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「レーエンデ国物語」を読みふけった日々

ゴールデンウィークの狭間。

電車に乗っていたら、隣におじさんが座ってきた。それなりに空いているのにわざわざ隣に座ってきたことと、香水の香りが気になっていたら、高速でたこやきを焼く動画を見ていることに気づいて、妙な親近感を得てしまった。その後、おじさんは分厚い本を取り出して開いていた。ハリーポッターみたいなハードカバーの装丁で、見開きには地図が描いてあった。
地図には「西ディコンセ大陸」と書いてあって、その横には「聖イジョルニ帝国」、「大アーレス山脈」・・・いかにも日本人が創ったファンタジーらしい地名が並んでいた。おじさんがもう1枚ページをめくると「革命の話をしよう。」という書き出し。これは自分が好きなタイプの作品に違いない!どうにも気になって、電車を降りた後にその作品を探してみた。「レーエンデ国物語」という作品らしい。序章と1章のサンプルが公開されていた。久しぶりに電子書籍のアプリを開いて読んでみた。

未読の方はサンプル読んでみてほしい!

この話はレーエンデという国の歴史を語ろう、という流れで始まる。かつてユリアという乙女がおり、この国の礎を築いたという。中世〜近世ヨーロッパ風の世界観の中、シュライヴァ州の貴族である主人公ユリアが雪深い自分が育った城から、幻想的な呪われた土地「レーエンデ」へ向かうという話だった。
この「レーエンデ」という土地はファンタジーの結晶だった。険峻な山脈に囲まれており、帝国の中でも独立した地域らしい。シャボン玉のような泡が舞って、人々は森で暮らし、狩りと採集をして、その恵みをいただく。しかしレーエンデには「銀呪病」という不治の病があって、外の地域の人々からは恐れられている。・・・といったこの本の魅力を見事に表現した紹介文があったのでリンクを貼っておきます。

感想ゆってもいいですか(ネタバレあり)

あの。元々いかにも中世風ファンタジーが大好きなのです。ベルセルクとかナウシカ、FFタクティクス。でもどちらかと言えばクロニクル的な群像劇というか。こういう出来事があって、国が独立したとか滅びたとか。こんな英雄がいたとか。
一方で、心の機微ややりとりもすき。大きく感情が揺さぶられて、悲しくなったり嬉しくなったり、辛くなったりするのもたまらない。
そのどちらもが「レーエンデ国物語」にはありました。

主人公ユリアは父ヘクトルと一緒にレーエンデに来て、トリスタンという青年に森の案内をしてもらいながら過ごすんですが。序盤はこの国のパワーバランスとか、どんな戦争が起きているとか、その凄惨さや人々の生き様、希望をしっかり厳しく描いていて一気に引き込まれました。そしてレーエンデの森や暮らしの描写が美しく洗練されていて、どんどん読み進めてしまう。
森の案内人トリスタンは一匹狼であまり他の人と関わらず無愛想だというのに、ヘクトルとユリアには笑顔を見せるようになって、ユリアにとって父を支える同志であり友人であり騎士になっていく。少しずつユリアとトリスタンの距離が近づきつつも離れたりしてもどかしい。そんな心のやりとりも美しくて、ユリアと一緒になってキュンとする。

他愛ない森での生活の描写が続いたと思えば息を呑む戦いのシーンもあって、私はもう結構な大人になったのにドキドキしながら読んだ。もしかしたら誰か死んでしまうかもしれないとか、取り返しのつかない怪我をしたらどうしようとか、でも自分には何もできない・・!とか思いながら没頭して読んだ。

トリスタンについて

最後はトリスタンが望んだように最後まで生き抜いてユリアとヘクトルを守り抜き散っていったのがなんとも切ない。でも、トリスタンはそれが夢なんだと話していたから、寂しいけど哀れには思えないし、最初から最後まで信念を貫き通し、強くあったトリスタンはかっこいい。自分の中で葛藤もあったし欲望に負けそうなこともあったけど、彼は間違わないでユリア達を守り続けた。彼の懸命な生き様は心底あっぱれだなと拍手を送りたい。
よく感想で「トリスタンが銀呪病を治してユリアとハッピーエンドもみたかった」というのがあるけど、私はそうは思わなくて、きっと最後に華々しく散っていく彼が儚く美しいからこそ、トリスタンの生き様が心に重く残っているんだろうなあと思う。あと後述するけど、ユリアにはユリアにしかできないことがある。その使命を果たすためにも、きっとトリスタンは病が治ったとしても恋仲にはならずにユリアを守り続けるんだと思う。(妄想)

ユリアについて

ユリアは「レーエンデの国母」と呼ばれていたらしい。序盤15歳のユリアはレーエンデでの暮らしの中でトリスタンの妻になりたいと思っていたし、この若さでそれは自然なことだと思う。トリスタンの生き様や父ヘクトルとのやりとりでユリアも強く成長した。読んでいる途中ではトリスタンへの恋心や病の進行が心配な気持ちもよくわかるし、結ばれて欲しいという気持ちは抑えられない。でも終章に入ってその後のレーエンデの歴史を読むと、いつぞやの「ONCE UPON A TIME IN AMERICA」じゃないけど、人生は甘く切ない。なのだ。私は今アラサーだが、いろんな時代があった。親に守られのびのびと過ごした時代、青春に没頭した高校時代、自分の道を突き進もうと励んだ大学時代、社会人としての青春、大人として鍛えてもらった日々。そして妊娠期間や出産後の唯一無二の時間。それぞれが自分の中の熱く甘い思い出で、楽しかった気持ちともう戻れない切なさが常にある。
ユリアにも自分の生まれというのがあって、レーエンデでの数年の熱く甘い日々は、その時にはユリアの全てだったけれど、それを何年も経って心にしまって、国づくりに励んだのだと思う。でも、その原動力の大きな部分をレーエンデでの日々が励ましてくれていると思えば尊い。尊い日々だったなと読み終えて思います。

さいごに

もうトリスタンに会えない寂しさがあるし、ユリアとヘクトルの人生が終わっている切なさもあるけれど、3人が懸命に今を生き抜いている強さが心に響いています。通勤途中に少しずつ読み進めたレーエンデでの日々はとても豊かで、甘く切ない時間でした。
この3人の話の余韻がまだ続いているので2巻をどうしようか悩んでいます。でも全部で5巻になるそうなので、ぜひ最後まで読んでみたい。

普段は小説をあまり読まないので、こんなに没頭して読んだことが自分の中でも嬉しく思っています。目を閉じれば浮かぶあの景色とはまさにこのこと。寒さや暑さ、痛みや疲労をありありと感じて、ユリアと一緒に悲しくなって嬉しくなって切なくなった時間は宝物です。
あのおじさんが隣に座ってくれたからこんな経験ができて、今では感謝しています。ありがとうおじさん!

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