小説リレー企画「リズムゲーム戦」#3

筋肉痛で目が覚めた。良い夢だった。まだくたくたな身体がときめきを帯びている。夢の続きが見たい。仰向けのまま鼻根をつまむと、目くそが指にざらついた。どんなに疲れていても眠りに落ちるまで動画を見てしまう。この目くそには見た動画の情報が詰まっている。そう思うと、この目くそが美味しそうに思えた。抵抗なく舐めた。しょっぱくって、カロリーを感じた。腹が減った。

チャーハンを作る。味の素はせこいから使わない。目くその方が純だ。不純なパンダめ、あっちを向け。半回転させたパンダの背に焦げが。これは俳句のリズム。太古のリズムのその出来にパンダへの罪悪感は消えた。
既に攻撃は始まっていたんだ。戦いなんだよ。心臓の鼓動を早めろ。
米と卵を入れたフライパンで五徳を殴る。カン、カン、カン。
舌打ちを織り交ぜて。カン、ツッ、カン、ツッ、カン、ツッ。
米がこぼれる。米粒に内蔵された7人の神よ。ドンマイだ。その溝は掃除しないからそこがお前らの墓場だ。水分を飛ばした米を水滴のついた皿に盛る。料理の出来に白目を剥く。パンダを床に叩きつける。すごい音がした。


まだ戦いは終わらない。既に割れている洗面鏡を殴る。その拳を固めたまま顎を撫でる。勝田さんにはある艶が僕には無い。拳をシェーバーに代えて自分にアッパーする。あっぱれ髭は降り落ちる。ジィィィィって髭の断末魔が耳障りなリズム。泣く泣くやってんだこっちも。無いものに泣いているんだ。ジィィィィィザスクライスト。髭に神は宿るのか。不明。昨日から不明なことが多すぎる。なんで彼女は僕を置いて下山したのか。一人の下山はさびしい。なんでだ。


手近にあるスイッチを全部オンにして明るい部屋にする。かなりシースルーな空間にしたのに、疑問はまだ不明なまま、曲名がわからないから2度と聴くことはできないリズムを反芻しながら、クラブではできなかった踊りをする。縦横無尽に動いていたら100円玉を踏んだ。拾って握りしめる。僕の時給の11分の1。リズムに揺蕩ったまま、100円玉を見詰める。僕はこの100円玉を本物かどうか疑えるんだぞ。穴が開くまで見てやる。穴が開いたらお前は半分の価値になるんだぞ。自分の価値を信じろ。


そんな通貨とツーカーになってどうするの。8ビットのたけしの顔が浮かぶ。そうだ。今日は休みなんだ。あの船に乗らなくていいんだ。あのクソゲーはしたくない。まだ踊っていようと両手を上げた瞬間、ピンポン、とチャイムが鳴った。何度聞いても慣れない音。苦情だろうか。心当たりはありすぎる。顔を見ずに勝負はできない。ドアを開ける。

真っ黒なジャンパーを着たイルカみたいなふぬけた顔の男が立っていた。「目指して来ました」と言った。
「え」
「私は、ここを目指すと、自分で決めて来ました」
「…」
「荷物です」
配達か。
男は「それでは」と言って大きい段ボール箱を置くと、僕に確認もサインも求めず去って行った。
目指すとか決めるとか、今の僕への当てつけなのか。
僕はあんな不気味な男よりも自分が無いのか。


差出人は親だった。苗字の横に父母どちらの名前も書いてあった。別にどちらでもいいのにうっとうしい。ボールペンの先でテープを裂いて開ける。フルーツがたくさん。箱から1つずつ出して机に乗せる自分の手つきが船でのリズムになっている。

リンゴ、バナナ、パイナップル、マスカット、オレンジ、キウイ、グレープフルーツ、マンゴー、梨、ブドウ…

けっこうなスコアじゃないか、これ。一体どうしたんだろう。手紙が入っていないかと思い、箱を物色すると、出してないメロンがあることに気付いた。僕はここでも負けるのか。フルーツは、重いな。


結局謎が増えただけだ。こんな量一人でも食べられない。すべて箱に戻したら、色鮮やかなモザイクになった。なぜかメロンだけ入りきらなかった。
ピンポン。またチャイムが鳴った。動けないでいると、また鳴った。
コンコンコンコン。ノックまで来た。今度こそ苦情か。戦いか。やって、やる。


ドアを開けたらさっきのイルカ男がいた。
息絶え絶えに「さっきの荷物、間違いでした」
そんなはずはない。「いや、僕の親が」
「返してもらわないといけない!」でかいよ声。
いいよ、謎が消えるなら。イルカ男に箱を渡した。
イルカ男は「目指していても、間違いはあるんだ」と言い残して、走り去って行った。


部屋に戻ったら、入れ忘れたメロンがあった。メロンを持って急いでドアを開け、マンションの下を見たけれど、イルカ男はもういなかった。
これじゃあ謎のままだ!僕は明らかに、健やかになりたいんだ。
僕は階段を駆けて、最上階の廊下からかなり遠くにメロンを投げた。


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