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事業育成の実際18

●飛び込み営業

私たちはセントラルキッチン一店舗に対して最初はわずか3か所の催事出店場所しか持っていませんでした。クライアント数も一社のみ。
それから3年をかけて私たちは生産能力を増強し、安定した商品供給が出来るようになりました。
そして現在私たちが催事出店できる場所は20か所以上。取引会社数は10社に上ります。
新規クライアントへの営業に関する事例は後ほど書くことにしますが、私たちの場合は「実績」そのものがなかったため、自社の生産能力を数値化した資料をお持ちして説明しました。
私たちは当初は商品の卸先をビジネスマッチングなどで開拓しようとしていましたが先方の販売マージン率が高く私たちの利益がほとんど残らない契約内容が多く結局ビジネスマッチングを18社して1社も契約することはありませんでした。
それではどのようにクライアントを開拓したかというと、そのほとんどが「飛び込み営業」によるものでした。それも私たちが手の届かないような大手に直接メールまたは電話をしてその後直接会いに行くという方法でした。
一見無謀なように思えますが、私たちはきちんと自社紹介の資料を作り込むことで、この飛び込み営業で8割以上の確率でクライアントと繋がることができました。

催事出店という業態を選んだのはこれまでの業態での1ヶ月の売上をわずか3日間で売り上げることが可能だという点でした。
でももちろん、最初からそんなに上手く行く訳ではありません。やはり周到な準備が必要でした。
私たちは当初「知名度」もなく、何のノウハウも持っていませんでした。
それにすでに備品やショーケースが設置されている売り場とはいえ、展示用の小型什器やパネル、ポスター、ショーケースに巻きつける腰巻きなど準備しなくてはならないツールが沢山ありました。
そしてどうしても必要だったのが売り場周辺の商圏へのポスティングでした。
自店舗でポスティングが有効であることは分かっていましたが駅周辺でどの程度の効果があるかはわかっていません。ネットで調べるとポスティングによる返還率は0.7%程度と書かれています。しかし私たちは経験上それ以上の反響が得られると考えていました。
駅ナカの催事場周辺の商圏に対して私たちは出店期間の7日間の間に催事出店について記載した1,000枚のショップカードを配布しました。
そしてそれは5%の返還率で集客を実現し、リピーターを生み出したのでした。

●数の論理と定着の論理

出店場所は多くなりつつありましたが催事出店は季節変動や天候の影響を受けやすく、最初は苦労しました。
売上そのものは大きくなったとはいえ場所と季節天候が噛み合わなければ赤字に陥ることがありました。売上が多いということは赤字の額も当然大きくなります。
まだ、流動資産の大きい小規模事業者にとって赤字額を埋めるのは簡単ではありません。事業が軌道に乗るにつれ赤字と黒字の振り幅は大きくなってゆきました。
ここから金融機関からの債務が膨らんでゆくことになります。
いわゆる仕入金の焦付きを起こさないための金融機関の融資が年に何度か必要になってきます。
私たちの会社は事業規模を大きくする過程において需要と供給のバランスを崩していました。生産量が大きくなったとはいえ催事場20か所を全て網羅できるほどではありません。
私たちは業績の平均化を目指す必要がありました。
つまり、年間12ヶ月の売り上げを12か所で行なっている場合。
12ヶ月の推移が
「1・1・2・4・3・3・2・1・1・2・3・4」
という売上額の変化をしていた場合
同時に別の売り場で12ヶ月の推移を
「2・2・1・3・2・2・1・2・2・3・1・2」
にすることによって
各月の合計売上合計額を
「3・3・3・7・5・5・3・3・3・5・4・6」
というように平均化することができます。
損益分岐点が「2」であれば全ての月の売上で利益を出せるようになります。
そのためには最大の売上の数値「7」を達成できる生産量と販売力を獲得する必要があります。
そのためには現在の一拠点のセントラルキッチンではなく二拠点以上のセントラルキッチンが必要となります。
そして、この二拠点以上の拠点を持つことによって、私たちは「生産性の余力」を獲得することが出来ます。
その「余力」によって初めて常設固定店舗の運営が可能になるのです。

