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そこにあるのはそれぞれの事情「家族じまい」書評・感想

おはようございます。本日は桜木紫乃さん著書の小説「家族じまい」を取り上げたいと思います。

これまで書籍でも「認知症」「高齢期」「人生の最期」を題材としたいくつかの書籍を取り上げてきました。これらに関連する小説はないものかと探していて出会ったのが本書でした。「家族」を「しまう」というタイトルからは、高齢期の介護、墓守、後継ぎや相続といったことが想像できますね。そんな想像は数ページで置き去りにし、一見ありそうで中々ない視点に度々驚かされます。何より家族というテーマを描きながらも一人ひとりの人間模様が非常にリアルで惹きつけられ一気に読了しました。

ネタバレにならないように本書の魅力と感じたことなどを残しておきたいと思います。

1. 小説の構成

小説は智代、陽紅、乃理、紀和、登美子と登場人物の名前そのままに5章に分かれています。この物語のKeyとなる人物はサトミという80代の認知症の女性です。そして先の5人の登場人物たちはサトミの娘や姉という血縁関係のある者から、遠い親戚に当たる者、そしてたまたま旅行中のフェリーで居合わせたものと関係性には幅があります。サトミにスポットライトを当て中心に描かれる人間模様ではなく、サトミを囲む人たちそれぞれに焦点を当てて各章が描かれています。

認知症の方やその方を介護する方を主人公に描く作品が多い中で、取り囲む人に体重を乗せて描く小説は少ないのではないでしょうか。この点が本書の他とは違う特異点といえるでしょう。

2. 結末はない。あるのはそれぞれの事情

この小説の魅力は先に挙げたように各章で主人公が異なるため多様な考えや視点に触れることができること。もう一つの魅力をあげるとすればそれぞれに結末がないことです。認知症、介護、後継ぎ等の問題に触れるが各章の顛末に何かが解決するわけではありません。故に起承転結を期待して読むと裏切られると思います。

 結末がない代わりに何があるのか。そこにあるのはそれぞれの事情です。あちらこちらに事情が転がりいつしか皆その事情に足を取られながら歩いている。「若くして結婚し一度失敗した片田舎の農協窓口の女性」「駆け落ち状態で家を飛び出し子育てが落ち着いても空の巣症候群とは無縁の夫婦」「80歳を過ぎてから疎遠だった娘に改めて縁切りをされる老婆」それぞれが抱える事情や人間模様を臨場感かつリアルな描写で覗き見できます。読者は自分と全く同じ事情ではないものの、どこか重なるところを自覚して小説に引き込まれるのだと思います。

3. 認知症は長いお別れである

本書を読んでいる時に、以前見たことがある映画『長いお別れ』を思い出しました。認知症の父を7年介護した家族の様子を描いた作品です。「認知症とは長い時間をかけて忘却しながらその人が去っていく、長いお別れである」映画では認知症になっても父が家族にとって大切なことをしっかりと記憶していたという感動的な結末を迎えます。(間違いなくおすすめの映画です)

対比ではありませんが、サトミがいち早く忘却していった事柄は何か、そして最後まで忘れなかったものは何か。この違いに個人的に考えさせられるものがありました。繰り返しになりますが結末がない故に読後に心の中に残るものは読者それぞれに委ねられる。そんな点も本書の魅力です。

自身のことで言えば、現在私の親が両祖母を介護しています。自分が何かを背負っている状況ではありません。しかし、いずれは必ずやってくる親の介護のこと、その先にある自分と子どもとの関係を考えるには良い参考となると思います。

気になった方は是非とも手に取って読んでみてください。


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