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マインドセットの重要性:エクササイズとプラシーボ効果

論文の概要
ダイエットの際、成果を決めるのはエクササイズや食事のみではないという驚きのリサーチの紹介です。

紹介する論文:Crum, A. J., & Langer, E. J. (2007). Mind-set matters: Exercise and the placebo effect. Psychological science, 18(2), 165-171.


このリサーチを中心となって取り進めたスタンフォード大学のアリア・クラム博士はプラシーボ効果(マインドセット)についての研究を数多く行ってきました。今回のリサーチはエクササイズの健康へ影響に於いて、プラシーボ効果の関与を調査したものです。プラシーボ効果と言うのは一般的に薬学や治療に於いて広く認知されています。実際に患者の症状が薬物や治療の効果と関わりなく治癒もしくは悪化していくという効果です。考え方、信条、期待、過去の経験などが大きく関与していると考えられています。このリサーチではエクササイズが健康に与える影響についてもプラシーボ効果が見られるのではないかと言う仮説を立て、仮説が立証されれば健康を心理的にコントロールできるようになる可能性があると述べています。被験者であるホテルの客室清掃員がこれまでエクササイズと自覚していなかった清掃作業をエクササイズと認識することで、健康状態への影響が有るのかという事について調査が行われました。

参考情報:アリア・クラムはNikeのポッドキャストにも登場しています。プラシーボ効果は生活のあらゆる面で活用できるそうです。

調査方法(被験者について)
7つのホテルの客室清掃員(84名※)を対象に調査が実施されました。4つのホテル(44名/介入有)に対しては客室清掃は健康状態を改善するエクササイズに匹敵するという趣旨のプレゼンが実施され、その内容をリマインドする為のパンフレットの配布、ホテル内でのポスター掲載が行われました。一方、残り3つのホテル(40名/介入無)に対してはではそのようなプレゼン、パンフレットの配布、ポスターの掲載は実施されませんでした(介入有グループとの違いを比較する為)。

※被験者の1日当たりの清掃作業はCDC(米国疾病管理センター)が推奨するエクササイズ量を超えていたと言いますが、84名の被験者は清掃作業がエクササイズに該当するとは想像すらできなかったようです。

調査結果
それぞれのグループ(4つのホテルのグループ<介入有>と3つのホテルのグループ<比較無>)に対して介入前と4週後の変化について、アンケート、及び身体検査を実施しました。介入有のグループの結果を見ると、4週間で体重、BMI、体脂肪率、腹部肥満率、血圧といった身体面での数値の改善が見られました。その一方で介入無のグループでは身体面の変化は認められませんでした。両グループ共に仕事以外でのエクササイズ量の増加、食事の変化は有りませんでした。唯一の変化は介入有のグループが清掃作業をエクササイズと認識するようになった点のみでした。

考察
従来、客室清掃員は清掃作業を通して十分なエクササイズを行っていたにもかかわらず、そのエクササイズが健康状態に反映されていませんでした。被験者の2/3は定期的にエクササイズをすることは無く(不定期であればやる)、1/3はエクササイズを全くしないと答えていました。ところが、介入有のグループの被験者は清掃作業が十分なエクササイズに該当するというプレゼン、パンフレット、ポスターによる啓蒙を受けてからは、自分達はエクササイズを行っているという事を認識するようになり、4週間後の測定結果では健康状態に変化が見られました(認識を変えることで4週間で2ポンド=0.9Kgの体重減が実現!)。プラシーボ効果により結果が大きく変わったということが見て取れると考えられます。

感想
この論文を通して、同じ量のエクササイズを行ったとしてもマインドセット(考え方や心の在り方)次第で効果が全くことなるということが言えます(もちろん、エクササイズをすることなくこのような結果を得ることはできません)。マインドセットが結果を左右するのはエクササイズや医療の領域に限られたものではありません。知性や才能に対して固定されたものだと信じるのではなく、変化し得るものだと信じて努力した方が学力や仕事での成功を手に入れやすいということが証明されています(Dweck, 2006)。もちろん、マインドセットを持っていればそれだけで結果を出せるという訳ではありません。マインドセットが与える影響の限界がどこにあるかということは現在も研究が続けられてはいますが、生活先般に於いてどのような考え方を持って物事に取組むかということが結果を左右すると言えそうです。

もう一つの興味深い点は「言葉の力」が非常に重要な役割を果たしたという事だと思います。このリサーチでどのような介入が行われたのかを振り返ると、被験者44名の認識を変えることを目的に実施された下記の3点です。

1.清掃作業にはカロリー消費効果があるというプレゼンテーション
2.為のパンフレットの配布
3.職場でのポスターの掲載
(2、3はいずれも清掃作業にはカロリー消費効果があることをリマインドすることを目的としたもの)

重要なのは清掃作業で効率よくカロリー消費が行われる為の指導は一切行われていなかったということです。言葉は人間の身体を調整するツールだとも言われています(Barrett, 2020)。科学者が言語ネットワークと呼ぶ脳の言語を処理する領域は心拍数の増減を導き、細胞の燃料になるグルコースの血中への流入を調整し、免疫系を支援する化学物質の流れを変える機能が備わっています(Barrett, 2020)。これらの仕組みが何らかの影響を与えたのではないかと勝手に推測しています。

参考文献
Crum, A. J., & Langer, E. J. (2007). Mind-set matters: Exercise and the placebo effect. Psychological science, 18(2), 165-171.
Dweck, C. S. (2006). Mindset: The new psychology of success.
Barrett, L. F. (2020). Seven and a half lessons about the brain. Houghton Mifflin.


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