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9年前・・・

めっきり秋らしくなってきました。昔の人は”暑さ寒さも彼岸まで”とはよく言ったものだと感心しています。

暑さは和らいだのに新型コロナの感染拡大は一向に収まる気配はありませんね。

いろいろな業界にというか、ほぼ全業種の産業に悪影響を及ぼしています。私の同級生の経営している老舗旅館は昨年比3割の売り上げという状況が続いているそうです。もちろん当社にも大きな影響、観光業までには及びませんが一時は昨年対比6割くらいまでの落ち込みがありました。

今は少しは落ち着いてきましたがそれでも影響は少なくありません。

こんな状況で、ふと頭をよぎるのは9年前の東日本大震災の時の事です。

それまでには経験したことの無い災害、はじめは何事起きたのかが良く理解できませんでした。徐々に被害の全容がわかってきて、大変な事態だという事が実感として湧いてきました。

会社として対応を各店に指示するにしても通信手段もなく、車での往来もできませんでした。

そんな中で被害にあったお店では本当によく対応をしていただきました。

栗生店では、電気もレジも使えない中で店頭に当日入荷したばかりだった食品を並べてお客様に販売しました。お客様には”ほかのスーパーに並んでも買えなかったのに・・・”と喜んでもらえたそうです。

また近くのホームセンターに並んでいたお客様に、雨が降ってきたために傘を無料でお配りしました。

また石巻店では、イオンの2階に避難してきた地元の人たちのために、1週間もの間お店のスタッフが泊まり込みでお世話をさせていただきました。

その時もお店にあった毛布やマット類を全て地元の人たちに無料で提供させていただきました。(1週間後に私が石巻のお店に行った時には、店長が涙ながらに私に抱き着いてきたことは一生忘れられません)

栗生店も石巻店も全て店長の独自の判断でした。後に2人の店長は”いろいろ勝手にやってしまってすみません”と私に謝罪してきましたが、”とんでもない本当によくやってもらった、人として正しいことをしたんだよ”とねぎらいました。

私の「社会のために会社はある」という事を実践したもらったという気持ちでした。日頃から会社の基本理念を理解して、実践してくれた2人の店長には本当に感謝です。

そんな中、宮城県と岩手県にあった店舗(当社のほとんどの店舗)はすべて休業を余儀なくされました。会社の収入が途絶えたのです。

会社が今後どうなっていくのかという不安が襲ってきました。震災の3日~5日後の事、妻にそんな不安を打ち明けました。

その時妻の答えです。”お父さん私たちは何もないところからここまでやってきたんだから何もなくなっても別にいいじゃない、だから私たちの財産がなくなっても、従業員の人たちのためにできるだけの事をしてあげましょう”

その一言で私は目が覚めました。

翌日、全スタッフとお取引先様に文書での通達を出しました。

①スタッフは誰一人辞めさせない、休業中の給料は会社が保証する。だから安心して休業中は自宅の復旧に専念してほしい。

②取引先様には一切迷惑をおかけしない。支払いの猶予や免除をお願いしない。

結果として誰一人退職者を出すことなく、お取り引き先にご迷惑をおかけすることなく、会社を復興させることが出来ました。

本当に妻と全スタッフに感謝です。

そして、食品を送ってくれたり1か月分の買掛金を棒引きしてくれたり、お見舞いをいただいたお取引様にも本当に感謝です。

その時はガソリンが手に入らず、自転車で飛び回っていました。まだ若かったのですね・・・自転車に乗っていると髪の毛がなびいてました・・・さすがにその時の自転車はもう錆が出て、写真の自転車に買い変えました。

あの時の思いがあったおかげで、今回の新型コロナ感染拡大の影響があっても、なぜか落ち着いていられるのだと思っています。ある意味、開き直りでしょうか?

ところで、私がこのブログを書いていることが最近会社のスタッフが気が付いてきていて、妻に”専務がチェックしているのでしょう?”と言われるそうです。・・・残念!公開までは全く妻には見せていません。

何故って・・・妻に何か指摘されたら・・・怖い


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