●常設店舗の利点と弱点

常設店舗を設営する場合に必要な要素は何でしょうか?
最も重要なのは「商圏(マーケット)」であると考えています。
常設店舗の最大の特徴は「場所を移動出来ない」ことだと考えます。
そのことは利点であるとともに最大の弱点でもあるということにもなります。
利点としてはその商圏を知り尽くして商圏に応じた対応が可能になるということ。
そして催事出店での弱点であった売上の上下の振り幅が小さくなること。顧客のほとんどがリピーター客となること、などが挙げられます。
しかし、弱点となるのはその「商圏」そのものに全体の売り上げを支配されてしまうことになるということです。
商圏と店舗の方向性がズレていると売上は上がりません。もしも赤字になるようなズレだといつまでも赤字を生み出す店舗になってしまします。
その場合は事業の方向性を修正するか場所を移動するしか方法がありません。
実は私たちの事業も8年間に渡り赤字経営を続けていました。その原因はまさしく店舗の方向性と周辺のマーケットのミスマッチでした。

商圏は地方都市の郊外で高齢化が進んでおり、観光客も多くは来ません。
私たちのお店は30代〜40代の主婦層でナチュラル系の新しいカルチャーに興味を持っているアクティブな人たちをイメージしてサービスや商品を提供していました。
しかし、店舗の周辺のマーケットには保守的で懐古的な老齢層が多く住んでおり、なかなか私たちが提供する商品は受け入れられませんでした。
周囲には洋菓子店もなく老舗の和菓子店が駅前にある程度でした。しかも私たちの店舗は駅から徒歩15分以上離れています。さらに駐車場はありましたが店舗から5分離れた場所でした。
このまま事業を続けたとしても売上が回復する見込みはありませんでした。まさしく前述の「いつまでも赤字を生み出す店舗」だったのです。

私たちは方向転換する必要がありました。
つまり「事業の方向性を修正する」か「場所を移動する」のどちらかを実行する必要がありました。

●決断と実行

私たちが選んだのは「事業の方向性を修正する」と「場所を移動する」の両方でした。とはいえ、通常考えられる方法とは少し違っていました。
一つ目の「事業の方向性を修正する」ことについては必然性がありました。
私たちが最初に手掛けた「飲食業」は規模を小さくすることで持続できる可能性があります。つまり仕入れを絞り込み無駄を出さないこと。原価率の低い飲み物を中心に販売をすること。客単価は小さくなりますが次の仕入れとランニングコストさえ捻出出来れば商売は続けられます。つまり「消極的な持続」といえます。
私たちも「ランニングコスト」と「フードロス」の問題が一番大きかったと言えます。特にランチを出すことによるフードロスの金額は馬鹿に出来ませんでした。質を落としてそのまま続けるのも違うのではないか、と考えていました。
しかし、この時に出ていた赤字を軽減するために私たちには負債がありました。負債を返済しながらしかも事業を継続し利益を確保しなくてはなりません。
そのためには「消極的な持続」ではなく「積極的な成長」をしてゆく必要がありました。
これまでの飲食業での月間売上は約20万円。
仕入れ、家賃・光熱費などのランニングコストを加え、利益を出すためには最低でも月間26万円の売上が必要でした。
また「場所を移動する」つまり店舗を引っ越すための資金も枯渇していました。
負債額は80万円程度。しっかり経営をしていれば返せない額ではありません。
しかし、それよりは短期間に事業を拡大する方法を見つけることを私たちは選びました。その大きな理由は私たちの年齢にありました。もうすでに50歳後半。普通ならば定年間近で落ち着いた生活をしても良い頃ですが、私たちは年老いても返済を続ける生活ではなく、より良い老後の生活を手に入れるためにもっと積極的に事業を拡大することを選びました。
まずはどのように事業を転換すればより高い収入を得られるか?を考えました。

