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花は咲く Flowers bloom in your garden.ⅩⅩⅣ

青春を謳歌する、というのはあの頃のことを言うのだろうか?
26歳の私は豪華なクルーズ船の上でボディコンシャスなドレスを見に纏い、水平線を眺めてカクテルを流し込んだ。
船の上には着飾った男女が入り乱れて終わることなどないと信じて
人生の祭典を楽しんでいた。

●祭りの果て

その祭りが終わるのにそれほど時間はかからなかった。
パトロンに住まわせてもらっていた高級マンションは売却され、パトロンには内緒で一緒に住んでいた彼氏はディスコの黒服をクビにされ、遊んでいたツケの膨大な借金と私のお腹の中に子種だけを残して姿を消した。
まともに働いたことなどなかった。パトロンの会社に秘書として入り込んではいたけれどスケジュールの調整は事務方の女の子が取り仕切っていた。
やがてパトロンの会社は傾き解雇された頃には傍目から見てもわかるほどにお腹の膨らみが目立ってきていた。
社長が「俺の子供じゃないよな?」と言ってきたから
「そんなわけないでしょ。今までありがとう」とそれだけ言い放つと翌日退職願いを渡した。
ちょっと安心したような顔をしていたのは気のせいかな?
親に罵倒されるのを覚悟しながら一度は勘当された実家の敷居を跨いだ。
母は「その子を産んだら出て行ってちょうだい」と言いながら出産が終わって、子供を預ける場所を見つけて私が動けるようになるまで私を実家に置いてくれた。
父はその間私に一言も話しかけなかった。

私は職を見つけて子供を託児所に預けられるようになってから、すぐに実家を出て安アパートに引っ越した。
子供には「優太」と名付けた。優しい子に育って欲しかった。
最初事務職で入った会社の給料では食べていくのがやっとだった。
優太は少し人と会話をしたりするのが苦手で情緒不安定なところがあった。私が働いていて家を留守にすることが多かったからだろうか?
時折、家に帰ってきても姿が見つからないことがあった。
町中を探し回ってフラフラになって公園のベンチに座り込んでいると携帯電話が鳴った。出てみると隣町の交番からだった。
「優太くんを保護しているから引き取りに来てください」と駐在から言われた。
私は自転車を走らせて隣町の交番へと向かった。
「あ、お母さん」
優太は悪びれる様子もなく私に抱きついてきた。
「さあ、帰ろう」
警官に礼を言った。
交番から離れると私も何も聞かず優太を自転車の後ろに乗せて、自転車を漕ぎ出した。しがみついてくる優太が愛おしいと思った。
優太は中学を卒業する頃には落ち着いて、アルバイトをしながら家計を助けてくれるようになった。
それでも高校に進学した優太の学費を稼ぐには事務職の給料では難しかった。
だから、若い頃におじさまたちを手玉に取った話術を生かして保険の営業職に移った。かつてのおじさまたちのツテを辿って私は次々と契約をモノにした。
バカな私は若くもないのに、また夜の街に出て飲み歩くようになった。

馴染みの店で顔見知りのおじさま二人と飲んでいる時に不覚にも酔い潰れてしまった。カウンターに頬をベッタリとくっつけてイビキをかいていると、誰かが私の肩を揺さぶっているのに気がついた。
「お母さん、帰ろう」
目の前に優太がいた。
優太は私の腕を肩にかけてお店を出ると歩き始めた。
あれ?いつの間にこんなに背が伸びたんだろう。
優太は表に置いてあった自転車に跨ると私に後ろに乗るように促した。
私はすっかり男らしくなった優太の背中にしがみついて、ちょっと泣いた。

新幹線から降りるとホームに優太の姿があった。
「優太、卒業おめでとう」
私は用意してあった花束を優太に渡した。
「まだちょっと早い気がするけど、卒業式は明日だよ」と笑いながら優太が花束を受け取る。
「お母さんも、昇進おめでとう」
私は保険の営業を辞めてファイナンシャルプランナーの資格をとった。
先月課長に昇進した。

優太の卒業式が終わって、私たちはホテルに戻った。
これから1ヶ月だけ私と優太のハネムーン。
来月には優太は東京の会社に新人研修に行く。
新幹線でも飛行機でもなく私たちは船で帰路についた。
そこには華やかな衣装も、美味しいワインも用意はされていないけれども
私はこの人生でいちばんの幸せを謳歌していた。
優太の手には小さな花束。
「お疲れ様でした。これからは母さんの人生を謳歌してください。
私はその時はじめて、
暗闇からもう一度自分の花を育て上げたのだと気がついていた。

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