親になって思うこと 幸せについて

2019年5月18日に娘が生まれて、人生で初めて人の親になった。自分から誰かに対して俺、父親頑張ってるからとか言える程立派ではないけど、彼女にとっては唯一の実の父。それは間違いない事実。

健やかに幸せに育ってほしい、と願う毎日。
娘がこの世に生を受けてから考えている事があるので言語化してまとめたいと思い、postします。

人は幸せでなければならない

とにかく、娘にはどう考えても幸せになってほしい。
そのために親として人として俺は頑張る。妻も頑張る。
たまに息抜きはするけど、基本頑張る。

そして、娘には自分からも幸せになれるように努力して欲しい。

個人的に、人はこの世に生まれてから死ぬその瞬間まで幸せでなければならないと思っている。それは同時に幸せであることを常に求めて、努力しなければならないということ。

人間に義務がもし与えられているとするならば、勤労、納税、教育、、とかではなく、幸せであり続けること。そのために努めること。なのかなと思う。

今の状態は永遠に続くものではない事を理解する

今が幸せでないからといって今後ずっと不幸でなければならないという事は絶対にない。同時に今が幸せであったとしてもそれはいつまで続くか分からないもの。

現状に不満があるならば、幸せになるために頭を使って周りを見渡し、足を運んで掴めばいい。
何も一気に大きな幸せを掴む事は必要ではない。もし一度に大きな幸せを掴めたとしたらそれはきっと期限付きのもの。いつか手から離れる。小さな達成感に幸せを感じながら、歩き続けて欲しい。自分の環境は自分で変えられるもの。行動に臆病になってはいけない。

そして、今が幸せだとしてもそれは永遠に続くものではない事を理解する。同時に、幸せは自分の力だけで作り上げたものではない。必ず誰かの理解や協力の上に成り立っている。理解しなくてもいいからそれを知っておくこと。そして、常に自分から幸せであり続けようとし、自分も誰かの幸せになれることを知っていてほしい。少なくとも娘が元気なだけで、ただそれだけで俺は幸せだ。

すべての差別を批判すること。加担しないこと。

人は幸せでなければならないという前提で考えると、あらゆる差別は人の幸せを傷つける。
誰がどんな権利を持っていても、幸せを侵害する事は絶対に許してはいけない。そしてもし自分が幸せを侵害されていると感じたら、そのコミュニティからは即離れること。

だから今後、娘の幸せを侵害するような事をもたらすものに対して、俺は全力で批判するし、対抗する。

そして俺自身も幸せでなければならない

自分を不幸だと思っている人は誰かを幸せにする事はできないと思う。だからまず娘を幸せにしたければ、俺自身が幸せでなければならない。
俺が何に幸せを感じるか、分解してみる。

健康
家族
食事
音楽
友達
釣り

多いな。。笑
でも、少なすぎると依存度が高まるからこれくらいでいいのだと思う。
こう見ると、俺は高価なものによってもたらされる物には幸福を感じにくいようだ。
(健康と家族は高価ではないかというのは少しズレるので置いておく。)

食事は、何も高級なものではない。
自分で自分が美味しいと思うものが作れればそれでいい。
料理のスキルは幸せに直結すると思う。
美味しいもの食べて不幸な気持ちになる人はいないと思うから。

自分の幸せの構成要素を知ること。
そうすれば、それを阻害するものが分かり、距離を置ける。

すべての人は幸せであるべきである。

自分の子どもには、本当に幸せになって欲しい。

そのために、頑張ろうと思う。
俺の人生の主役は俺だけど、今の主人公は子どもだ。

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