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滑空機で単独飛行を終えた話 - 準備編

はじめに

 幼い頃、私は両親に連れられ浦安にある開園間もない遊園地を訪れたことがあります。四半世紀以上前の出来事で、その当時の記憶はほとんどありません。しかし、今でも一つだけ鮮明に覚えている体験があります。それは北海道から東京へ向かう際、飛行機の窓越しに見えた眼下の風景です。

「いつか自分で航空機を操縦して、この風景を見てみたい」

と、私が心に決めたのはこの瞬間かもしれません。今回は随分と時間をかけ達成した滑空機での単独飛行(自動車教習に例えるのであれば、最初の路上教習でしょうか)までの練習体験記です。

概要:
費用: 790,200円
場所: たきかわスカイパーク(北海道滝川市)
日数: 2022年5月21日〜7月25日間を5回に分け参加
参加条件: 有効期間内の航空機操縦練習許可書があること(単独飛行までに航空特殊無線技士の取得が必要)

費用内訳:
トレーニング参加費: 90,000円(3回参加)
フライト料金: 639,100円(79回離着陸)
施設宿泊費: 61,100円(27泊)
現地までの交通費・食費・諸経費等含まず。

※各料金は2022年夏時点のものです。

 事前知識なく通読できるよう注意を払っていますが、体験の性格上、多少の航空機への理解が必要かもしれません。また、正確を期すよう努めていますが、誤りがあるとお感じの場合にはコメントをいただければ幸いです。

航空機の選択

 まず、自分がどのように空を飛ぶかを検討しなければなりません。日本の法律では、航空機は以下の4つに分類されます。

飛行機
回転翼航空機(ヘリコプター)
滑空機(グライダー)
飛行船その他政令で定める機器

航空法 第二条(定義)

 練習を受ける航空機の選択にあたり、私は漠然と「飛行機」と聞いて思い浮かべるような形状の機体を操縦したいと考えていましたので、それぞれの形をインターネットで確認し「飛行機」または「滑空機」という種別が適当であると判断しました。

 ここで見慣れない「滑空機」という単語が出現しています。かなり乱暴な表現とはなりますが、滑空機とは「エンジンがない飛行機」であるとまずは想像ください(動力滑空機はこの記事では触れません)。折角ですので外観を観察してみましょう。以下は小型飛行機の代名詞としても利用されるセスナ(Cessna 172)と、滑空機(ASK-21)の比較図となります(比較のために、国産コンパクトカーの外観も併せて示しておきます)。

飛行機、滑空機、自動車の比較

 最初に機体を横から見た時の長さ「全長」を観察してみましょう。飛行機、滑空機はそれほど差がないことがわかります。両者ともにコンパクトカー2台分ほどの長さ、と感覚的に掴むことができれば十分です。

 次に翼の長さを観察してみましょう。これは大きく異なることがわかります。飛行機に比べて滑空機が随分と細長く見えます。一般的に翼がこのような形状である方が、より長く飛ぶことが可能です。また、この図には特に記載はしませんでしたが、滑空機の重量は飛行機に比べて半分程度と軽量です。軽い方が飛ぶことに有利に働きます。いくつかの特徴から、滑空機の方がより効率的に飛ぶことができるようです。

 飛行機の特徴に注目してみましょう。まずは滑空機にはないプロペラが備わっていることに気づきます。これは自らの力で飛び上がることができることを意味します。また、人が搭乗できる空間も滑空機に比べて広いように見えます。この飛行機の場合、定員が4名と滑空機の2倍あります。こうした点はこうした点は飛行機に軍配が上がりそうです。他にも多くの違いが見られますがここでは割愛します。この記事では「両者は似ている所もある、違うところもある」という点が掴めれば問題ありません。

 私は当初、プロペラのある飛行機での練習を検討していました。しかし、調査を進めるうちに飛行機と滑空機では練習費用にかなりの差があることに気づきます。滑空機であればライセンス取得までに国産のコンパクトカー購入程度の金額で済みそうですが、航空機となると欧州のしっかりとしたクラスの自動車が買えるほどの金額です。私の甲斐性では飛行機を選択することはできませんでした。私は主に金銭的な理由から滑空機を選択します。

