〈武豊春の音楽祭2023〉フィナーレを飾る知多半島出身の2人の若きピアニスト
2023年3月19日15時から、愛知県武豊町「ゆめたろうプラザ・輝きホール」にて、務川慧悟さんと進藤実優さんの2台ピアノコンサートが行なわれた。ゆめたろうプラザでは2月18日から約1ヶ月にわたって「武豊音楽祭2023」が行われていて、今回の公演はそのラストを飾るものだ。
当日は務川さんの晴れ男力のおかげか、春霞の空が眩しい晴天。
武豊町がある知多半島出身の務川慧悟さん(東浦町)と進藤実優さん(大府市)という、まさに響宴というに相応しい華やかな顔触れに心も足取りも軽くなる。いやあ楽しみ♪
広がる田園風景を抜け、ゆめたろうプラザに到着。割とギリギリ時刻(笑)。観客の多くはもう着席していて、ザワザワと賑やかな雰囲気の中、ようやく自分も着席する。
舞台上にはスタンウェイ1台と連弾用に2脚の椅子が用意されている。ここで失態。ホッとし過ぎてピアノの写真撮影を完全に忘れてた…。
さて本日のプログラムはこちら!
開幕時刻となりお二人が現れた。
水色と若草色の可憐なドレス姿の進藤さんと、黒のスーツ姿で胸元に赤のチェック柄のチーフと赤のピンを付けた務川さん。
一礼すると、お二人は1台のピアノの前に着席する。
進藤さんがプリモ、務川さんがセコンドの位置だ。
進藤さんの着席する瞬間に、務川さんがそっと椅子を直してあげるという心温まる瞬間も目撃! 紳士ですねえ。
進藤さんの呼吸に合わせ演奏が始まった。
モーツァルト:4手のためのソナタ ニ長調 K.381
進藤さんは完全に曲に入り込んだ表情だ。曲に合わせてお2人の動きがシンクロしたり、進藤さんが少し身体を外側に傾けたり、セコンドと交差しそうな場面では左手を上げたりと、真剣な演奏の中にも連弾ならではの楽しみも見ることができた。もちろん息の合った素晴らしい演奏で、フィニッシュでは大きな拍手が起こる。
素晴らしい幕開けだ。
沢山の拍手に挨拶をしてから、お二人は一度退場し、マイクを手にして再び舞台に現れた。
最初のトーク!
今回はメモ無しなので、本当に私の怪しい記憶のみが頼りという危うい状況だが、一応書き起こしてみる。語彙はなるたけ再現しつつ、言葉遣い等はこの通りではないことを、ご承知おきくださいね。ご指摘あれば、光の如く、もう即座に修正するので、どしどしとお願いします(笑)。
務川さん「こんにちは。務川慧悟です」
進藤さんを見る。
進藤さん「進藤実優です」
務川さん「こちらで開催されていた1ヶ月に亘る〈武豊春の音楽祭〉も今日が最終日、ラストの公演となりました。進藤さんは初日にラフマニノフの協奏曲を弾いているので、今日は2回目の登場ということになりますね」
進藤さん「はい」
務川さん「この会場は武豊町ですが、僕は近隣の東浦町に住んでいて、進藤さんも知多半島の付け根の大府市に住んでいます。なので今日は2人にとっては地元でのコンサートということになります」
「愛知県はピアニストがとても多いのですが、知多半島出身の素晴らしいピアニストもいます。進藤さんや、僕もまあ少しはそうかなということで(笑)」
「他の地域で知多半島というと、愛知県ということは分かってもらえていたのですが、実は最近知多のウイスキーが評判になっていて、僕が住んでいるパリでも、大きなスーパーでは知多ウイスキーが置いてあるようになりました。お陰で知多の知名度も上がったと思います」
「僕達は同じ知多半島の出身ではあるんですが、初めて会ったのは」
進藤さん「ワルシャワですね。先日のショパンコンクールで初めて少しお話ししました」
務川さん「以前から進藤さんのお名前は知っていたんですが、演奏を聴くのは(進藤さんが出場した)ショパンコンクールが初めてでした。あの頃進藤さんは19歳ですか? その若さですごく深い演奏をするのに驚きました」
※進藤さん+沢田蒼梧さん(半田市)とワルシャワで出会った時の務川さんのツィート。
進藤さん「私も務川さんのお名前は存じていましたが、演奏を聴いたのは2年前にこの会場で開かれた務川さんのコンサートに伺ったのが最初です。あの時務川さんはショパンの葬送を弾かれましたよね。あとラヴェルの〈高雅で感傷的なワルツ〉。心が震えるほどの感動をしました」
務川さん「進藤さんはロシアに留学経験があるんですよね」
