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アドバトロス

夢を見た。
妙にリアリティのある夢。
場所はどこかわかっている。
最初に就職したデザインプロダクションの中。
社長と専務は昔のまま。
でも社内の様相がずいぶん変わっている。
社長も専務も冷ややかな目で何も指示をくれない。
他の社員とは仕事の話を進めているように見えた。
それと以前とは全く違っていたのは社員の半数が日本人ではなかった。
皆が英語で会話をしている。
僕はどうやら中途採用の出戻り社員。年齢は30代半ば。
放置されている。
いじけたように空いているソファ席に座ってノートを取り出して意味のないメモ書きを始めた。
今思いついたことを仕事でもなく書き殴っているだけ。
他の社員に話しかけたいけれど、まず英語は話せないし、何を話せば良いかわからない。相変わらず社長と専務には無視されている。
奥の方から40代前半の綺麗な女性が近づいてきて、僕の前にお茶を出してくれた。
「僕はまだ何もしていませんから。社員かどうかもわからない」
と言ったけれど、女性は微笑んで「どうぞ」と言った。

かつてあの会社に入社した時のことを思い出した。
全員が仕事が出来て、僕よりも仕事のできる同期入社が二人いた。
二人は半年を待たず辞めてしまった。
仕事はスパルタで僕は見栄を張って出来もしないことをプロのみんなの前でウンチクを垂れた。
社長と奥に社長のお父さんがいて、社長のお父さんは部下を一人引き連れて貿易の仕事をしていた。
社長も社長のお父さんもその部下も英語が堪能で、他の社員も毎週英語の講習を受けていた。
時折外国人のお客様がやってきて社長のお父さんと笑いながら商談をしていた。
一度社長のお父さんに「英語が上手ですね」と言ったことがある。
そしたら「僕はね、50代半ばから英語を勉強し始めたんだよ」と言われてびっくりした。
なんだか世間知らずの自分が恥ずかしかった、あの時の感情が蘇ってきた。

夢の中の会社はどう考えてもあの時の会社に違いなかったけれど、
あの時の社長と専務の年齢からすると今はもう現役ではないはず。
以前の会社はマンションのフロアに5LDKほどの広さでそこに8名ほどの社員が働いていた。
夢の中では会社は大きくなっていて、3階建ての小さな自社ビルだった。
各階に5名ほどの社員がそれぞれ自分の仕事を持っていて、3階だけは全員が外国人だった。時折下の階に降りてきて他のスタッフとも打ち合わせをする。

僕は2階にあるソファに座り込んで手持ち無沙汰に仕事をするふりをしていた。
社長と専務の視線が痛い。
すごくリアリティのある夢で、これは何か意味があるんじゃないだろうか?と感じた。細かな詳細、例えば部屋の内装まで事細かに覚えている。
最初に就職した時のその会社とは変わっているけれど、同じなのは会社のスタッフの活気。
夢の中では話しかけられず、自分の仕事を持たないことが恥ずかしくて、それを誤魔化している自分自身のことも恥ずかしかった。
社長に連れられてプレゼンに行った事があった。
中堅の社員が、それでも緊張しながらプレゼンをして、社長が最後にフォローをしていた。
プレゼンが終わった時に、突然社長が「君は何か質問はないか?」とふってきてドギマギした。
その場にいるだけで緊張してほとんどプレゼンの内容を覚えていない。
「ありません」と言っている自分の言葉も恥ずかしかった。

夢の中であの時と同じ感覚を味わっていた。

なぜこんな夢を見るのだろう?

夢から覚めてもまだリアリティーがあって居心地が悪かった。
何も仕事の出来ない新人が超ベテランの中に放り込まれて萎縮する感じ。

一つ思い当たる事がある。
それは最近自分の力で仕事を作れていないな、ということ。
運には恵まれて仕事は順調に成長してはいるけれども、どうも自分で作った気がしない。
あの夢が現実で無能な途中採用の僕は、あの後どうしただろう?と考えてみた。
毎日出社して、自分が会社に貢献できていないけれど誰も何も言わない。
針のむしろに座らされている気分。
どうしてそんなことになると分かっていてあの会社に中途採用で入ったのだろう。
この夢は何かの啓示なのだろうか?

「本気で動けていない」自分のことに気がついた。

勇気を出して他のスタッフに話しかける。相手が外国人でも怖気付かない。
まず、その会社の業務のことを調べる。
何をしている会社で何が必要なのか?
それをきちんと企画にまとめて不完全であっても提案してみる。
見知らぬスタッフの中に自分の味方を探す。
あのお茶を出してくれた女性は人当たりが良くて話しやすい。
あの人は何ができるのだろう?話をしなきゃわからない。

最初はあの人に企画を見せてみよう。

さっきの夢にはきっと意味がある。30年以上前に新人だった頃の気持ちを思い出させてくれた。
とても不安で見栄っ張りで、あの時の社長や専務は無理やり僕のことを世間の荒波に引っ張り出していろんなことを経験させて育てようとしてくれた。
年齢とともに落ち着くなんてことは必要ないと社長のお父さんが教えてくれた。

「自分の仕事は自分で作りなさい」と言われている気分になった。
あんなにリアリティのある夢。おそらくもう社長が生きていたとしても80歳を超えている。ご存命かどうかもわからない。

そうか、今は「お盆」だ。

箸にも棒にも掛からなかったあの時のことを彼らは覚えていてくれたのだろうか?
会社はまだ存続しているのだろうか?
一度調べてみよう。
会社の名前は「アドバトロス」。
調べるとえらく古いホームページが残っていた。
40年ぶりに電話をしてみよう。
「今でもデザイナーの端くれです」

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