事業育成の実際38
●まずは生き延びる
景況感を見るとほとんどの公的な資料では「状況は良くなりつつある」としていますが、一部の金融機関や企業から発信されている情報の中には「横ばい」「油断できない状況」と出ています。
定額の給与をもらっている人たちや大企業に勤めている人たちには実感がないかもしれませんが、実際にマーケットを相手に仕事をしているとこんなに景況感の悪い状況は「バブルの崩壊」以来かもしれません。
しかし、これから数年続く混沌とした時代は自分たちを鍛え上げ、見つめ直す良い機会だとも考えています。
クライアントそのものが迷走し、自分たちの行くべき道を見つけられない時代。
その中で小さな種を植え育てようとするもの。かつての栄光を取り戻せると信じてただ闇雲に突き進もうとするもの。弱りきった国にしがみつき依存しようとするもの。この場所から逃げ新天地を探そうとするもの。
私たちもこれまでと同じ方法では生き延びることはできません。
それでも考え抜くと結局残るのは自分たちの生存意義しか無くなる。だから原点に立ち返ろうと思うのです。
●何を目指そうとしているのか?
私たちがはじめた事業。今は多少なりとも大きくなって法人になり、クライアントの数はたった1社からこの4年間で8社になりました。昨年まで売上は伸び続けていたけれど利益幅が狭く、今年一年は足踏みをしようと考えました。
その間にもう一度原価率を計算し、利益幅が上がるように事業の見直しを行うことにしました。そのために新商品を開発し市場に投入したのが昨年の秋。幸いなことに新商品の売れ行きは好調で前半の半期で効果が分かり始めると考えています。
しかしそれ以上に市場の冷え込みは厳しく、特にこの夏の猛暑で事業の再生を拒まれさらにインボイスの導入やユーザーのライフスタイルの変化によって多くの企業が利益を上げることができず、秋には昨年比30%以上も企業倒産が増えています。
この中で、本当に強い企業を作るために私たちがしなくてはならない事は、実はシステムの構築やデジタル化の推進や効率性を上げることばかりではなく、もっとアナログで基本的なことではないかと考えはじめています。
機械が導入され、AIが指針を示したとしても現場で働いている私たちは「何に対して幸せを感じているのか?」という根本的な問題からはどんどん離れていっている気がします。
もちろん効率化もDXもこれからの少子高齢化が進中では必要な事だとは思いますが、そのことによって人が元来持っている創造性や意欲を損なうのであれば少し視点を変えなくてはならないと感じています。
●誰を幸せにしたいのか?
「裏腹な言葉」というのを以前からよく聞きよく目にして来ました。
一番多かったのは「お客様を幸せに」という言葉。
もちろんお客様が幸せでなければ私たちは報酬を頂けません。しかし目的が「お客様を幸せにすること」よりも「報酬を得ること」に重心が傾いてしまうとさまざまな問題が起こるのを見て来ました。無理を通して契約を取り、さらにそこにわざわざ必要の無い業務と価格の上乗せをしてゆく。最初は幸せに近づいていると思ったその仕事はどんどんお客様の幸せから遠ざかってゆきます。
そして現場で働いている従業員さえもノルマに追われ、残業を続け幸せから引き離されてゆく。経営をしている数名だけが収入が増え、幸せを手にすることができる。企業の中だけでなく発注者と下請けの関係でも同じようなことが起こります。
特に景気の低迷が続くと人は働けば働くほど幸せから遠ざかってゆくように感じます。経営者が自分の幸せを追えば追うほどそんな傾向が生まれるように思います。
「優しい経営者は会社を潰す」とよく言います。
企業全体としての利益を求めると従業員、下請け企業から発生する「原価」を下げることになり、優しい経営者はそれをすることができないからです。
ではどのラインが経営者、従業員、下請け企業、そしてお客様全てが幸せになれるのでしょうか?それは本当に難しい問題です。
私たちは幸運なことに直接お客様の顔を直接見て触れ合うことができます。
かつてデザイン会社を経営していた時、私たちの仕事とお客様には距離があって直接お会いすることはほとんどありませんでした。デザイナーにありがちな間違いは自分たちが仕事をしている相手をクライアント企業だと勘違いすることです。本当に仕事をしている相手はクライアントの向こう側にいるエンドユーザーなのです。
私たちにお金を支払ってくれるクライアントのために仕事をしたとしても、エンドユーザーが私たちの仕事を認めて好感を持ってくれなければ商品は売れず、そのデザインは成功したとは言えません。その上、仕事を発注しているクライアントも利益を上げることができないのです。
つまり私たちが「優しさ」を送るべき相手は最優先で「エンドユーザー」であるべきだということです。
経営者は優しいだけでは務まりません。でも優しくない経営者はお客様にも優しいのでしょうか?
「お客様を幸せに」は基本中の基本です。そうあることで「お客様」が幸せになれるのであれば仕事は必然的に大きくなり、従業員にも下請け会社にも「幸せが」還元されるのだと考えます。
●働いているみんなは幸せだろうか?
私たちが仕事をしていて一番幸せな瞬間はいつでしょうか?
