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宍道湖のかたすみでアヌシーを愛した

目の前の旅に夢中だ。それでも、4月に訪れたフランスを頻繁に思い出す。観光らしいことは大してできなかった13日間の最終日、わたしはアヌシーにいた。アヌシーはスイスとの国境にある街だ。

(書くといって放置状態だった旅行記。お次はパリについて書くといいつつ、最終日のアヌシーについて書き散らす...)

パリから始めた旅路はリヨンへ、そして最後にアヌシーへと向かった。移動するたびに澄んでいく空気に共鳴するように、からだも緩む。

アヌシーの湖は、川のきよらかさや海の豊かさとも違うものだった。パリのセーヌ川やリヨンのソヌ川、ローヌ川も、早春のきらめきを放っていた。もちろんそれはもう、とても心地いい。

いっぽうで湖は、山の生命力みたいなものが詰まっているような気がするのだ。森林の還元濃縮。湖の近くに住みたい、と思ったのもそのためか。

アヌシーの中心街には、ハンドメイド石鹸のお店やジェラートのお店など、いわゆる観光地のおみやげ屋さんが立ち並ぶ。特段ほしいものはなかったが、森林のエッセンスが脈打つ街中は、目的もなくただただ歩くだけで満ち足りた。

魅力的なカフェやレストランがあることももちろん大事だが、何もする必要がなく、目の前の景色を愛でることに最上の幸福を感じる。暮らしの理想とは、こういうことではないのか。住まいに選ぶ地域では、この視点を大事にしようと、つよく思った。

特に気に入ったのが、Duight(デュアン)というちいさな町。アヌシーからバスで30分程、湖沿いを行くとたどり着く。観光客はほとんどいないが、ここもアヌシーのほとりだ。

静かだ。そうか、わたしは湖のしずけさが好きなのか。流れる水や寄せて返す波は、この時のわたしにとって過剰だったかもしれない。きれいに敷いたテーブルクロスのような、なだらかな湖面。浅い呼吸でこわばったからだを包み込んでくれた。

旅を終えてずいぶんと月日が流れてしまった。日本を転々としている現在、島根県の宍道湖がアヌシーの記憶を呼び寄せた。どんなに遠い過去となっても、こうして今生きている生活と共に、これからも出会い直せるのだろう。それがとてもうれしい。


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