 では、改めて当記事を要旨を紹介します。この記事は、

滑空機という種類の航空機操縦練習に参加し、単独飛行まで辿り着いた

体験をまとめた「体験記」です。対象となる読者は「滑空機の操縦に興味がある」「滑空機の初等練習を読み物として楽しみたい」という方です。

練習場所の選定

 日本には、滑空機を趣味として楽しむことができる施設が数多く存在します。この施設は一般的に滑空場とよばれています。ほとんどの滑空場にはクラブが存在し、クラブに入会することによって操縦練習に参加することができます(自動車教習所のように、指定航空従事者養成施設で練習する選択肢もあります)。

滑空場の様子

 私も10年ほど前、関東にある滑空機クラブに所属し週末に練習を行なっていました。しかし思うように飛行回数を重ねることができず、単独飛行を迎える前に挫折しています。

 この挫折から数年後、今回お世話になった「たきかわスカイパーク」のサマートレーニングという企画を知り5日間の練習に参加します。このプログラム参加の決め手は「すべての人に開かれた参加のしやすさ」でした。練習に必要な書類、有効期限内の航空機操縦練習許可書があれば、クラブに入会しなくとも基本的に誰でもゲストとして参加可能です。この体験を通じ環境の良さに気づき、

「この場所で集中的に練習を行えば、単独飛行に出られるかもしれない」

と、ここでサマートレーニングに連続参加することを着想します。

単独飛行への目論見

 今回の目論見はこうでした。滑空機の単独飛行までの飛行回数はおおよそ60回プラス年齢と言われることがあります。私の年齢は40と少しですので、まずは100回を目標として設定しました。過去の練習で50回ほどの飛行経験がありましたので、50回前後飛行練習を行えば、単独飛行への到達が期待できそうです。

 2022年度のサマートレーニングのスケジュールを確認すると、5月下旬から10月上旬までの平日の5日間(月〜金曜)合計8回が予定されていました。トレーニング期間は隔週となっていますが、期間の前後週末を練習日として上手に活用すれば、

1回目: 2022/5/21(土)- 29(翌週日)… 9日間
2回目: 2022/6/4(土)- 6/12(翌週日)… 9日間
3回目: 2022/6/18(土)- 6/26(翌週日)… 9日間 
合計: 27日間

と、平日練習日を増やすことなく効果的に練習期間を増やすことができそうです。天候によって1/3飛べないと仮定しても18日間、一日3回飛ぶことができれば54回、天候にさえ恵まれれば単独飛行が圏内にあるように見えます。まずはこの数字感で計画を進めることとします。

 また、単独飛行の達成とは一見矛盾するような目標も掲げました。

眼下に見える美しい風景を楽しむ

 私にとってのゴールは単独で眼下の風景を眺めることですが、練習の合間に見える景色も十分に素敵なものです。教官と同乗であっても、私が滑空機の操縦桿を握り飛び立ったその瞬間から、自分の目標は半分終えているようなものです。過度に気負わずに、美しいと思えるときにはそれを楽しむことにしました。サマートレーニングの資料にも明記されているのですが、

楽しくやりましょう

 このことを意識して参加していました。毎日課題を設定し安全に楽しく飛び、夕方それを思い出しながら冷えたビールを飲む。思うように進まない日も、良いところを見つけて楽しめるように心がけていました。

事前知識

 事前知識なく通読できるよう注意を払っていまが、記事を読み進めるにあたり4つの事柄について紹介しておきたいと思います。「滑空機の呼称」「離陸」「滑空機特有の気象」そして、今回練習を行った「たきかわスカイパーク」についてです。

a. 滑空機の呼称

 航空機には機体記号とよばれる、車のナンバープレートのような固有の番号が振られています。航空機が日本で登録されている場合、JAから始まる文字列が割り当てられています。空港などを訪れた際、旅客機の大きな翼(主翼)に印字されているのを目にしたことがあるかもしれません。