●与えられている条件で可能な新しい成長事業

・できれば場所を移動しない
・現在ある設備とノウハウで可能な事業
・これまでの事業よりも伸び代があること
・周辺のマーケットとは関連性の薄い事業

これらが、私たちに与えられた条件でした。

新しい事業に転換すると決めてからこの難しい条件を考え続けました。
過去にとらわれず、しかし自分たちの持っているノウハウや技術を活かすことのできる新しい事業。
まずは現在持っている設備とノウハウで可能な事業はやはり食品を扱う事業が良いだろうという考え方でしたが、今後の「伸び代」が見込める事業として考えたのが「製菓業」でした。周囲の商圏には製菓業を営むライバル店はほとんどありませんでした。
私たちの技術は別にパティシエの経験もなく稚拙なものでしたが、製菓の基礎に関してはある程度ノウハウを持っていましたし、飲食業の中で唯一好評だったのが「焼き菓子」でした。
また「焼き菓子」に関してのもう一つの利点は「冷凍ができる」という点でした。
実は最初の段階では「冷凍」することによって品質が落ちるのではないかという危惧がありましたが、何度か冷凍、解凍をして物を試食すると、「冷蔵」よりも「冷凍」の方が品質が落ちないことがわかりました。
「冷凍」できるということは「ストック」が可能になるということです。
資産能力が低くても年間の販売量を抑えることが出来ればストックしておいて販売を続けることができます。

問題は「場所を移動しない」でどうすれば「周辺マーケットと関連性の低い」事業が出来るかということでした。

●駅ナカに特化した事業展開

現在のお店を「製造」専門にして「販売」は自分たちにマッチした適正なマーケットで行う。果たしてそんなことができるのでしょうか?
一週間考え抜いてたどり着いたのが「駅ナカ催事出店」でした。
何のツテもなく、駅ナカ催事がどんなものかもわからず、とにかく「駅ナカ催事出店」がどんなものかを探るところから始めました。
わかっていることは「駅ナカ催事出店」であればこちらから自分たちのユーザーがいるマーケットに出向くことができるということでした。
怖いもの知らずの私たちはいきなりJR関連の駅ナカ催事を運営する会社を探し当て、いきなり連絡を取ったのでした。
私たちの「怖いもの知らず」は功を奏し担当者とのアポを取り付けることが出来ました。
しかし、商談をすることによって自分たちの抱えている問題も次第に明白になってゆきました。
一つは生産力の問題。
駅ナカは確かに私たちにとって新天地となる素晴らしいマーケットでした。しかし、そのマーケットは巨大で、個人店舗での生産力では商品が欠品し、それとともに信頼も失われてしまいます。少なくともその頃の私たちの店舗で生産できる物量の5倍〜10倍の生産量を必要としました。それだけの生産量を確保するためには設備の増強と人員の確保が必要になります。さらにはそれらの設備投資と人員確保を可能にする資金も調達しなくてはなりません。
駅ナカでの販売のノウハウも駅ナカのマーケットの質に関して詳しく知る必要がありました。

●改革のリスクを乗り越える勇気

私たちが最初に始めたのは生産力を上げるための設備投資です。
しかし、長期間の赤字経営で自己資金はほとんどありません。
その中で事業を拡大するためには補助金と金融機関からの融資しかありません。
そして、その融資を確実に返済するための原価率計算と損益分岐点の把握、利益を出すための売り上げを確保するための計画。
初めに取り組んだことは「事業計画書」の作成です。

