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A Bird Without Wings 翼のない鳥

   As I sit here by the fireside
      I'm turning back the years
   I can hear my mother singing in the morning

  ソングライター、フィル・コールターの『Gold & Silver Days』には、おそらく万人の幸せの根幹が綴られているのではないだろうか。


『ダニーボーイ』という歌がある。アイルランドに伝わる『ロンドンデリ-の歌』という古い旋律に詞がつけられ、そのひとつが『ダニーボーイ』となり歌い継がれいる。タイトルにあるロンドンデリーとはアイルランド島の街の名で、デリーとも呼ばれる。フィル・コールターの故郷はこのデリーだ。



 20世紀初頭に始まるアイルランドの多数派プロテスタントと少数カトリック派の対立は一旦は停戦するも、70年代に再熱する。1972年、公民権グループのデモ隊に向けイギリス軍が予告なしに発砲し、多くの若者たちが命を落とした。「血の日曜日」と呼ばれる悲惨なこの出来事が起きたのが、デリーの街だった。公民権運動はこれを契機に暴動化し、アイルランド全土に暴力は拡散する。デリーの街は重武装され、多くの地域で人の行き来を制限するバリケードが築かれたという。こうした事態が当時30歳のフィルの心に及ぼしたものは計り知れない。
 


 英国の正式名称United Kingdom of Great Britain and Northern Irenlandが持つ込み入った事情を薄くしか知らなかった迂闊な私の臓腑に、『The Town I loved so well』(大好きだっだ街)は、アイルランド人の思いの丈をドスンと響かせた。やはり歌の力はすごい。




私の記憶の中で私はいつも見るでしょう
大好きだった街
私たちの学校がガスヤードの壁のそばでボールをプレーしていた場所
そして私たちは煙と匂いの中で笑いました
雨の中を家に帰り、暗い小道を駆け上がり
刑務所を通り過ぎて、噴水の後ろに下り
いろんな意味で幸せな日々でした

(中略)

でも戻ってきたら目が焼けてしまった
どのようにして町を崩壊させることができるのかを見るために
装甲車と爆撃されたバーのそばで
そしてあらゆる風にまとわりつくガス
今では軍隊が古いガスヤードの壁のそばに設置されている
そして堰き止められた有刺鉄線はどんどん高くなっていきます
戦車と銃を持って、なんてことだ、彼らは何をしたというのか
大好きだった街で

今では音楽は消えてしまったが、音楽は続いていく
彼らの精神は傷つけられても、決して壊れることはなかったからだ
彼らは忘れないだろうが、彼らの心は決まっている
明日、そして再び平和を
終わったことは終わったし、勝ったものは勝ちだから
そして失われたものは失われ、永遠に消えてしまう
明るく真新しい日が来ることを祈ることしかできません
大好きだった街で

               『The Town I Loved So Well』(一部)


 茨木のり子の『六月』の一節が、聴衆の涙と重なった。

どこかに美しい人と人との力はないか
同じ時代をともに生きる
したしさとおかしさとそうして怒りが
鋭い力となって たちあらわれる
   
              茨木のりこ『六月』(一部)


 誰もが共感するプロテスト(protest)のあり方を思う。


 やはりフィルの歌に『A Bird Without Wings』(翼のない鳥)がある。幼さが残るデミアン・マッキンギーの歌いぶりが、寂しい詞に透明感を与え胸を打つ。




翼のない鳥のように
空を飛ぶことに思いこがれる
母のいない子どものように
寂しく泣きながら残された
言葉のない歌のように
音楽のない世界のように
何をすればいいのかわからないだろう 
あなたなしでは迷ってしまう
私を見守って



 「飛べよ!」と唐突に言われた日のことを、思い出した。でも私は飛ばなかった。飛べなかった。もし飛んでいたら、と考えることももうない。
 結局飛べないまま、わずか数十センチ四方の椅子に根が生えたように座る私を、音楽が世界の様々な思いに誘い触れさせてくれる。








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