私たちはお菓子を売っているのでお客様に「おいしかったよ」と言われる瞬間です。飲食業でも同じでしょうしサービス業なら「助かったよ」でしょうか?
お客様に認めていただけて、さらに一緒に働いている仕事仲間や経営者の方に「ありがとう」と言われた時でしょうか?
「認められること」「感謝されること」「好意を持ってもらえること」は人にとって幸せを感じられる瞬間です。
たまに経営者でこの「アメ」を多用しながら根底で「ムチ」を使う人もいます。毎日残業で心も体もヘトヘトになると幸せなはずがないのに優しさで「義務感」を押し付けられることがあります。
私たちは仕事の中身であまりオートメーション化を推し進めていません。企業を大きくすることだけを考えるのならオートメーション化を導入した方が効率化は上がります。しかし、働いている人たちの気持ちはどうでしょうか?
もちろん仕事量が増えることも働いている人たちに負担を与えます。でも今の私たちの仕事量では自分たちの手で作る方が「自分が作ったお菓子」という自覚も生まれ、それにお客様が「おいしい」と言ってくれた時の喜びも大きいと思っています。仕事量が増え「くるしい」が「うれしい」を上回ったなら場合によってはオートメーション化も考えなくてはならないかも知れません。
でも、「くるしい」と思わずに済むマーケットの大きさや仕事量を自分たちで調整出来る仕事のサイズというものが存在するのなら、私たちはそこを目指したいと考えています。
お客様との距離が近く、顔を見ながら話ができて、自分たちの仕事が喜ばれている実感を得られる仕事のあり方。それはまさしく私たちが最初に目指していた仕事であり、企業が成長しても同じ感覚が得られることがとても大切だと考えます。
●初心に戻ろう
私たちが最初にカフェを開いたきっかけになった店がいくつかあります。
どの店も丁寧な仕事を一つ一つこなし、お客様との距離が近く、細かな気遣いができる店ばかりでした。大きくなってもそれを続けている企業もあります。
その店ではお客様に接するのと同じように従業員の話を聞き寄り添って、最適な環境をお客様にも従業員にも提供しています。離職率が低く、また離職した後で戻ってくる率も高い。新人一人に必ず一人の先輩従業員が付きフォローする。
今は世界中で展開する「スターバックス」がそのお店です。
「無印良品」も同じような仕組みでお客様と従業員の両方が幸せになれる環境づくりをしています。「スターバックス」と自社を比べるのはおこがましいとは思いますが、見本となるものが近くにあるのであればいつも参考にするべきだと考えています。
もちろんスターバックス以外にも奈良にある「カナカナ」や東京の「サンディベイクドショップ」「CITY BAKERY」など。
どの店にも共通しているのは働いている人たちの表情が明るく、イキイキしていることです。もちろん従業員教育もありますがお客様との距離が近く、働くことが楽しく感じられる店。私たちも目指していたのはそういう店であり、成長するにつれ少しづつそこから離れて来ていると感じられるのはとても問題だと考えています。
事業を大きくしようとすれば多くの人の協力が必要になり人件費も経費も膨れ上がります。
人を増やすことに慣れてしまうといつの間にか人件費が利益を圧迫し経営が成り立たなくなります。少ない人数で事業を回そうとすれば個々の働き手への負担が増え仕事が楽しくなくなります。仕方なく機械化やITの導入を進めると仕事や働き方が単調になり、やはり仕事が楽しくなくなります。
適正な生産性と販売力がバランスよく配分されなければやりがいのある働くことの楽しさや意欲が湧く職場にはできないのです。一つ一つの店舗でそれぞれの働き手が充実感を持って働くことが「楽しい」と思える企業や事業のサイズがあります。
それを何度も修正や調整を加えながら根気よく実現していく努力が必要です。
●目標は自分の力だけでは実現できない
もちろん、従業員や取引先企業は事業や企業の成長には必要不可欠です。
ただ、自分たちの事業を強く育てるためには自分で努力するだけでは気の遠くなるような時間が必要になります。
もしも自分の行なっている事業と同じ方向を向きながら共に歩んでいけるパートナー企業があれば声をかけてみてはどうでしょうか?
そのパートナー企業と新しい事業について話し合うことができるかも知れません。
共同で新しい商品を開発できるかも知れませんし、協力してユーザーに働きかけてファンコミュニティを作ることができるかも知れません。
企業同士のつながりは時に軋轢を生み出しますが、それはどちらかが相手よりも上位に自分たちを置こうと考えた時に起こるのだと思います。
協力関係を上手に構築できれば強い成長力を生み出すきっかけになります。
現在はどの企業も苦しい状況だと思いますが、今はじっくりと自分たちの事業の在り方や企業の向くべき方向を修正し、次の成長に備える時だと考えます。
ピンチはチャンスと言いますが、ピンチそのものがチャンスになるのではなく、ピンチであればあるほど深く自分たちの事業に向き合うことが出来、その中からチャンスを生み出すヒントが隠されているのだと考えます。
強い仲間を探し、次の飛躍に向けて踏み出さなくてはなりません。
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