 滑空機も同様にJAから始まる機体番号が付与されていますが、これとは別に二文字の呼称を持っています。この呼称は機体後方にある垂直尾翼に印字されています。

垂直尾翼に印字された二文字の呼称

 今回練習を行ったたきかわスカイパークには、教官と同乗できる練習機が3機あります。それぞれの垂直尾翼には、

KH: キロ・ホテル
HC: ホテル・チャーリー
T2: タンゴ・ツー

という二文字が記されており、同じ型式の練習機であっても容易に区別して表現することが可能です。滑空場内の会話や、無線通信では基本的にこの二文字が用いられます。例えば、

次の練習機はKH(キロ・ホテル)だから準備しておいて。

といった具合です。記事中もこの二文字で滑空機を表記します。

b. 滑空機の離陸

 前章「航空機の選択」にある機体図の通り、滑空機にはプロペラ(動力)が存在しません。このため、離陸するには動力を外部から補う必要があります。ここでは代表的な2種類の離陸方法を示します。施設によって異なり、どちらか一方、またはその両方で運用されています。

b-1. 飛行機曳航

 動力のある飛行機にロープを用いて曳航(牽引)してもらう方法です。飛行条件を満たす範囲であれば、好きな場所、高度に連れて行ってもらうことが可能です。後述するウィンチ曳航に比べて一回あたりの曳航料金が高額です。

飛行機曳航(ひこうきえいこう)

b-2. ウィンチ曳航

 地上に設置した大型エンジン(ウィンチとよばれています)で曳航してもらう方法です。この大型エンジンを滑走路端に設置し、滑走路逆に待機する滑空機とロープで繋ぎ、これを一気に巻き上げます。曳航が終わる頃には高度約450m、おおよそスカイツリーの第二展望台ほどの高さに到達します。

 ウィンチ曳航の構造からも想像できるように、飛行機曳航に比べ、飛び上がれる場所や高度は限られます。利点は飛行機曳航に比べて安価であることです。繰り返し離着陸を練習したい場合などは、こちらが経済的です。

ウィンチ曳航

c. 滑空機と天候

 滑空機はエンジンがないため自力で上昇することは出来ません。このため一旦曳航から切り離されると、紙飛行機のように徐々に高度を失いながら地上へ向かうことになります。しかし、気象条件、幾つかの気流を上手に利用することにより上昇することが可能です。ここでは単独飛行までに体験するであろう代表的な気流を3つ紹介します。

1. 温まった空気によって生まれる上昇気流 … サーマル
2. 異なる方向から風がぶつかり生まれる上昇気流 … コンバージェンス
3. 陸地の形状(傾斜)などにぶつかり生まれる上昇気流 … リッジ

 では、それぞれの気流を見ていきましょう。

c-1. サーマル(Thermal)

 太陽によって地表が温められると、周囲の空気も同様に温められます。温められた空気は、比重差によって上昇します。これをサーマル(熱による上昇気流)と呼びます。少しイメージしにくいかと思いますので、FAA(アメリカ連邦航空局)は発行している、Glider Flying Handbookより幾つかの図を引用したいと思います。

Glider Flying Handbook: Soaring Weather: page 9-7 より引用

 大気には色がついていないため実際に視ることはできませんが、サーマルは地上から伸びる大きな木をイメージすると良いかもしれません(上図)。

 木の根元である場所は「温められた地表」です。現実世界では、ショッピングモールの駐車場や工場敷地、開けた土地などが該当します。ここから上空へ温められた「空気の木」が立ち上がり、枝が張り出すように成長していきます。幹の太さや枝張り、成長の速度は、その場所や気温、風の状態など複数要素が影響を与え複雑に変化していきます。このための大きさや形状は多様です。