その中に予測できる売り上げ金額、利益を生み出すための原価率の低減。これらを実現するための設備、環境の整備に必要な金額。さらに生産性を確保するための人員と人件費、そして軌道に乗るまでの運転資金。これらを融資を受けて返済するための返済計画。それらを全て細かく記載した3カ年の詳細な事業計画書を作り上げました。
問題点がないかを「よろず支援拠点」の財務専門のコーディネーターと相談しながら書き上げた事業計画書を持ち「日本政策金融公庫」に融資の相談に行きました。
もちろん「自分に事業計画書が書けるだろうか?」というスタート地点から、自分たちの現状の問題点を洗い出すことから始めました。
自分たちの甘さや力の無さを思い知りながらの作業になります。
幸運なことに私たちは融資を受けることが出来、まずは店内改装、設備の設置工事に取り掛かりました。
それはまさしく最初のコロナ感染症の「緊急事態宣言」が発出された時だったのです。この「緊急事態宣言」によって他の店舗が営業を停止している間に私たちは「駅ナカ催事出店」に向けて準備を進めていたのでした。
並行して私たちが最初に催事出店をする場所の選定を急ぎました。
幸い私たちの店舗近くを通る鉄道会社と交渉することが出来ました。催事出店期間も1週間と短く、商品の生産量も少なくてギリギリ生産できる量で可能だろうと考えました。
とはいえ最初は少ない人員で生産しなくてはなりません。
わずか3名の厨房スタッフで催事出店の2ヶ月前から準備を始め、その年の10月に初めての駅ナカでの催事出店を実行したのでした。

●ハプニングと戦いながら経験を積み上げてゆく

私たちの最初の催事出店は好調な滑り出しでした。
一日10万円以上の売り上げを確保し、4日目には商品在庫が欠品しそうになる事態となりました。
最初の出店場所が店舗との近隣だったことも幸いしました。
朝早くから欠品分の商品を焼き上げ、昼に梱包して午後には手持ちで現地に持ち込むというハードスケジュールを何とかこなし続けました。
何とか商品を切らすことなく催事を終了することが出来ました。
ただ、これは最初の一歩でしかなく、これからそれまでの赤字を埋めながら事業規模を拡大してゆかなくてはなりません。
また、「商品に異物が混入していた」というお客様が来て返金をしたこともありましたが、これは実は新規出店の店舗を狙った詐欺だということが後日わかりました。
ショーケース内の飾り付け、周辺商圏へのポスティング、SNSでの発信。ホームページのリニューアルなどを繰り返しながら私たちは少しづつ事業を拡大してゆきました。
現在では催事出店できる場所は20箇所を超え、少ない人材で効率良く生産を行い、遠方の出店では派遣会社の販売員を使えるまでに事業が拡大しました。
そのうちの何箇所かは大手百貨店も含まれています。
そして少しづつですがSNSから発信する動画も効果を上げ始め、知名度も上がってきています。

●これからの新しい展開

催事出店での問題点があるとすれば、催事を主催する企業のマージン率かも知れません。
ただそこに出店すれば売上が上がる、とか知名度が上がるということだけを考えていると、全く利益が出ていない、あるいは出しても赤字になるといったことが起こります。
私たちはクライアント側のマージン率に対して明確なボーダーラインを持っています。そして、もう一つ問題があるとすれば「マーケットは変化する」ということです。周辺の証券自体の変化、時代の変化、景気の変化、年齢層の変化、所得の変化etc。それらを予め予測しておかないと、昨日まで良かったマーケットが翌日には悪くなっているようなことが日常茶飯事に起こります。
その変化を予測するためには周囲のマーケットがどういうマーケットなのか詳細にデータをとっておく必要があります。特にこの三年間でマーケットは目まぐるしく変化をしました。
現在はクライアント側が必死になって自分たちのマーケットを再生させようとしているように見えます。まだこれからもマーケットは変化を続けることが予想されます。周囲の環境の変化を敏感に観察して、次の変化がいつどのように起こるのかを予測する力が必要になります。そしてその変化に対して私たちの事業をどのように変化させるべきかを考える必要があります。


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