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誰かに気に入られる(以下スキルとする)のは
至極簡単なこと

相手が望むものを言わせずとも察する

対話の中でさりげなく聞き出す

相手の周りにいる人間から聞き出し


それを差し出す

大抵の人はそうすることで心を開いてくれて
あとはその繰り返しで信頼を得ていけば

チェックメイト。


この所業を繰り返している自分もしくは他人を見て
自分自身はどう感じるか

が問題なのだ。

ごまをする、媚びる
とは少し違う
無意識に出来てしまうのは人誑し

それが良い、悪い
ということが言いたいのではない

あたしがどう感じるかを、綴っていこうと思う。


結論からいうと


TPOによってはあれば得するスキル
なのであるに越したことはないが
なくても全然良い


というのが本音。

建前的には

そりゃ気に入られた方が色々とスムーズなんだから
あった方が良いしないならないなりに努力すべき


とか言うかもしれない。


TPOと先ほど記したが
ビジネスシーンを土俵とするならば
特にこのスキルはあった方が得だろう。

仕事上において
言われたことがきちんとできれば
お金がもらえる仕事はもちろん山ほどある。

だがこのスキルがあれば
言われた時点で今からやるもののゴールを見据えて
かつそれを上回るor何か一手間スパイスのようなものを
加えると

喜ばれたり
喜ばれなかったり

ある程度指示通りにやらないことが吉とされる世界と
徹底して指示通りにやらないことが凶とされる世界によって


自分の成果物に対する評価は変わるのは当たり前だが

例えば自分が部下に何か指示をして
指示通り+α何かその人らしさみたいなところが
最終的に提出されたら

わりとどんな内容でも嬉しい気がしている。

つまり、上でいう+αができる人は
"スキルがある(意識的or無意識的に発動している)人"

だと感じるし
筆者もこんな人になりたいし
ある程度指示通りにやらないことが吉とされる世界で
こんな上司の元で働きたいと勝手に思っている。



TPOその二でいうと
恋愛なんかもわりとこれに当てはめられるシーンが
あるのではないか。

そもそも人として
自分が思っていることを察してくれる人
というと安直だが
少なくとも察する努力を惜しまない(できてるできてないではなく)姿勢や
自分のことを思って、考えて
それだけエネルギーを使ってくれたと感じることができた相手なら

自然と好意を持つひとつの尺度になり得るのではなかろうか。

察する天才はおそらく容姿問わず世間一般でいう所謂モテ、というものを体感してきているかもしれないし

察することをそもそも知らない人は魅力に欠けると思ってしまう。


ただ、察するというのは
場数をある程度踏んでいけばなんとなく鍛錬できるような気がしてやまない。

このシチュエーションでは多分相手はこんなリアクションだろうな
という予測をいくつか立てた上で

やっぱこうきたか〜
もしくは
あ、今回は(もしくはこの相手は)こうくるのね〜

を繰り返していくと

たとえ相手が立場も年齢もバックグラウンドも
全然違う人だったとしても
なんとなく察した結果に共通点のようなものが
みえる瞬間がある。(筆者はあった)


無意識的にこれができてる人は
まじで羨ましい。
意識的にやってる、このスキルを使って演じることが上手にできている人は
本当に尊敬する。
知っててやってない人、うまく演じることができない人も
それはそれで貫いて欲しい。
知らないしやってない人は
そんなのもあるんだなくらいに思って欲しい。
筆者は二番目でいたいしそうだと思ってる。


要するに

人は無い物ねだりな生き物だから

せっかくお互い人と人同士が
関わる機会があるのならば

完全には無理かもしれないけど
ある程度気遣ったり気遣わなかったりしても良いけど


気に入り気に入られ
生きていけたら良くない?


くらいのマインドでいたいよね

25歳満身創痍の徒然なる感情の記録でした。

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