進藤さん「はい。中学卒業してからすぐにロシアに3年間の予定で留学しました。でもコロナの影響で最後の1年はオンライン授業となったので、実質2年です」
務川さん「今はまたドイツに留学しているんですね」
進藤さん「はい。新たにもう一度学んでいます」
務川さん「僕がフランスに留学したのは21歳の時でした。その時でも大変だったので、中学卒業してすぐというのは凄いなあ」
「今回共演することになったんですが、一昨日昨日とリハーサルして、だんだん合うようになって良い感じになったと思います」
緊張した面持ちの進藤さん。この後、ソロ演奏2曲を控えている。
務川さん「この後、お互いにソロを弾きます。初めに進藤さんからで、僕はもう前半はこれで出番が無いんですけどね(笑)。進藤さんはショパン2曲を演奏されますが、これはコンクールで弾いた曲ですか?」
進藤さん「いえ、コンクールでは弾いていなくて、コンクール後に勉強した曲です」
その後務川さんは進藤さんに「一度退場する?」と確認しつつ2人で退場した。
進藤実優さん、ソロ演奏。
ショパン :スケルツォ 第4番 Op.54 ホ長調
ショパン:バラード 第4番ヘ短調 Op.52
静かに佇んでいる姿は、まさに可愛らしいお嬢さんという風情の進藤さんが、演奏に入ると近寄り難いほどのオーラを全身から発するのに驚かされた。鍵盤に手をかざしただけで、静かな波動が発せられるよう。左手の正確な動きに乗って、右手が溢れ出す思いを一つ一つ丁寧に、時にはほとばしるような勢いの熱量で伝えてくる。一度聴いたら忘れられない演奏だった。
これで前半終了。
後半。まだなんとなく会場が落ち着かず、照明も明るい中に務川さんが現れたので驚いた。この出方、前にもあったなと考えていたら、2年前の愛知県芸でのニューイヤーを思い出した。急にご登場してきて「愛の夢」奏でたんだったなあ。
そういえばご本人も、舞台上が暗いままの中、そっと出ていってショパンをいきなり弾きたいと仰ってたこともあった。急に出てきて演奏し、客席を少し驚かせる。そんなちょっとしたサプライズがお好きかもしれない。知らないけど(笑)。
シューマン:4つの夜曲 Op.23
後のトークで明らかになったのだが、これが務川さんがこの曲を人前で弾く最初の演奏だったそうだ。記念すべき〈初演奏〉を聴けて感無量〜。
第1曲、ヘ長調の明るい雰囲気だが〈葬列〉。この明るさで思い出すのはあの有名な「聖者の行進」別名「サンタが街にやってきた」だ。あの曲で歌われたのと同様に、死者を聖者が迎えに来るという、祝福のパレードに似た意味合いがあるのだろうか。それよりも朴訥で誠実な印象はあるが。正確に刻まれる和声により曲は進行していく。
第2曲〈奇妙な仲間〉のテンポあるダイナミックな展開は、ちょっと〈クライスレリアーナ〉を思い起こさせる。速いパッセージは疾走感に満ち、務川さんのキレキレの演奏が光った。
第3曲第4曲の内省的な雰囲気。アルペジオがとても印象的だ。
派手な曲ではないがこの4つの夜曲に、シューマンが社会や人との交わりの中で感じていたであろう客観的視点や疎外感が表れているような気がしてくる。昨年末の〈クライスレリアーナ〉やアンコールで弾いていた〈ユーゲントアルバム第30番(無題)〉と、ここ最近務川さんのプログラムの中で存在感を見せるシューマン。今後も注目すべき作曲家かもしれない。
ビゼー=ホロヴィッツ:カルメン変奏曲
一曲目が終わってから、椅子を調整してぐーっと高くした務川さん。気合い入ります。
膨大な音数に、華麗なパッセージ、様々な技巧が繰り出される。ラストのさらなるスピードアップは本当に手に汗握った。
いやーカッコよかった!これぞピアニスト務川慧悟! 見たかーという感じで圧倒されました。はい平伏しました。
感嘆のため息と共に沸き起こった盛大な拍手がようやく収まる。
2台目のピアノが前面に運ばれ、セッティングが始まった。その合間を縫って、
再びお2人のトークタイム。
務川さん「いや、さすがに疲れました」
そりゃそうでしょうね(笑)。
進藤さん「ええと。そうなると私がお話を回さないといけないのでしょうか(笑)」
務川さん「お願いします(笑)。後ろで休憩できましたか?」
進藤さん「裏のモニターで演奏をお聴きしていました。ビゼー=ホロヴィッツは非常にテクニカルな曲ですが、練習にどれくらいかかりましたか?」
