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労働者協同組合を考える#1 「3つの基本原理」

労働者協同組合は3つの原則に従って運営される

働く人自らが共同で事業を運営していくWorker Cooperative、労働者協同組合についての法律が2022年10月1日に施行された。

労働者協同組合とはどのような組織であるのか、その3つの運営原則を確認しながら考えいく。

①組合員が出資する

株式会社は、株主(=お金を出した人)の声が一番大きくなる仕組みになっている。だからこそ、雇用され働く人の権利を守るための法律が存在し、その遵守がうるさく求めらている。
労働者協同組合は、働く人の権利を守っていくために、働く人自らが出資するという方法を採用している。「ほかの人のお金にはその人の意見もついてきて、ビジネスや生き方に口を挟まれ」てしまうからだ(ポール・ジャルヴィス『ステイ・スモール』)。

一人あたりの出資口数は「25/100を超えてはならない」と定められている。後に記すように、労働者協同組合では、出資口数にかかわらず一人一票の議決権を持つが、出資額に大きな偏りがあると、事実上、大口出資者の影響力が大きくなってしまう、またその出資者が脱退した場合に事業運営が困難になる、といったことを理由として上のような規定が存在する。

営利目的の事業は禁じられているが、利益から準備金・就労創出等積立金・教育繰越金を除いた剰余金については組合員に配当することができる。この剰余金の配当は、事業に従事した程度に応じてなされ、出資口数に応じてではない、というところがポイントだ。たくさん出資した人が、たくさんリターンを受け取ることにはならない。

組合員として働くためには出資をするという条件はあるが、加入と脱退は任意であり、「正当な理由」がない限り、組合への加入を拒むことはできない。「正当な理由」に該当するのは、除名事由にあたる行為をしている、することが明らかである、組合の活動を妨害しているなどのほか、組合側の受入れ能力が不足していることなどが例として挙げられている。
労働者協同組合も実際にビジネスの現場に参入すれば市場での競争に否応なしに巻き込まれることになる。そうした場合に、筆記試験や面接によって選抜をしないということがどういう影響をもたらすのか。競争においては不利と思えるが、それをどんな戦略によってはね返していくのか、ここがおもしろいところかもしれない。

②組合員の意見が適切に反映されるようにする

労働者協同組合は、公正さを大切にする。
メンバーの意見が反映されず、一部の人間だけの意志で事業が運営されるとしたら、それは労働者協同組合とは呼べない。逆に言えば、メンバー全員の意見が適切に反映される仕組みを整えていれば、それが株式会社であっても限りなく労働者協同組合に近いと言うことができる(実際に海外では、株式会社であっても意見反映などの基本的なルールを備えている組織は労働者協同組合と同等に扱い、労働者協同組合向け融資の対象とする事例があるようだ)。

組合員は出資口数にかかわらず、一人一票の議決権(と役員の選挙権)を持つ。先ほども書いたが、たくさんお金を出した人の意見が尊重されるわけではないということだ。

業務の執行を行う理事会(理事の定数3人以上)を置くことになっているが、理事は選挙(無記名投票)によって選ばれる。理事は組合員でなければならず、外部理事は認められていない。
組織が大きくなれば、常に組合員全員の話し合いによってすべてを決定していくことは現実的には難しい。そこで、年1回の通常総会および臨時総会を開き、そこでの議決事項を前提として、理事会が業務を執行していくことになる。
株式会社のようなピラミッド型の組織においては、経営幹部が方針を決定し、現場がその方針を現実の戦術に転換して事に当たる。労働者協同組合においては、現場(組合員の総会)が方針を決定し、理事会はあくまでそれに従う立場になる。
当然のことだが、一人の経営者あるいは少数の経営陣が意思決定するほうが早い。ビジネスにおいてスピードは重要な要素であるため、この面では労働者協同組合は大きなハンデを負うことになるように見えるが、あるいは逆に、現場に判断の権限があるということが有利に働く可能性もある。

以下の引用は、内田樹『日本習合論』の中の民主主義についての一節だ。

――いったん「つまずく」と、非民主性は脆い。「ここを支えろ。ここの穴を塞げ」という指示があれば、人々は動きますが、「ここを支えないとまずい。ここの穴を塞がないとたいへんなことになる」とわかっても、自己裁量でつっかえ棒を嚙ませたり、穴を塞いだりする人間が出てこない。久しく自己裁量ということそのものが禁止されていたからです。…(中略)…独裁制では、極端に言えば、賢者はひとりでいい。賢い独裁者以外は全員、上の指示に従うだけの幼児で構わない。逆に、民主制では、誰の指示がなくても、自律的にシステムのための最適解を見出して、それを実行できる人をできるだけ多く要求する。民主制は市民の成熟から大きな利益を得るシステムであり、非民主性はそうではない。
※内田樹『日本習合論』(ミシマ社)より引用

メンバーと意見調整をしながら、妥協できる落としどころを見つけて、よりベターな方法を選択しながら運営していく。こういう民主的なシステムは手間がかかる。でも、その見返りとして、かかわる人たちが成熟し、組織としてのレジリエンス(復元力、弾力性)が高まっていく。これは事業の運営において強みになる。
また、それだけでなく、小さな民主的な手続きの経験が、より大きな規模での民主主義社会の構築に活かされていくことになるという点も重要だ。働く場が変われば、社会も変わるかもしれない。ここに労働者協同組合の存在価値の一つがある。

なお、理事の任期は2年以内とされており、選ばれた理事が不適格だと判断されれば、組合員の1/5の署名でいつでも改選要求ができ、総会出席者の過半数の賛成で理事を失職させることもできる。
一部の人間に権力が集中することを防ぐ仕組みになっている。

③組合員が組合の行う事業に従事する

出資・経営・労働が一致するのが労働者協同組合の原則であるため、組合員自らが事業に従事する。この原則に照らし合わせて、組合員は個人に限られるとされ、法人が組合員になることは認められていない。

労働者協同組合の定義上、組合員全員が事業に従事するのが適当だが、法律では組合員の4/5以上が事業に従事しなければならないと定められている。家庭の事情等により、一時的に事業に従事することができない組合員が一定数存在することを許容する制度になっている。

また、事業に従事する者のうち、3/4以上は組合員でなければならないという規定もある。これにより、繁忙期にアルバイトを雇うことや、組合員になることを検討しながら働くこと(出資金全額の払込みが完了して組合員として認められる)が可能になる。
あくまでも事業の運営に一定の柔軟性を持たせるための規定であり、企業の人件費削減のために派遣社員や契約社員など非正規雇用を増加させてきたこの20年の流れとは一線を画すものであることは間違いない。

まとめよう。労働者協同組合においては、組合員自らが出資し、自ら事業を運営し、自ら働く。一般的な株式会社は、お金を出す人(=株主)、運営についての決定権を持つ人(=経営者、取締役)、働く人(=従業員)というように役割が分かれており、そこが大きく異なる点だ。
そんな組織がうまくいくのか? それはこれからのお楽しみだ。

一つ付け加えておく。労働者協同組合は、いわゆる自律分散型の組織と似ているが、全員が出資するという点から考えても、似て非なるものだ。これについては別の機会に考察を深めてみたい。

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