酒の中に真理あり 〜ワインのおかげで今の哲学がある〜

「酒の中に真理あり In vino veritas」
 これはオランダの人文学者エラスムスの言葉です。意味は、人は酒に酔うと本音や欲望が現れるといったものですが、このように酒によって本質が露わになると考えた哲学者は数多くいます。例えば、古代ギリシャの哲学者プラトン。彼は「子供とワインには真実がある」と述べています。また、プラトンの弟子アリストテレスも「ワインは自然の本来の姿、あるべき姿として提示された芸術である」と語っています。このように、どちらも本質に触れるという点において、酒と哲学には親和性があるのかもしれません。今回は、実は酒、特にワインがあったおかげで、現在の哲学が存在しているのだというお話しをしたいと思います。
 哲学の発祥とも言われる古代ギリシャでは、酒は人を酔わせて陽気にさせるという理由から、何か神秘的で宗教的なものであるとの見方がありました。そして酒の中でも特にワインは、ギリシャ神話の豊穣神・酒神ディオニュソスとの関係が深いということもあり、大変重要視されていました。ディオニュソスはローマ神話ではバッカスと呼ばれますね。ちなみに、かの有名なニーチェが『悲劇の誕生』にて説明していることですが、ディオニュソスは太陽神アポロンと対置され、前者が陶酔的で創造的、後者が理性的で秩序的だと捉えられます。ちなみにこの対立構造は芸術にも適用されており、ディオニュソス的芸術とは、音楽や抒情詩、アポロン的芸術とは、彫刻や絵画、叙事詩と言われます。個人的に、絵画はジャンルによってはディオニュソス的だと考えられるものがあるかと思います。ポスト印象主義やシュールレアリスムなどは陶酔としての側面が強いのではないかと考察します。
 そんなギリシャ神話の神とも関係しているワインですが、古代ギリシャ哲学においては決して欠かせない品だったのです。というのも当時、哲学的対話はシュンポシオンという酒宴の場でよく行われていました。プラトン『饗宴』にて詳しく描かれていますが、シュンポシオン参加者はワインを飲みながら様々なテーマについて長時間語り合うのです。ちなみにこのシュンポシオンという言葉、研究発表会や公開討論会、論文集などを意味する「シンポジウム」の語源ともなっています。酒の場での議論という砕けた意味だった言葉が、今では研究者の成果発表というなんともお堅い言葉の起源になっているとは面白いですよね。
 また、現代においても、酒によって発展したと言われる分野があります。それが文学です。ある研究によると、20世紀アメリカにおいて最も傑出した作家のうち、71%が過剰飲酒者であったようです。この割合は一般人の9倍にのぼるそう。信憑性の程はわかりませんか、お酒で酔うことでクリエイティビティが上がるってロマンがありますよね。また、スタートアップの聖地とも呼ばれる米シリコンバレーがあそこまで大きくなったのは、仕事帰りに店で酒を飲み交わしながら語り合ったからだという話を耳にしたことがあります。
 飲み過ぎが体に悪いのは事実ですが、適度な飲酒は血行促進やストレス解消、コミュニケーションの円滑化などにも繋がり、死亡率を低下させるとも言われます。たまには酒でディオニュソス的となり、シラフではできない発想をしてみるものよいかもしれませんね。

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