務川さん「これはフランスでのサロンコンサートで弾いてほしいと言われて練習した曲で、大体1ヶ月くらいかかったかな。とても難しかった。その後フランスでは何度か弾いているけれど、日本でお披露目するのは今日が初めてです」
進藤さん「ホロヴィッツがカーネギーでこの曲を演奏している有名な動画を見たことがあります」
務川さん「あの動画の時はもう結構歳をとっているのにね。ホロヴィッツのピアノは鍵盤が軽くなっているからこの曲も弾きこなせたらしいが、それにしてもお爺さんになっても弾けるというのは凄いよね」
こうして記述してみると、いかにも務川さんがトークをサクサクとリードしている風だが、実際は照れ笑いしたり、進藤さんと様子を図り合ったり、言葉を慎重に選んだりと、ゆったりとした感じ。会場も温かく見守る雰囲気で、春らしくはんなりとした時間でした。
2台ピアノ
務川さん「さてピアノの準備もできたようです。これから2台ピアノで演奏をするのですが、1曲目はロシア留学していた進藤さんが選んだショスタコーヴィチ。僕も最近好きになってきた作曲家です。2曲目はラヴェルのラ・ヴァルス。2曲ともそれぞれの留学先に所縁ある曲を選びました」
ショスタコーヴィチ:2台のピアノのためのコンチェルティーノ Op.94 イ短調
ラヴェル:ラ・ヴァルス
進藤さんの抒情性を活かしつつ、務川さんが支えながら盛り上げていく関係性が素敵だった。〈ラ・ヴァルス〉では、務川さんのリズムやテンポに、おおっ!と思わず叫びたくなるような煌めきがあった。いやーやっぱり務川さんのラヴェルは絶品ですわー。前髪を横に流す仕草も多く見られましたよ。進藤さんの大きな連続グリッサンドもクライマックスの一つだった。決断とした音の流れがカッコよかったです。
♪アンコール
務川さん「ありがとうございます。進藤さんはこの後またドイツに戻るのですか?」
進藤さん「はい。また勉強するためにドイツへ行きます。務川さんもフランスに戻って、次のご帰国は5月ですか?」
務川さん「そうですね。僕も(21日奈良が終わったら)フランスへ帰らないと行けません。5月に帰国した時には愛知でもコンサートがあります(※6/3のしらかわ?)」
「進藤さん、何か言っておきたいことありませんか?」
進藤さん「ないです」
務川さん「僕はあります。この後、僕のCDを購入していただいた方限定で急遽サイン会を開いていただくことになりました。僕はCDに、進藤さんはプログラムにサインしてくださるそうです。進藤さんはサイン会の経験ある?」
進藤さん「無いんです。今回が初めてです」
務川さん「アンコールですが、モーツァルトで始まったのでモーツァルトで締めたいと思います。曲は誰もが知っている、ハ長調ソナタをグリーグが編曲した作品があるのでそれを。進藤さん、グリーグについて何か言っておきたいことありますか?」
進藤さん「グリーグについて? 無いです(笑)。この曲を弾くのは初めてなので楽しみです」
モーツァルト:ピアノソナタ第15番 ハ長調 KV 545: グリーグ編
務川さんと反田さんとの演奏はお聴きしたことがあったが、進藤さんとの演奏はもちろん初めて。進藤さんのフワッとした優しい演奏そのままの、非常に可愛いらしいソナタで、弾く相手によってもこんなに曲調が変わるものかと驚いた。春らしい爽やかなエンディングだった。
終演後はお約束通りサイン会。パーテーション越しではあったが、並んで座るお二人とそれぞれ少しお話もできた。お疲れのところ、ありがとうございます。
⭐︎遠征散歩(おっ!久しぶり笑)
以前務川さんがインスタで紹介していた、中学時代のご友人が経営の焼肉屋「牧場焼肉とだ」に行ってきました。
知多半島はピアニスト、ウイスキーと並び牛の生産でも有名。お店ではその名産「知多牛」を、お手頃価格で提供しています。4種類のランチメニューから牛の4種類の部位を網焼きする「定番ランチ」を選択し、美味しくいただいてきました。
ご友人であるご店主が気さくな方で、務川さんのサインや店内写真に応じていただき、中学時代のエピソードも話してくれました。
「今日はあいつのコンサートなんだ」というお言葉に、友達なのね〜と微笑ましく感じました。地元最高ですね! また地元でコンサートお願いします。
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