 小さなサーマルであれば成長と霧散を繰り返し地表付近で対流します。鳥ほどのサイズであれば、こうしたサイズのサーマルに入り、この中を旋回しながら羽ばたかずに滞空することが可能です。

 大きなサーマルであれば成長を続け、一定の高さまで到達すると「雲」へと変わります(下図)。雲が生まれる様子を観察することにより、そこに大きなサーマルがあるかを推測することが可能です。滑空機はこうした雲付近を通過(旋回)することによって、下からの空気に押され上昇することができます。

Glider Flying Handbook: Soaring Weather: page 9-8 より引用

 数百キロも重量のある機体が温められた空気に押し上げられるというのは、少し直感的ではありません。しかし、実際にサーマルの中を飛行すると、力強く(やや乱暴に感じることさえもあります)上昇を体感することができます。

c-2. コンバージェンス(Convergence)

 異なる方向からやってくる風が衝突することで生まれる上昇気流を、コンバージェンスとよびます。例えば、以下図のような海からの冷たい風と、大陸からの風がぶつかるといった場合に発生する上昇気流や、

Glider Flying Handbook: Soaring Weather: page 9-20 より引用

 以下のように、大きな山(地形)によって別かれた風が、再び出会うような場所でも同じような現象が発生します。

Glider Flying Handbook: Soaring Weather: page 9-21 より引用

 これは想像がしやすいですね。

c-3. 傾斜による上昇気流(Slope, Ridge)

 山や丘に風があたると、流れが変化し上昇気流が生まれます。身近な場所では河川敷の土手などでも、滑空機で体感できるほどの上昇気流が生まれている場合があります。こうした種類の上昇気流を一般的にリッジとよんでいます。
 
 都市部では鳥が(場合によってはビニール袋などが)高層ビルによって生まれる上昇気流を上手に捕まえ(捕まり)、スルスルと登っていく様子を目にすることがあります。これもリッジによる上昇気流に含まれるでしょう。

Glider Flying Handbook: Soaring Weather: page 9-14 より引用

 このほかにもウェーブとよばれる代表的な気象条件もありますが、単独飛行までの練習中に体験するというよりは、ライセンスを取得後に待ち構える大きなテーマといった趣であるため、今回の記事では割愛します。

 これらの気象条件、上昇気流は単独で発生するものではなく、地形や気温、時間など様々な条件によって複雑に変化します。これらを深く理解し、滑空機操縦の研鑽を積まれたエキスパートの中には、1,000kmを超える距離を無着陸で飛行する人も存在します。気象と滑空機の関係は奥が深く、この記事ではこれ以上の粒度で触れることはありません(また、私も説明することができません)。この記事では「滑空機にはエンジンはなくとも、気象条件を上手に利用すれば長く飛び続けられるのだな」という粒度で理解が出来てれば十分です。

 気象と滑空機の関係にご興味がある場合、日口裕二著 『雲と風』をお勧めします。対象読者は滑空機の操縦者ではありますが、内容の殆どは操縦技術ではなく気象に割かれています。たとえ滑空機に乗る機会がなくとも、この本で得た知識は、あなたの見上げる空や雲の解像度を上げてくれることでしょう。良書です。

d. たきかわスカイパーク

 たきかわスカイパークのある滝川市は、北海道の中核都市である札幌と旭川の間に位置し、新千歳空港からは高速で一時間半程度の場所にあります。自治体として滑空機やスカイスポーツを推推しており、カントリーサインにも滑空機が描かれています。滑空場としては珍しく市街地に隣接し、JRの特急が停車する滝川駅からも徒歩圏であるため、新千歳空港からは鉄道だけで訪れることが可能です(多くの滑空場は市街地から離れており、自家用車を持っていることが前提となります)。滑空場は市によって公園として運営されており、冬季を除く5月上旬から10月下旬まで運行されています。

 これで以降の記事を通読するための事前知識、滑空機がどのような航空機であるのか、また練習場所はどこにあるのか、という基本的な点が明らかになりました。次の記事では実際の体験について記していきたいと思います。

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