンディング限定で生産されていたらしく、もう手に入らないとのことでした。さすがに泣きました(な、泣いてないし)。
本編で「6章まであるんですの!」「『道路』じゃあるまいし……」というやりとりがあったように、フルサイズ版は全6章構成の曲となっています。ただ、作中で比較対象となっていた「道路」……つまり虎舞竜の『ロード』全14(+1)章が「1章=1トラックで計14(+1)トラック」という構成であるのに対し、この『神保町哀歌』は全6章が1トラックに収められているんですね。よって1曲だけで6章が完結しており、ゆえに曲の長さは10分6秒。これはもう叙事詩です。

第1章を聴く限りは「とうに過ぎ去ってしまった “あなた” との日々を懐古している “私” の歌なのかな」という感じの、この『神保町哀歌』。しかし、フルサイズ版で聴いてみるとこれがまた、とても切ない。……神保町で過ごした四季折々に “あなた” との思い出があり、また、ふたりで過ごしていた四畳半の狭い部屋にいつのまにか愛着を感じていた “私” もいて、それでも時の流れは残酷で、ふたりの生活はもう、永遠に戻らない。こんなにつらく苦しい気持ちになるのなら、最初から “あなた” になんか出会わなければよかった……! 愛憎入り混じる秋の野分のような感情を乗り越え、最終・第6章では、遠く過ぎ去りし “あなた” との思い出を赤い風船に乗せて飛ばし、“あなた” との別れを、強がりつつ、涙をこらえて受け入れる。そんな哀しみに満ちた離別からしばらく経ったいま、セピア色で浮かぶ思い出こそ、ふたりで過ごしたあの青い日々だった……。死別なのか、物理的な別れなのかはともかく(死別だといいな。)、切ない歌詞です。たまに「私はあなたのヒモ」「仕事はしたくなかった」「お金がたくさんほしかった」という旨の歌詞が入ってくるのでその時は「仕事しなさいよ!」と思ってちょっと笑っちゃうんだけど、全体的にはとても切ない印象を受けます。メロディからはどこか久石譲作曲っぽいノスタルジーをも感じるし、また、鈴木愛奈さんの感情の乗せ方が中島みゆきのそれを想起させるということもあって、それぞれのイメージがあいまり、なおさら切なさを感じます。

「大号泣!」という感じではなく、優しい温かさがあり、またシリアスになりすぎず、そしてどこかに照れ隠しをも感じさせる『神保町哀歌』。この曲は『邪神ちゃんドロップキック』における「感動」を象徴するものなのではないか……今はそんな風に思います。それこそ第11話の前半のような、「同居人喪失の危機を経て、いままでのなんてことのない日々の積み重ねの大切さに気付く」という、じんわりとした温かいもの、これこそが本シリーズにおける「感動」なのだ、と。
『邪神ちゃんドロップキック』第11話では、その前半でいわゆる(いわゆらない)「ゆりね発熱編」が描かれるわけですが、その後半にも人間と悪魔の寿命の違いをもって命の儚さと輝かしさを語る、「なんでもないようなことを幸せだと思う」パートもあったりして、そこもまた、すごくいい。いつまでも続くことが決まっているものに対して我々は思い入れを失ってしまいがちだと、最近は思います。儚くないものに価値を見出すのって、自分にとってはけっこう難しい。「いつか別れの時が来る」とか「終わりが来る」と分かって初めて、当たり前にいる身近な人や物や事や生活を大切にしようと思うものだと思うのです。そんな、必ずやってくる “喪失” をどこかで認識しつつも当たり前の日々を過ごす人々を描く物語は儚く、美しいですよね。その美しさを美しいままに、かつ「でもこれは『邪神ちゃんドロップキック』なんだし、そんな真面目にしすぎても……」という、本作の作品性に対する深い造詣をもってユーモラスに表現したのが、第1期第11話、そして『神保町哀歌』だったのではないでしょうか。喪失を経て気づいた何気ない日常の愛おしさを謳う『神保町哀歌』。愛にも近い深い作品理解によって生まれた楽曲であるため、ゆえに最適な形で心に刺さるのだろうな……という風に思います。すごい曲です。

さて。現在放送中のシリーズ第3期『邪神ちゃんドロップキックX』も第11話を迎え、残すところあと1話となりました(第11話よかったですね。リエール様の「えへへへ、もらえた~✨」がかわいかった/健康診断のパートでめちゃくちゃほっこりした/エキュート様が登場できてよかった)。履歴を見ると、この記事を書き始めたのはなんと今年の7月16日……地方編よりもさらに前、第2話の配信から数日あとのことです。書き終えまですごく時間がかかってしまった。
書き終えておいてなんですが、こういう系の記事って、半年くらい経ってから読むと恥ずかしくなるんですよね。「なんで当時の自分はこんなに熱くなってたんだろう……」と自分を俯瞰で見てしまうものです。でも、逆に言えば「しばらくの間はまだ熱が冷めないはずである」、ということでもあるわけで……。ですので、せっかくだし、まだ恥ずかしく感じていない今のうちに作品を最大限楽しもうと思います。錦糸町の「邪神ちゃんテン」には行ってきたので、今度は神保町のカレー屋さんに行ってみたいですね。はたして、今でもじゃがいもはついているのでしょうか🐍。

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