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ヨコスカで猫を拾った土曜日のこと

先日、ドライブ中に友達M子が、“子どもの頃捨て犬を拾ったが、お母さんに「元のところへ返してらっしゃい」と言われて悲しかった”という話をした。実家はペット不可のマンションだったそうで、私は「お母さんがそう言うのも無理はないな」と思いながら聞いていた。でも彼女は自分の母親に、じゃあどうしようかと、いったん保護して、誰かもらい手を探すとか、保護団体を調べるとか、そういうことを一緒にして欲しかった、と言った。それもなるほどな、と思った。私ならどうするだろう。犬なら、まあ、飼っちゃうかな。などと考えていた。

「私が今捨て犬を見つけたら、絶対飼うんだけどな。あれ以来、捨て犬なんて見たことがないよ」

M子はそう言った。それが水曜日。

土曜日は、横須賀のグリーンオアシス、グレナトレドの工房オープンの日だった。グリーン好きのM子と、パン屋でモーニングをしてから、ウキウキ出かけて行った。朝一番で駆けつけたため、客足もまだまばらで、私たちは中庭で寄せ植えをさせてもらうことができた。個性的な多肉植物たちを吟味して、ああでもない、こうでもないと寄せ植えていると、どこかから声がした。

「ナオーン」

その声はなんだか野太くて、お世辞にもかわいげのある感じではなかった。トイプー3匹、保護猫1匹と暮らすM子は、「あれはお腹が空いてる声だよ」と言った。私は顔にブチのある、太った大人の野良猫を想像し、そのまま寄せ植えを続けた。

「ナオーン。ナオーン」

猫の声はさらに大きくなる。どこにいるのかな、と隣家に続く茂みをのぞいてみると、

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そこにいたのは、子猫だった。

あまりの小ささに驚いて声を上げると、子猫もビックリして、走り去ってしまった。バス通りの方へ、すばしっこく逃げていく。「轢かれる!」私とM子は慌てて追いかけた。

子猫はバス停の前の茂みの中に隠れていた。30分以上も格闘しただろうか。私が木の枝で追い立てると、茂みから出てきたところを、M子がむんずと抱き上げて、確保となった。

「ビヤー!!」

子猫は抵抗してM子に爪を立てた。さらに鋭い歯で指に食いつく。M子の指からはダラダラと鮮血が流れた。

「ギャー!!!」

声なく私も心中で叫んだ。とても私にはできない。

私は猫が苦手。

いや、嫌いじゃない。見た目はかわいいと思う。でも、フーッと毛を逆立てたり、爪で引っ掻いたりするのが怖いのだ。

捕まえたはいいが、ど、どうしよう。オロオロしていると、M子がすぐに病院へ連れていくという。Googleで探して、すぐ近くの動物病院に駆け込んだ。

そこには、数週間前に道で轢かれて、通りがかりのヤマトさんに運び込まれたという(猫つながり・・)、この子猫のきょうだいと思わしきソックリ猫が保護されていた。

「だいぶ良くなってね。ヤマトさんが置いて行ったので、うちで面倒見てるんですよ。もうもらい手は見つかってるんですよ」

動物病院の方はそう言った。

そうか、ここで保護してもらえるのか。私は安心した。

ところが、一通り検査をして、予防注射など打ってもらう間に、もうすっかり私たちが連れて帰るという話の流れになっていくのである。

「ねー。なんとかちょっと連れ帰ってもらって、様子を見てね。誰か飼ってくれる人が見つかるといいね」

家に保護猫がいるM子は、はじめこそ「うちは無理だな・・」と苦笑していたが、やがて連れ帰る気になったようだった。ひとまず預かって、保護猫をもらった団体に連絡してみようか、と。

子猫は、人生、いや、猫生で初めての「いなば にゃんちゅーる」を獣医さんの手からもらい、大興奮。しだいに毛も逆立てなくなり、獣医さんの手をひっかくこともなかった。

「これはすぐに懐くよ」

獣医さんはそう言った。

そうなのか。すぐに懐くのか。だったら私にも飼えるかな。ふと、そう思った。だって本当にかわいいのだ。

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いやいやしかし、わが家には愛する先住のコザクラインコがいる。インコと子猫では、どうにも相性が悪い。子猫がうちのインコをいびり殺す様を想像して、ブンブンと頭を振った。

M子には申し訳ないが、ここでイニシアティブをとっている彼女にお任せするしかない。私はなんとも役に立たない感じで、診察を終えて再び段ボールの箱に収められた子猫を助手席で膝に抱いた。

「家族はなんて言うかなあ」

子猫は低い声でナオナオ鳴き続けている。

「飼っちゃうかなあ」

そう言うM子の横顔は、「もう飼うぜ」という覚悟がにじんでいるように見えた。

数日前に、「捨て犬に出会いたい」と言っていたM子。まあ犬ではなく猫だったわけだけど、M子はどちらも大好きだから、良しだろう。求めよ、さらば与えられん。なんだかなあ人生は、と私はつくづく驚いていた。

結局、M子の家族に子猫は歓待され、無事に2匹目の飼い猫となったと連絡があった。

数日後、M子の家に、子猫を見に行った。

野良猫の気配はすっかり消え去り、まるでアメリカンショートヘアのように気高く、オシャレな子猫がそこにはいた。

「2日でベタ慣れだよ」

カーディガンの中、豊かな胸の上に、カンガルーの赤ちゃんのように子猫を抱いて、M子は誇らしげに言った。

う、う、うらやましい!!

しかし、これはM子の特権なのである。保護した直後からビビッて、後退りした私には、子猫を飼う資格はまったくないのだ。しかし、M子は言った。

「あなたが仮で付けてくれた、グリっていう名前に決まったよ」

えっ。私が名付け親でいいんですか! なんだか少しは役に立てたような気がして、嬉しかった。

グリ。gris。フランス語で灰色。

M子の家族に、大切にしてもらうんだよ。長生きしてね。

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