生物兵器
本稿は生物兵器(Biological weapons)について解説する。生物兵器というのはただならぬ響きの言葉であり、とてつもない武器というか殺傷力をもった兵器を各人は想像してしまうのではないだろうか。例えば核兵器や、または毒ガスなどの化学兵器に対応するような恐ろしく、場合によっては人類滅亡すら引き起こしそうなパワーを感じる名称である。しかし、実際のところ生物兵器とはどういうもので、一体何を指していて、どのようなものが現実として存在しているのかを知っている読者は少ないのではないだろうか。そんなこともあり、本稿は生物兵器について誰もが調べることのできる文献を引用する範囲で得られた情報を基に、解説を書こうと考えている。本稿は途中までは無料であり、300円で全部読める他、マガジン購読(月額800円)でも読むことができる。
1. 生物兵器の定義
まず生物兵器とは何かということを明確にしたいと思う。
上記にWHO(World Health Organization, 世界保健機関)による定義を掲載している。日本語にすると、生物兵器というのはウイルスや細菌、または菌類(酵母、キノコ、カビなどの真核生物)、または生物により産生された毒性物質であり、これらを故意に製造および放出すると病気や死を人間や他の動物または植物に生じさせることになる。
つまり核兵器や化学兵器のように、分かりやすく武器みたいな形にデザインされたものではない。
むしろ生物兵器は、画像で示すとウイルスや細菌類の電顕写真みたいな感じのイメージみたいなのになっており、どうにも実際の使用のされかたなどが分かりにくい。後の章では、生物兵器の歴史を取り上げていきたいと思う。
2. 生物兵器の歴史
生物兵器の種類を細かく説明するより、まずは生物兵器の歴史そのものを説明しようと思う。それを通して、生物兵器の実際のイメージをつかむのが良いのではないかと考えている。
そもそも生物兵器と言えそうな兵器自体は紀元前から使われていた。そういう点では実は生物兵器は核兵器や化学兵器に先立って使われていた武器だったのである。
歴史書に記録されている最古の生物兵器の使用は、紀元前1200-1500年ごろ、ヒッタイト(Hittite、 現在のトルコ付近)にて野兎病(実態は細菌であるFrancisella tularensis)の遺体を敵地に放り込むことによって感染症の蔓延を引き起こさせたという。すなわち当時ですら、その真の原因は不明であっても感染症というのが存在していて、その感染症にかかった人や動物は生きていても死んでいても、近くにいると周りに伝染ることが既に経験知的に分かっていたということである。
古代ギリシャのホメロスの叙事詩によると、紀元前590年ごろ、第一次神聖戦争(The First Sacred War)にてアテネと野外同盟は、包囲されたキルハの町(デルフィ近郊) の水道を有毒植物ヘレボルスの毒によって汚染させたという記録がある。水道に毒を流すというのはこのように昔から存在しており、テレビゲームなどでもその故事は採用されていた。
紀元前184年においては、カルタゴのハンニバルがローマと戦っていたが、そこでは毒蛇の入った土壺を持って来させて、敵船の甲板に投げるよう指示したという。
以上のように紀元前ですらかなりの生物兵器が使用されてきた。紀元後の2000年間でさらに使われて行ったのも言うまでもない。
12世紀の神聖ローマ皇帝フレデリック・バルバロッサは、1155年にイタリア征服作戦中に人間の遺体を井戸に捨てたと言われている。これは結果として井戸水に毒・感染症が混ざるということで、事実上の生物兵器であった。そして14世紀のモンゴル人はクリミア半島カッファの城壁にペスト犠牲者の遺体を投げ入れたといういう。これにより敵方が多くペストに感染して、命を落とすこととなった。
以上のように19世紀までの生物戦争(Biological warfare)の事件を書いてきたが、見れば分かるようにナポレオンすら使っていて、マラリアの蔓延を仕掛けようとしたのであった。また1675年にはドイツとフランスで毒の使用を禁じる協定を結ぶなどがあった。19世紀になり、生物学および細菌学などが徐々に発展をとげ、細菌の実体が明らかになるなどの理解の前進がなされ、20世紀になって生物兵器開発は各国が進めていくことになったのである。
1914年以降の第一次世界大戦中、ドイツは炭疽菌(Bacillus anthracis)や鼻疽菌を使用した破壊工作を行ったが、結果は芳しくなかった。その後の1925年に締結されたジュネーブ議定書により、化学兵器や生物兵器の使用は禁止された。
しかしながら、その後も生物兵器の開発を強力に推し進めていた軍事国家があったのである。
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